バカ達によるバカ騒ぎ
……火属性の魔法。だがそれは、火というのは生易しい表現に思えるほどに巨大な規模の爆発。それを行った張本人、ルーアは現在、冷たい床の上で正座させられている。
「すみません、反省してます……」
反省の印として、というよりは強制に近い正座。それでも反省をしていると訴えるが、残念ながら言葉と表情があっていない。
膨れた頬は、思わず指で突いてしまいたくなる。魔法を放った左目は当然眼帯で塞がっており、小柄な体はますます小さくなっているようだ。その眼前に立つ人物を見上げると、なおさらだ。
「こんなところであんな大規模な魔法を使うやつがあるかバカタレ」
額に青筋を立てているのは、担任であるケンタウロスのムヴェルだ。基本生徒の自主性を重んじるのだが、今回は場合が場合だ。
「すげーな、壁や床が焦げてる」
「この建物、魔法の練習によく使われるから大抵のことじゃ傷つかないようになってるんだけどね……」
爆発があった場所を見て感想を漏らすのは達志だ。それに答えるように由香が話し、つい先程の光景を思い返す。見た目だけでなく実際に威力がスゴかったのだ。
「しかし、単なる中二ロリじゃなく、ホントに力を封印してる系ロリだったとは」
「たっくん昔からラノベとかよく読んでたもんね」
言って、はっとした表情で由香が口を塞ぐ。が、運よく周りには誰もいなかった。ついつい、気が緩んであだ名で呼んでしまった。
「俺よりそっちのほうが気を付けたほうがいいんじゃないですかね? ゆ、か、せ、ん、せ、い」
「うぅ……」
やはり10歳年を取ろうと、教師になっても、由香は由香だ。
「うぁあ……せっかく作ったタツシ様型彫像がぁ…… 」
由香をからかうのもそこそこに、視線を巡らせるとそこには、ある意味今回の爆発の一番の被害者であるリミがうなだれていた。
達志としても、自分と同じ姿の彫像を壊されたのは複雑な気分だ。
「おーいリミ、あんま落ち込んでんなって」
「そうそう、本物が近くにいるんだしよ」
「うおっ、ヘラ!」
どう声をかけていいかわからなかったが、とにかく元気出せと声をかける。すると直後、頭上から別の声が。視線を向けると、達志の頭にスライムが乗っているではないか。
「なに、お前そこ気に入っちゃったの?」
「気に入っちゃったの」
「ふふ、仲良しだね二人とも」
どうやら達志の頭が気に入ったらしいヘラクレスは、達志の問いにオウム返ししつつちょこんと乗っかっている。達志としても、本体が水だからかそんなに重さは感じないのでそのままにしておく。
「そういや俺、まだヘラの魔法がどんなか見てないんだけど」
「そうだっけか?」
思えば、リミの様子を見ているときからずっと隣にいたのだ。それに、ルーアによる魔法のときも、一人だけ慌てず平然としていた。
「ヘラってもしかして結構大物だったり?」
あれだろうか、主人公の友人ポジションは実はものすごい強さを持っていて、しかしいつもはへらへらとその存在を隠している。漫画やラノベにありそうな展開ではないか。
スライムとはいえ、弱いとは限らない。むしろスライムだからこそめちゃめちゃ強いときに驚きと感動があるのではないか。なんかむちゃくちゃテンション上がってきた。
その思いのたけをぶつけようとしたとき……
「あー! あったぁ!」
響いてきたのは、リミの声だ。勢いが消される。さっきまであんなに落ち込んでいたのに、いったいどうしたというのか。
「よかったぁ! まだ残ってた!」
リミが駆けていく先には、先程の爆発から逃れたタツシ型彫像があった。奇跡的に一体だけ残っていたらしい。これには思わず達志も、目を見張るが……
「ふん!」
「「あぁああああ!?」」
直後、タツシ型彫像が何者かの手によって破壊される。これにはリミだけでなく達志も驚くばかりだ。そして、そんな驚きの視線を受けても微動だにしない、タツシ型彫像を壊した張本人は……
「マルちゃんじゃねえか!」
「誰がマルちゃんだ! なぜ貴様までその呼び方を!」
逆立った赤毛を揺らす、一目見て不良を飛び越えたような存在感を放つ人物がそこにはいた。マルクスことマルちゃんだ。いやマルちゃんことマルクスだ。
「何してくれてんのお前! せっかく残ってたのに!」
「ふん、あんなもの、この場に不必要なものだ」
純粋なる怒り……だけではない感情を胸に、達志はマルクスに近づいていく。だがマルクスは、知らん顔で今壊した彫像は不必要なものだと説く。
それはおそらく、達志に対しての挑発だったのかもしれない。しかしそれを挑発ととらえたのは、別の人物だった。
「ふ、不必要……ですか。それはつまり、私の魔法が不必要だと?」
「っ……べ、別にそんなことは……」
自分の姿の彫像を壊された達志ではなく、タツシ型彫像を作ったリミだ。リミは静かな声で、圧力を放つ。それは達志は知らないが、以前の学校でのリミと同じものなのかもしれない。
「そ、そうは言っていない。ただ、あの男の彫像など……」
リミの迫力に圧されたのか、マルクスが焦っている。焦るマルクスは見ていて楽しいが、このままだと今度はリミが、別の意味で爆発しかねない。
なんとかしなければと、思っていたところへ……
「っつぅ……やっと解放されましたよ。足がシャープペンシルの芯のようです」
正座させられお叱りを受けていたルーアが、戻ってきた。これ幸いと、達志はルーアに話しかける。
「はは、お疲れさん。けど自分の魔法の威力くらいわかるだろうに、もう少し威力抑えればこんなことにならなかったんじゃねえか?」
ルーアの出現、そして達志が会話を振ったところで、計算通りリミの圧力は和らいでいく。
「ふふ、甘いですねタツ。我が強大なる力は、私にもコントロールが効かないのだ。故に、封印している」
「つまり、力がセーブ出来ないと。眼帯あり状態でゼロ、眼帯なし状態で百、極端すぎね?」
詰まるところ、ルーアは力のセーブが出来ないから眼帯で力を封印しているのだ。威力のコントロールが出来ないのでは、つまりゼロか百かのどちらしかない。不便な魔法だ。
「え、もしかしてルーア、あの爆発しか使えないなんてことないよね?」
「そんなことはありませんよ。他の魔法も使えますよ、封印を解けば」
「意味ねぇええ!」
ということは、眼帯をした状態のルーアは達志と同じく魔法の使えない一般人ということだ。下手をしたら凶器になるものがコントロール出来ないとは、ある意味魔法の使えない一般人より質が悪い。
そう考えると、ルーアの力を封印している眼帯は思った以上に重要なものかもしれない。単なるファッションだと思っていたのを謝りたい。謝らないが。
「てかよー、ルアっちがタツ像壊したせいでリミたんお怒りなんだけどどうにかなんない? 激おこだぜ?」
「激おこってまだ使われてんだな。まあ、そういうわけだルーア。フォローしてくれよ」
「いいでしょう」
壊した張本人であるのになぜか堂々としている。そんな状態でリミの視線の先に立ち視線を交わらせる。ルーアはロリ……いや小柄なので、リミを見上げる形だ。
そんな状態で、ルーアは謝罪の言葉を……
「……なんとまあ耐久力のない氷の彫像なのか! あの程度、私の足元にも及ばぬわ! つまり、リミより私の方が上! う、え!」
「うぉおおおい!?」
語ることはなかった。なぜかリミに、自分の方が上だと告げるルーア。薄い胸を張り、どや顔を晒している。そんなリミの頬を、達志は引っ張った。
「なんで謝るどころか煽ってんのこのロリはぁああ!」
「ふぁ、ふぁへへふははい(や、やめてください)! ほいいうはぁ(ロリ言うなぁ)!」
両頬を引っ張られ、抵抗するルーアは、何を言っているのかわからない。だがそんなこと追及するつもりのない達志は、柔らかく面白いくらいに伸びる頬を引っ張り続けている。
まったく突然なんてことを言い出すのだろうかこのロリは。
そんなロリの、勝ち宣言のようなものを受けてリミはどんな反応をしているのか。ますます怒らせてしまったんじゃないだろうか? そんな心配を胸に、達志はリミを見ると……
「……いいなぁ」
なぜか頬を赤くして二人を見つめていた。怒っている、という感じではない。それに何事か呟いている。彼女が呟いた言葉は、小さすぎて達志には聞こえなかったが。
「なんて?」
「へぁ!? にゃ、にゃんでもないですよ!」
聞かれていた、その事実を聞いたリミは顔を真っ赤にしている。驚いたせいなのかはわからないが、うさぎなのに猫のようになってしまっている。
なんでもないと言われてしまえば、それ以上を追及することは出来ない。
達志に頬を引っ張られているルーアが羨ましくて、本音が漏れてしまった……そんなことは言えるはずもない。聞いたらドン引きだろう、多分。
だから下手な言葉でごまかした。そしてその様子を、不機嫌そうに見つめているマルクス。
結局、ルーアに煽られても怒りを覚えるどころか、達志に対して若干、自覚のないマゾ気質に目覚めつつあるリミであった。




