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第6話 アウル村

朝の鐘が、村に響いた。


村の名前はアウル。

どこにでもある、小さな農村だ。


井戸から桶を引き上げながら、ミナは顔を上げた。


空の向こう、正面。

地平線の先が持ち上がるように、青い水面が広がっている。

壁に見えるけれど、あれは壁ではない。

リングの先の海だ。


朝靄の向こうで、森と畑と町並みが帯状に連なり、その上を白い光の筋が渡っている。

中心側に浮かぶ細長い光源群。

人々はそれを太陽と呼ぶ。


ミナにとっては、ただのいつもの景色だった。


「見上げながら水汲むな。手を滑らすぞ」


背後から声が飛んできて、ミナは慌てて桶を抱え直した。

振り向くと、背の曲がった祖父が杖を突いて立っている。


「ねえ、おじいちゃん。村の近くにダンジョンができたら、どうするの」

「どうするも何も、選べるもんじゃない」


祖父は杖の先で地面を突いた。


「ダンジョンは昔からある。山崩れや川の氾濫みたいなもんだ。近づけば死ぬ。だが、行かなきゃ食えない奴もいる」


言葉がそこで途切れる。


祖父の兄は若い頃、ダンジョンに挑んで帰ってこなかった。

そんな話は村のいたるところにある。


ミナはその話を何度も聞かされている。

だからダンジョンは怖い。

だからダンジョンは、金になる。

矛盾した二つの話を、村の子供たちは最初からセットで教えられる。


祖父を家に送り届けて、ミナは村の中央へ向かった。


小さな広場と石造りの教会。

教会の壁にはリングを模した環状の紋章と、その中心に白い点を描いた印が掲げられている。

奉られているのはマザーノード。

村人はふつうノード様と呼ぶ。


ミナは中に入る代わりに、石段の前で足を止めてぺこりと頭を下げた。


「ダンジョンがこっちに近づきませんように」


村人の祈りの定番だ。


昼前になると、広場に面した酒場兼食堂が開き始める。

木製の看板は、すでにかかっていた。

中からは肉を焼く匂いと、粗い笑い声が漏れている。


「おう、ミナ。手が空いてるなら皿を運べ」


カウンターの向こうから女将が顔を出した。

肩幅の広い、声の大きな女性だ。


ミナはエプロンを巻いて酒場に入った。


テーブルの一つに、リオンとエルノが座っている。


リオンは村の若者の中では体格がよく、畑仕事だけでは収まりきらない感じがある。

エルノは小柄で、いつも軽口を叩いている。


別の席に、見慣れない顔が二つあった。


革鎧、使い込んだ短剣、肩にかけた採取袋。

村の者ではない。

どこから流れてきたのかも分からない。


エルノがリオンの肩を小突いた。


「探索者かな。気になってるだろ」

「見てただけだ」

「見てただけって顔じゃないだろ」


リオンは、よそ者探索者から目を逸らした。


「ギルドに登録すれば、軽い仕事くらいはあるんだろ。森の獣狩りとか、浅いダンジョンの下見とか」


エルノが言うと、リオンは少しだけ低い声で返す。


「下見で死んだ奴もいる」


リオンの従兄は、街でギルドに入って、そのまま戻ってこなかった。

三年前のことだ。

だからリオンは探索者をなめてはいない。

ただ、村の中だけで一生を終えることにも納得していない。


「だから、軽い気持ちではやらない」

「軽い気持ちでは、ね」


エルノは茶化すが、少し安心した顔をしている。


ミナが皿を運んでいると、すみのよそ者探索者の会話が耳に入った。


「北の森か」

「薬草と獣だな。森の浅いところだけだ」


女将が皿を置きながら口を挟む。


「北の森に入るのかい」

「入口だけだ。村の子供も入る場所だろ」

「荒らすんじゃないよ」


探索者の一人が軽口で笑った。


「黒魔石でも拾えりゃ、借金も消えるんだがな」

「夢見すぎだ。伝説級のモンスターから出るような代物だぞ」

「ダンジョンの奥に転がってることもあるって言うぞ」

「それこそ夢見すぎだ。実際に見つけた奴なんて見たことない」


女将が低い声で言った。


「変な気を起こすんじゃないよ」

「だから、ダンジョンなんて探してないって。薬草を見に行くだけだ」


女将は探索者から目を離さずに続けた。


「ダンジョンってのは何があるかわからない。人に擬態するモンスターもいるって話だ。森のモンスターとはわけが違うんだよ」

「分かってるって」


探索者は笑いながら立ち上がった。

一人が銅貨を置く。


「日が高いうちに森へ入って、夕方までに戻る。薬草だけだ」


女将は言った。


「奥へは行くんじゃないよ」

「分かってる」


だが、ミナには分かっているように見えなかった。


リオンが少し顔を上げた。


「森も奥まで行けば帰ってこない奴もいる」


よそ者探索者は振り返って笑った。


「だから、入り口だけだって言ってるだろ」


そう言って、二人は酒場を出ていった。

北の森の方角へ。


リオンとエルノは、まだ席に残っている。


エルノがリオンを見る。


「お前もああなりそうで怖いんだよ」

「ああはならない。俺は依頼が出たら行くってだけだ」


ミナはそのやり取りを聞きながら、空いた皿を集めていた。


リオンは怖い話をしているのに、どこか楽しそうにも見える。

ミナはそれが少し不安だった。

でも、村の若者が外に出たい気持ちも分かる。


皿を片付けて、ミナは酒場の外に出た。


北の森が見える。


食べるものがない時に、木の実を拾いに行く場所だ。

鳥の声とうさぎの足跡しかなかった、静かな森。


そこに、さっきのよそ者たちが向かった。

リオンとエルノは、まだ酒場の中で何かを話している。


ミナは北から吹いてくる風を、いつもより冷たく感じた。

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