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第21話 シルヴァ

二階の通路を少しだけ広げ、急ぎで壁を整え、空き部屋をひとつ作った。


その隣には、新しく作ったゴブリン部屋がある。

一階はもうパンパンで、通路にあふれる事件が続いたため、ゴブリン部屋を二階層に移設したのだ。


「マスター、設置完了しました!二階のゴブリン部屋は、これで本格運用に移行です!」

「よし。じゃあドライアドを呼ぶ準備だな」


DP残高を確認する。

【現在DP:4081】


ギリギリだが、目標に達した。


「ドライアド生成、実行するぞ」


決定を意識する。二階の空き部屋で、土が静かに揺れ始めた。

床がふっと柔らかくなり、芽が出る。

その芽がふくらみ、ぱん、と音もなく弾けた。


そこに、女性が立っていた。


薄い緑の長い髪を後ろで緩く束ね、葉を編んだような衣服をまとい、樹皮のようなエプロンをつけている。

森の奥からそのまま抜け出してきたような佇まい。

どこか人を安心させる、深い緑の瞳がこちらを捉える。


「あなたが……このダンジョンの(あるじ)、なのですね?」


優しい声、落ち着きがあり、包むような柔らかさがあった。


「ああ。えっと、名前は……そうだな。シルヴァ。今日から君の名前だ」


ドライアドは驚いたように目を瞬き、すぐに微笑んだ。


「まぁ、名前をいただけるなんて、光栄ですわ。シルヴァ……とても綺麗な響きです。ありがとうございます、マスター」


ぽんこが横で感心した声を出す。


「マスター、命名お上手ですね!」

「ほっとけ」


俺は軽く咳払いをし、シルヴァさんへ向き直る。


「まずできることを教えてくれ」

「はい。植物育成、植物操作、土壌の調整、湿度の管理、そのあたりでしたら、お力になれます」

「戦闘は?」

「ほとんどできません。つるを絡めたり、少し足を止める程度です。殴られたら倒れてしまいますね」

「正直で助かる」


本当に農業の専門家という感じだ。


「じゃあシルヴァさん。二階のゴブリン部屋と、その周辺環境づくりを頼みたい。それから、専門外だろうがゴブリンの世話も頼む」


シルヴァさんは穏やかに頷いた。


「はい、もちろん。マスターがお望みなら、できる範囲で精いっぱい動きます」

「全部丸投げしていいか?」

「構いませんよ。指示をいただければ、それに沿って整えていきますね」


この従順の姿勢は非常にありがたい。


「ぽんこ、権限を付与したい」

「はい!DP使用権限、地形変更権限、モンスターへの命令権限をシルヴァさんに付与できます!」

「全部頼む」

「全部ですか?新人管理職には権限が大きすぎます」

「二階層限定だ。ここならまだ探索者も来ない」

「なるほど、了解しました!」


ウィンドウが開く。

【管理権限変更を許可しますか?】


決定すると、シルヴァさんの足元で草がざわめいた。


「こんなに大きな権限、わたしでよろしいのですか?」

「俺一人じゃ管理しきれない。任せた」

「……ふふ。お任せいただけたこと、とても嬉しいです」


シルヴァさんの声は控えめなのに、どこか温かい。


「じゃあゴブリン部屋を見てもらおう」

「了解しました」


隣の繁殖部屋へ視点を移すと、シルヴァさんは小さく息を漏らした。


「これは……かなり密集していますね」

「225体いる。餌と場所が足りずに、頭打ちになった」

「この密度では落ち着かないのも無理ありませんね。環境を整えましょう」


シルヴァは部屋の床に手を添えた。

ふわり、と土が柔らかくなり、湿り気を帯び、空気が変わる。


「まずは土と空気を整えて、呼吸しやすい環境に。次に居住区と食料区を分けましょう。混在すると争いが増えますから」


言葉は静かだが、動きはとても手際が良い。


「配置も任せていいか?」

「はい。こちらで整えていきますね」


シルヴァが手を伸ばすと、部屋の真ん中についたてのような壁がせり上がる。


「ゴブリンさんたちは、こうした区切りがあればだいたい理解してくれますよ」


実際、数体がついたてに合わせて、居場所を移しはじめていた。


「次に、食べられる植物を用意しましょう」


シルヴァは土に指先を軽く押し当てた。根が伸び、そして小さな芽がぽつぽつと生える。

一体のゴブリンがそれをかじり――目を丸くした。


「ゴブ……!」


なんとも嬉しそうな顔だ。

続けて数体が集まり、芽をむしゃむしゃと食べ始める。

泣いている奴すらいる。


「落ち着いたな」

「食事の時は争いが減ります。かわいいわねぇ、この子たち」


そう言いながら、シルヴァさんはゴブリン部屋全体を見渡した。


「少し時間は必要ですが……より健全な環境にしていきますね」


見る見るうちに植物が増え、ゴブリン達はその根をかじる。

皆に行き渡ったようで、争いはなくなっていた。

と、その様子を眺めていると、ふいに、ある発想が頭をよぎった。


「シルヴァさん。これ、二階層全体に植物を広げるって、できるか?」

「できますよ?」


即答。


「え、そんな簡単に?」

「はい。私の能力は『家庭菜園(かていさいえん)』、お庭づくりが仕事ですもの。土も、水も、木も、DPはいりませんわ」

「マジか」


ぽんこがすかさず補足する。


「マスター!DPが必要なのは範囲の拡張、つまり支配域を広げる時だけです!森を作るのは、シルヴァさんの能力でほぼ無料!」

「家庭菜園、強すぎるだろ」


俺はしばらく沈黙し、二階層のマップと、シルヴァさんの姿を交互に見た。


そして、答えはひとつに収束する。


「……二階層を森にするの、ありだな」


ぽんこが飛び跳ねる。


「ようやくその発想に到達しましたねマスター!!」

「お前は何様だ」


シルヴァさんは、少し目を細めて微笑んだ。


「森。良い響きですわね。ゴブリンさんの食料も隠れ場所も自然に増えますし。森の迷宮は、侵入者がとても迷いやすいのです」

「じゃあ、やっぱり森化だな」

「はい。お庭づくりは大好きです」


そこで、彼女は少し意味深に首を傾げた。


「ただ……マスター。ひとつ申し上げてもよろしいかしら?」

「ん?」


「普通のダンジョンでは、ドライアドのような低ランク精霊に地形権限やDP権限なんて、絶対に渡しませんよ」


「そうなのか?」

「そうですよ!普通は権限を渡すのは最上級モンスターだけです!」

「うちの最高幹部だぞ?」

「そりゃそうですけど……」


「ふふ。でもマスターは、わたしに権限をくださった。でしたら、遠慮なく好きなだけ広げますわね?」


少し悪戯っぽく微笑んで、シルヴァさんは両手を軽く上げた。


――次の瞬間。


二階層全体の空気が震えた。

壁が湿り、床が掘り起こされる。


「うわ、もう始めてるのか?」

「ええ。岩を砕き、土に変える植物ですわ。森を作るには、まず地面の下から優しく広げていきますの」

「シルヴァさん、本当に頼りになるな」

「まぁ。そう言っていただけると、嬉しくなってしまいますわ」


ぽんこがウィンドウを操作しながら言う。


「マスター、これより二階層強化月間に切り替えます!」

「そうだな。一階層は初心者向け、二階層で森化を進める」

「粉飾設計ですね!」


俺は二階層の地形マップを見渡した。

根が伸び、二階層は少しずつ森が広がっていく。


「よし――」


「森化計画、正式に始動だ」

「ふふ、どんなお庭にしようかしら。どうか、楽しみにしていてくださいね?マスター」


柔らかな声なのに、その奥には確かな力を感じた。


二階層は、静かに、しかし確実に変わり始める。

Eランクの皮を被ったまま、ダンジョンの中に森が育ち始めた。

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