借り物はなに?
魔法ありきのめちゃくちゃな体育祭は、その後も順調に種目を消化していく。
魔法だらけ飛び回りだらけのほぼ戦場状態とはいえ、達志のような魔法が使えない者も純粋に楽しめるあたりさすがの配慮といったところだろう。
「いやぁ、まさか単なる学校行事がこんなにハチャメチャになるとは……どっかのゴリラのなんちゃってテロとはえらい違いだな」
「お前喧嘩売ってるよな!?」
戦場と化したグラウンドにはあちこちにクレーターが空き、種目が変わる度に復元魔法で元に戻しているとはいえとんでもない光景が繰り返されている。
これが単なる学校行事だというのだから、開いた口が塞がらない。下手したら戦闘でも起こったのかと聞きたくなるほどだ。
「それぞれ拮抗してるみたいだね~、うんうんいい盛り上がり具合じゃない」
蘭花の言うように、それぞれのチームのポイントは拮抗している。今のところ一位こそ緑チームであるが、どのチームにも逆転のチャンスはある。
それに、まだまだ種目は残っている。とはいえ、リミやルーア以外にもそれなりに強者が集まっている緑チームは油断ならない。
他にも、ヘラクレスやマルクス、達志の周りにいる一癖も二癖もあるメンバーは頭一つ飛び出た成果を出している。
「さて、次の種目は……借り物競争、か」
プログラムを確認すると、次なる種目は借り物競争。赤チームからは、ザ、ロリコンであるロペその他が出場する。
他チームの注目メンバーといえば……意外にも、リミの姿があった。もっと力や魔法を活かせる種目に出ると思っていたのだが。
借り物競争とは、言わば運要素の強い種目だ。何を借りることになるかによって、勝敗は大きく左右される。借り物の紙に、物理的に無理なものはさすがに書かれてはいないだろうが……難易度に差が出るのは明らかだ。
もっとも、こういう種目ならば運が良ければ勝ち抜けることも出来る。出場種目に制限がある中、こういったものにリミのような強力な魔法使いが出てくれたら願ったりだ。
「とか思ってたら、開始直後から足場が氷漬けになったりしてな。あははは!」
「不安になるようなこと言うのやめてくれない!?」
今まさに頭をよぎった不安要素を後ろから囁かれ、達志は咄嗟に振り返る。
そこにいたのは、ゴブリン女子であるネプランテだ。出来るだけ考えないようにしていたのだが、本人は楽しそうに笑っている。
「あはは、お前いーいリアクションするなあ!」
「はは、そらどーも」
とはいえ、ありえない話ではない。足場を凍らせてしまえば、競争以前にちゃんと移動することが出来るかも危ういのだから。その点を考えると、やはり油断は禁物だ。
「まあウチからはバキも出るし、そんなに心配はいらないっしょ」
「あぁ、あのロリコン腰巾着か」
「あははひでー言い様だな」
マンガでしか見ないようなぐるぐる丸眼鏡を着用した、ロリコンロペをなぜかアニキアニキと呼んでいるあの男だ。正直、心配いらないという言葉自体がもう信じがたくはある。
「あいつガツガツのがり勉だから、いろんな魔法の研究してんだよ。それにあの小柄な体型なら、すばしっこさにも定評があるしな」
「な、なるほど」
ここで達志がどう思っても、達志以上に彼のことを知っているクラスメートにそう言われては信じるしかない。それに、聞いた限りでは不安要素が少しはなくなったのは事実だ。
学年トップだという彼ならば、いろんな魔法についての知識を持っているはずだろう。ならばそれに賭けてみるのも悪くはない。
そう考えているうちに準備が完了し、出場メンバーは定位置に。そして、種目が開始される。
「"アイス・フィールド"!」
開始直後、リミは魔法を発動させる。それにより足場は氷漬けになり、夏だというのに辺りには冷気が漂う。まさにスケートリングのようだ。
予想した通りではあるが、だからといってすぐに対応できるものではなさそうだ。
実際にリミ以外のメンバーは転倒したり生まれたての小鹿のように足をぷるぷるさせたり、万全とは言いがたい状況だ。
その間、リミ本人はすいすいと滑っていく。あの運動靴で、まるでスケートのようにどうやって滑っているのかと目を凝らすと……どうやら、靴裏を凍らせて滑りやすくしているらしい。
「また種目が変わってる気が……それより、あいつは?」
このままではうまく動くことが出来ない意味で、リミの一人勝ちになってしまうだろう。もしやこれが狙いで、リミが出場したのだろうか。
他にも動き出しているのが数人いるが、リミとは同じチームのようだ。やはり対策はしているのか、行動が早い。そんな中で、他チームの人間でいち早く行動している人物がいた。
達志が探していた、バキだ。すると、他のメンバーが歩くのに手間取っているというのに、まるで足場が普通の地面だといわんばかりに歩き始めたのだ。
「……どうなってんの、あれ」
「言ったろ、あいつは研究熱心なんだって。大方、靴裏から熱が出る改造とかしてて氷を溶かしてるんじゃねぇかなぁ」
「へぇー……え、今すごいこと言わなかった? 熱? 改造?」
今隣からすごいことを言われた気がするが、追及する前に周りがワッと盛り上がる。
研究熱心と学年トップはともかくそこから改造なんていろいろぶっ飛んでいる気がするが、それは後で聞くとしよう。今は勝負の行方の方が重要だ。
バキも動き出したが、リミが早くも借り物の紙が入れてある箱へとたどり着く。やはり先に駆け出していたのに加え、スケートのように滑っていたのが大きいだろう。
『緑チーム、ヴァタクシアさんが早くも箱へと到着! 果たして何が書かれた紙を引くのでしょうか!』
司会の実況、観客も盛り上がる中でリミは箱の中へ手を入れ、しばらく模索した後に手を引く。その手には、一枚の紙が。
そこに何が書かれているかで、勝敗に大きく左右する。出来るだけ難しいものであってくれ、と願う達志……その思いが通じたのか、リミはその場に立ち尽くし紙を見つめている。
その間にも、他の同チームメンバーやバキがたどり着く。他のメンバーも、苦労しながらも歩みを進めている。
しばらく立ち尽くし……ようやく、リミが動き出す。キョロキョロと首を動かした後に、目的のものを見つけたのかその方角へと走り出す。それは、達志のいる所と同じ方角で……
「……へ?」
同じ方角、というよりもまるで達志目指しているかのように走るリミは、そのまま達志の目の前まで走ってきて、立ち止まる。その視線は、一心に達志を見つめていて。
「タツシ様……その、ちょっと着いてきてくれませんか」




