纏まらない話し合いと哀れな彫像
「さっきから見ていたが、いかに歓迎会とはいえハメを外し過ぎじゃないのか? クラスメートを氷漬けにするなんて。無礼講の中にも節度あれ……当然のことだと思うが。何を考えているんだ?」
至極まっとうな台詞。それを発したのは、達志でもリミでも、もちろん彫像ルーアでもない。横から聞こえた、当然だが聞きなれない声に振り向いた達志は、その姿を見て絶句した。
その声の主は、片手に空になったグラスを持っている。おそらくはジュースのおかわりでもしようとしていたのだろうが、そんなことはどうでもいい。問題はその風貌だ。
まず目を引く、その逆立った髪は赤とも金ともいえる髪の色をしている。獣人やケンタウロスを見たが、それとは別の意味でなんというか目を引く。
そしてその表情。眼鏡をかけているの奥にある目付きは鋭く、怒っているかのようだ。実際に怒っているのだろうか。さらに耳にはピアスを付けている。
その風貌は達志の知っている、絵に描いたような……いやそれ以上の不良だ。逆に今の台詞はまさしく、優等生そのものだが。
「え、何……台詞は優等生なのにその見た目ガチガチの不良なんだけど。不良なんて生易しいって言える表現なんだけど。何その眼鏡、申し訳程度の優等生アピール?
言っとくけど、それ一つでその見た目をプラマイゼロにできるほど眼鏡さん有能じゃねえぞ?」
「何をぶつぶつ言っているんだ。それに見た目で人を判断するな」
見た目についてとやかく言われたくない人に見た目についてもっともなことを言われてしまった。反省。
達志の予想外の返しに、外見不良は苛立ち気に舌を打つ。達志も、思わず口をついて出てしまったことに反省する。
見知らぬ誰かと話すのは緊張するというのに、こういうことだけ口に出る自分が怖い。
「悪い悪い。なんか俺、寝てる間にわりと正直になったらしくて」
「謝ってておいてなんのフォローにもなってないのがすごいな」
目覚めてからというもの、独り言が圧倒的におおくなったりと、困ったものだ。正直になったとはいえ、リミの料理評価をそのまま本人に伝えないブレーキくらいはまだあるが。
「……まあいい。それよりも、この現状……彼女を氷漬けにした意味を問いかけているんだが? ヴァタクシア」
やれやれと首を振った後、男はリミに視線を向ける。その際にリミの肩が跳ねたのは、ルーアを氷漬けにしてしまったバツの悪さからか男の風貌が怖いからか。
「そ、れは……」
「いつものキミらしくもない。魔法をみだりに使うどころか、それを人に向けるなんて。キミのことだから何か理由があるんだろうが、やり過ぎだ」
リミに対し、キツい口調で厳しい言葉を投げかける男。その言葉は確かに厳しいものだが、その中にどこか優しさというか、リミへの気遣いがある気がするのは気のせいだろうか。
その言葉を受けたリミは、当然なのだが返す言葉もない。理由がないとは言わないが、まさか物凄く私的な理由で魔法を使ってしまったなどと言えるはずもない。
出来るのは、ただ俯くことだけだ。
「何か言ったらどうだ? 反省した表情を見せれば相手が折れる……そう思っているなら、それは間違いだ。人間関係において、そんな甘えは意味を持たない。
甘やかされて育ってきたキミにはわからないかもしれないが、それが社会というものだ。そして、ここは学校という社会だ。何か言い訳があるにしろ謝るにしろ、黙っていたままでは相手にも、そして自分にも失礼だ」
男の言っていることは、ひどく正論だ。あと長い。正論という言葉の刃を投げられ、リミの肩が震える。ここで達志がが言葉を挟むのは、正しいとは言えない。
……だが、俯いたままのリミに放たれる言葉の鋭さが増したように感じた時、達志は言いようのない感情が湧き上がるのを感じていた。だからつい、言葉は達志の口をついて出てきて……
「おい、ちょっと言い過ぎじゃ……」
「あぁ?」
……出切る前に、言葉が止まった。まるで野獣のような眼光を向けられ、達志の本能が恐怖を感じたのだ。それでも、ここで引いてはただの腰抜けだ。
復学初日から腰抜けの烙印を押されるのは避けたい。
「い、いや。確かにお、お前の……えっと……」
「マルクス・ライヤだ。イサカイ・タツシ」
「お、おう。じゃあ改めて……こほん。確かにライヤの言うことは一理……どころか全くの正論なんだけどさ。もう少し言い方というか、少し言い過ぎというか……」
達志だって、今のやり取りでリミが悪いことは理解しているのだ。だが、それにしたって言葉が刺々し過ぎやしないだろうか。
その言葉を受けた外見不良少年は一瞬目を丸くしてが、すぐに不機嫌な顔になる。
「言い過ぎ……か。つまりキミは、ヴァタクシアの味方をすると?」
「いや別に。リミが悪いのははっきりしてっけど、本人も反省してるみたいだし……」
「!?」
反論されたマルクスに、達志はリミの味方を……するわけではなく、むしろ悪いと断言。庇ってくれるかと思った達志のまさかの発言に、リミは理解が追い付かないのか目を丸くしていている。
「言い過ぎ、か。ならば優しく説き伏せろとでも? 現実をそのまま突きつけることが正しいと思うが?」
「いや、言い過ぎか優しくかの極論じゃなくて……その中間をというか」
どうにも、会話が噛み合わない。マルクスはマルクスで意見を変えるつもりはないようだ。もちろんマルクスの言っていることは正しいが、どうにも言葉に刺がありすぎる。
「まあ、リミも反省してるようだしここは一つ、な?」
「タツシ様……」
とにかく、これ以上続けていても埒が明かない。ひとまずこの場は収めてもらえないだろうか。気が付けば、周りも達志達の騒ぎに注目しているではないか。
達志はリミの肩に手を置き、リミは達志の服をちょこんと摘まんでいる。その二人を見つめるマルクスは、何を思うのか……凶悪過ぎる瞳を細め、口を開く。
「そうやって、仲良し相手の味方をして好感度でも上げようって魂胆か」
「いや、何を言って……」
話の主軸がズレつつある。そもそもだ。そもそも、どうしてこんな言い合いっぽくなってしまったのか……
「まーまー、落ち着けよお二人さん」
現状の原因を探ろうとしていたところへ、聞き慣れていないはずなのに妙に耳に残る声が届く。二人を落ち着かせるようなその言葉を告げる主は……
「へ、ヘラ……」
そこにいた、スライム。ヘラクレスというとても強そうな名前を持ち、その特徴的過ぎる姿は達志の記憶にも新しい。
そしてその声は姿と同じく特徴的で、聞いたばかりでもう頭にこびりついている。
言い合いが終わらなそうな二人に痺れを切らせたのだろうか。落ち着け落ち着けと、その体から『手』を伸ばして「どうどう」と言っている。
「タツー、まあこいつはこういう奴なんだよ。わかってくれ。それとマルちゃん、あんま熱くなんなよ」
「マルちゃん言うなと何度も言ってるだろ。それにお前は僕の母さんか」
「んなわけねーだろ、頭大丈夫か?」
達志の時と同じように、マルクスのこともあだ名で馴れ馴れしく呼んでいる。達志に対してそうだったのだから、クラスメートのマルクスについては当然のことだ。
一方で、あだ名とまるで自分のことをわかった風とでヘラクレスに物申すマルクスだが、ヘラクレスは気にした様子もなく笑い飛ばしている。
「止めるなヘラクレス、僕はまだ……」
「ムッちゃんが来ないうちにやめた方がいいと思うなー?」
「ぐっ……」
尚も引き下がろうとするマルクスだが、それはヘラクレスの言葉により苦虫を噛み潰したような顔になって口を閉じる。
ムッちゃんとは誰のことかと思ったが、確か担任であるケンタウロス先生はムヴェルという名前だったことを達志は思い出す。
まさかあのキツい先生をあだ名で……とは思うが、ヘラクレスならあり得ないことはない。
「まあどっちが正しいとかそんなのは後で語り合うとしてさ、ひとまず目先の問題を解決しようや」
「目先の問題?」
ヘラクレスの乱入により一反の落ち着きを見せた二人に、言い合いの前に解決すべき問題を示唆する。それが、この現状を招いた原因な気がして、達志は頭を捻らせる。
忘れちゃならないことが、何か……
その答えに行き着く前に、ヘラクレスはその口を開いて、その答えを示す。
「とりあえずルアっち、助けたろうや」
「「……あっ」」
その答えを聞いた達志は、マルクスは、すぐ横で氷の彫像になっていた中二少女、ルーアの存在をすっかり失念していたことを思い出して……同時に、間の抜けた声を上げるのだった。




