校内二大美少女
……目の前でなびく金髪。風によってなびくそれはまるで宝石のように美しく、まるでこの世のものではないように思える光景に達志はしばし言葉を失った。
ちょうど達志の正面に位置する空に太陽が浮かんでいるため髪が輝いて見えるのは後光によるものか、それともあまりのインパクトゆえ達志の中でそう見えているだけなのか、それとも別の要因なのか……それはわからない。
だが、間違いなく目の前の髪……いや人物は輝いていた。少なくとも達志にはそう思えた。
「……あのー?」
「はっ」
あまりの衝撃に思わずトリップして固まってしまっていたが、話しかけられてようやく戻ってくる。
見れば、目の前の人物は笑みを浮かべながらも困ったように眉を下げて いるではないか。いかんいかん。
「あ、あぁごめんごめん。ボール、だよね」
目の前の人物のその目的は今達志の手の中にあるテニスボールだ。それを差し出すと目の前の人物……金髪を揺らす少女は、嬉しそうに手を差し出してくる。
その白い手の上に、ボールを落とす。
手に落としたソフトボールは、瞬間軽く弾む。それをキャッチした少女は、ほぅ、と一息。吐息すら、一つの芸術品のようだ。
思わず見惚れる達志は、少女はの顔が……瞳がこちらを向いたのに一呼吸遅れる。ただ見つめられているだけだというのに、なんだこの、まるで吸い込まれてしまいそうな感覚は。
そんな達志の心境を知るよしもない少女は、花が咲いたようににっこりと笑い……お礼を告げる。
「ありがとうございますっ」
まるで語尾に、♪でも付きそうなほどに、弾んだ台詞。あぁ、見た目だけでなく声まで綺麗だな……と思った達志は、思わず……
「……妖精だ」
「……はい?」
「あっ」
目の前の少女を、そう評した。また口をついて出てしまった、ととっさに口を押さえるが、もう遅い。
「えっと……まあ確かに、妖精って表現は間違ってないと思いますけど……」
だが少女の反応は、思いの外普通のものだった。むしろ、どこか納得の色を見せている。
と、いうのも別に少女が自分に絶対的な自信を持っているから、というわけではない。それは、己の種族による呼び名として間違ったものではないからだ。
輝くような金髪はおそらくロングだろうか。それをうなじ辺りまで上げて一つにとめている。体を動かす際、髪が邪魔にならないようにしているのだろう。
瞳はまるで宝石のようなエメラルドグリーンで、本物の宝石なら盗まれてしまうんじゃないかと思えるほど。女性にしては背が高く、達志とそう変わらない。
白い肩出しのテニスウェアはまるで少女の清廉さを表しているかのよう。露出した腕や脚は白くありながらも健康的な日焼けが美しさを引き立てる。
白い羽根くらい生えていてもまったく不思議じゃないと思えるほどの美しさはもはや芸術品だ。リミとはまた違った美しさの持ち主と言える。
そして……少女の印象とは別に、達志が彼女を『妖精』と評した理由が、髪から覗く尖った耳だ。それは達志含め、元々この世界の人間及び異世界出身の人間の中にもいない。
だが一つだけ、心当たりのあるものがある。耳が尖った、妖精のような見た目……その容姿はまさしく、エルフ。妖精とも呼ばれる、ある意味異世界ものお約束の種族であった。
「え、え……エルフ?」
「は、はい……そうですけど」
驚愕する達志に動揺するエルフ少女だが、そんなもの達志は気にしない。この衝撃は、もちろん少女の美しさもあるが……一番の衝撃は別の所にある。何せ……
「そうこれだよこれ! スライムとか頭の変な中二娘とか不良優等生とかゴリラとか……そんなんばっかじゃなくて! 俺が求めていたのはこれなんだよ!」
エルフだなんて、これまで目にしたことがなかった。街中でもだ。異世界っぽくなったこの世界で、ようやく身近にザ異世界が現れたような気がする。
無論、リミら獣人も現実とはかけ離れたものではあるが……こうした『種族』と出会うのはまた違った感激がある。
……一応セニリアやムヴェルといった『ハーピィ』や『ケンタウロス』もいるが……身近と言えば身近だが、年上だしやはりどことなく距離は感じてしまう。
対して目の前の少女は、同じ学校の生徒だ。クラスメートにもいるかもしれないが、リミら周りの印象が強すぎてあまり全員を見てはいない。
だから目の前のエルフ少女に、なんか並々ならぬ思いが込み上げる。だからエルフ少女が戸惑っているのにも、気付いてはおらず……
「ごっほん!」
そんな中で、達志の意識を戻すかのようにわりと大きな咳払いが響く。その咳払いの主は、ジトッと達志を見つめていて。
「ん、どしたのリミ」
「いーえ、べふになんでおないでふお」
「頬が膨らみすぎて何言ってるかわからんのだけど」
かわいらしく唇を尖らせる、頬を膨らませるというのは表現とはしてよく見るが、今のリミは頬を膨らませすぎて何を言っているかわからない。
白い肌がそんな膨らむとまるでもちみたいだ。
「ぶふー……な、にゃにを……」
「あ、いやつい……」
そんなもち頬を、ついつい指で押してしまった。指で押したそれはまるで空気の抜けた風船のようにしぼんでいき、口から空気が漏れている。面白い。
当のリミは、その白い頬を徐々に赤くしていく。いやー、新鮮な反応だ。面白い。
「も、もう! タツシ様……もー!」
そのまま少し距離をとったリミは、何を思っているのか赤い顔のまま手をブンブン振っている。マンガなら目がバッテンになっていそうだ。
「タツシ……もしかして、トサカイ タツシさん?」
「“イ”サカイね。どこぞのゴリラじゃないんだから……って、俺を知ってるの?」
今のリミとのやり取りを見て、達志の名前に反応したのはエルフ少女だ。少し間違えていたとはいえ、間違いなく達志の名前を呼んだのだ。だが、達志はまだ名乗っていない。
なのに、なぜ名前を知っているのか? そんな達志の疑問に答えるように、エルフ少女は続ける。
「噂になってたんですよ、一年生の……いや学年全体で。今日転校生……じゃなくて、十年ぶりに復学する人がいるって」
「マジか、噂って……まあ、話題性には富んでるもんな」
まさかの事実。達志が復学することが、そんな大事になっていたとは。まあ十年ぶりに復学する生徒など、確かに話題作性には充分だ。
噂なんて、どこからどう広まるかわからない。最初は教師しか知らなくても、たまたま聞いていた誰かからどんどん広まっていったのだろう。
「ん、そういや今一年生って……」
「あ、はい。一年生の、シェルリア・テンです。ですので、私が後輩になりますね。よろしくお願いします、先輩♪」
「おふっ」
ペコリとお辞儀し、名乗るエルフ少女……シェルリア。その笑顔に、そして呼び方に思わずやられてしまった達志は思わず口を押さえる。
シェルリアはその様子に首をかしげ、リミは相変わらずのジト目を向けている。その時、向こう側からシェルリアを呼ぶ声が聞こえてくる。
「あ、いけない。戻らないと……」
「あらら、ごめん。なんか引き留めたみたいになっちゃって」
「いえ、とんでもないです。話せて嬉しかったので」
悪いのは引き留めてしまったこちらなのに、それを気にもしていない、むしろ嬉しかったと語る天使……いや妖精に、ホントいい子だと泣いてしまいそうだ。
最後にもう一度お辞儀をしてから、去っていくシェルリア。振り返り駆け去っていく際にスカートがふわりと揺れる。その後ろ姿を見届け、ほぅ、と思わずため息。
「噂通りの……いえ、それ以上の容姿でしたね。神々しい、ってああいうこというんですね」
「噂って……リミ、あの子のこと知ってるの?」
去っていったシェルリア。それを見届けて声を漏らすのはリミだ。まるで、シェルリアを知っているかのような物言いに達志は問いかける。
「知っている……そうですね。彼女、有名人ですので。大抵の人は知ってると思いますよ?」
どうやら、リミ個人が、というものではないらしい。有名人なのでみんなが知っている……それは、テレビに出ている芸能人、という感覚に近いだろうか。
「有名人……って、そうなの?」
「はい。この学校には誰が呼んだのか、校内二大美少女という、学校のアイドル的存在が二人いるそうで……そのうちの一人みたいですね、彼女」
リミが語るのは、シェルリアが校内二大美女のうちの一人だということ。校内二大美女、という単語に、達志は聞き覚えがあった。
あれは確か……ヘラクレスが言っていたのだ。そう、リミが人気者なのかという話になったときに、リミは校内二大美少女の一人なのだと、そう言っていた。
……と、いうことはだ。校内二大美少女。その一人がリミで、もう一人はシェルリアということになる。確かに、そう言われても納得するだけの美貌を二人とも持っている。
だが……今の言い方に、少々違和感。なので達志は、その違和感を疑問としてぶつけてみる。
「えっと……リミ、ちなみにだけど、その校内二大美少女のもう一人って知ってる?」
まるで、当事者ではなく傍観者のような言い方に覚えた違和感。すると、疑問を受けたリミは少し頭を悩ませて。
「さあ……知りませんね。シェルリア・テンの名前も、誰かが口にしてたのを偶然耳にしただけですし。そもそも興味もないですし」
こう答えた。その興味のない校内二大美少女というアイドル的存在に、自分が含まれているのを知らないリミであった。




