わさび炭酸味はJKに人気
プシュッ
缶のプルタブが空き、景気のいい空気音が漏れる。中から盛りだしてくる泡がこぼれてしまわないうちに、空き口に口を当て中身をググッっと飲み込んでいく。
「ぷっはぁ! 仕事終わりの体に炭酸が染み渡るぅう!」
「言い方がおっさんみたいですよ」
一気に缶の中身半分を飲んだ由香が「くぅ~」とおっさんみたいな声を上げる。それを冷めた目で見つめるリミは、両手で持った缶の中身をちびちびと飲んでいる。
現在、二人は公園のベンチにて休憩中だ。ベンチに座ったリミと、近くにある自販機の傍に立っている由香。ちなみに由香が飲んでいるのはれっきとしたコーラであり、決してお酒などではない。
「すみません、おごってもらっちゃって」
「飲み物一本くらいどうってことないでいのですよ~」
「……酔ってませんよね?」
「うへへ~」と笑みを浮かべる由香だが、それはシラフかと疑いたくなる。そもそも、由香はぽわーっとしたところがあるためにそこまで違いがないといえばないのだが。
「それより、おっさんみたいだなんてひどいなー。そういうリミちゃんだって、渋いの飲んでるじゃん」
「そうですかね?」
「そうだよ! そもそも『わさび炭酸味』って何さ!」
リミが飲んでいるもの……それは緑色の缶に、とてつもなく興味を惹かれない名前が書いてある。いや、別の意味で興味は惹かれるが、絶対に頼まないであろうものだ。
そんな由香に、リミは持っている缶を見せつける。
「おいしいですよ? ほら、わさびのつーんとしたあの感覚は炭酸で消えるって聞いたことありません? 聞いた話によると、ならいっそのことわさびと炭酸をかけ合わせれば普通に飲めるんじゃないかって考えから生まれたらしいです! 素晴らしい考えですよね!?」
「余計な考えを」
めちゃくちゃ目が輝いている。ここまで生き生きとしているのは、達志と一緒にいる時でもそうそう見れるもんじゃない。
「どうやらわさびを炭酸水で液状にしているらしいんですが、その炭酸水というのも、業者さんの水属性魔法で特別なものを使っていて、だから後味もさっぱりしていて……」
「もういい、もういいよ。おぅえぇえ……」
別に聞きたくなかった飲み物の製造方法の、全然聞きたくなかった妙に生々しい部分を聞いてしまった。それ以上聞いたら、同じ炭酸ということでこのコーラも飲めなくなりそうだ。
というか、なんだ特別な水属性魔法の炭酸水って。なんかヤバいものじゃないのか。
「五年前から一般普及して、今も人気商品なんですけどねぇ。それに今、女子高生の間では人気ですよ?」
ぐびぐびと、リミはわさびを飲む。
「えぇえ……」
それをげんなりした様子で聞く由香。五年も前から出回っていて何かトラブルがないということは、ヤバいものではなくちゃんとした商品だということか。
それにしても女子高生に人気だとか、なんの冗談だ。そういえばよく、校内の自販機から飲み物を買った生徒が緑色の缶を持っているが、その正体はこれか。
学校の自販機にまであるとは。今まで気にしたことがなかった。そして好んで炭酸わさびを飲む女子高生……なんだこのカオス。
「ま、飲み物にまで口出しする権利はないんだけどさ……」
なんであれ好きならそれでいい。教師とはいえ、飲み物だのなんだのとそこまで口出しをするわけにもいかないし。
思って、コーラを飲む。うん、やっぱりこれだよこれ。体に染み渡る、この感覚。たまらない。このわさび味……考えないようにしよう。
「ところで、由香さんはいつタツシ様に告白するんですか?」
「ぶふぅ!」
油断していた。すっかり油断していた。コーラを飲んでいた最中にとんでもない爆弾を投下されたものだから、あまりの衝撃にコーラを吹き出してしまう。
その際近くを歩いていた通行人の男性に思い切りぶっかけてしまったのだが、こちらが謝るも「ありがとうございますっ」となぜかものすごい勢いでお礼を言われた。
かけたコーラを拭く間もなく行ってしまった。
「……大丈夫ですか?」
「げほぐほ! な、何をいきなり……」
気管に入った。咳き込み、涙目になってしまう。
「だって、想いを寄せていた相手が目覚めたんですよ? 十年ぶりに。これはいくしかないですよ!」
目をキラキラさせて、ぐっと拳を握っている。その際持っていた缶がベコッとへこんでしまうが、飲みきったのか中身がこぼれることはなかった。