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第20話 中間管理職

ゴブリン部屋を開いた瞬間、思わず目を細めた。


「……増えすぎじゃないか?」


そこはもう部屋というよりも、ゴブリンの集会のようだった。


「ぽんこ、最新の頭数は?」

「はい。ちょっと数えますね……いち、に、さん……じゅう……はい、85体です!」

「40体ちょっとだったよな、数日前」

「1日に10~15体増えるペースです」

「完全に指数関数じゃねえか」

「はい!指数関数です!」

「テンション上げるな」


ゴブリンの繁殖が早いとは聞いたが、ここまで早いとは思っていなかった。


ゴブリン部屋に視線を移す。

最初は広々としていた巣が、今はもう緑色の小柄な体で埋め尽くされている。


座っているやつの膝に、別のやつが座り、その上から三体目がのしかかってくる。

ちょっと肩が当たるたびに小競り合いが発生し、あちこちで小さな乱闘……いや、あれは遊びで殴り合ってるだけか。


「で、ここから溢れた連中が」


支配域マップを少し引く。

一階通路に、ぽつぽつと緑のアイコンがはみ出している。


「通路に出るなって命令、出してるよな?」

「出してます!ですが、個体密度が上がりすぎて活動範囲を広げたい欲求が勝りつつあります!」


ぽんこがUIのログを表示し、映像を巻き戻して確認する。


通路の角。

干からびかけた何かを巡って、ゴブリン三体が取っ組み合いをしている。

棍棒で小突き、肩を掴み、足を引っ張り合い――


「……なんか聞こえたな」

「ゴブリンか?数が分からねえ」

「今日はやめとくか。また今度だな」


そう言って引き返そうときびすを返した探索者の後ろで、ゴブリン三体がケンカの勢いのまま飛び出し、角の向こうへごろんごろんと転がって消えた。


「……」

「……運が、良かったですね!」


ぽんこが元気よくまとめる。


「運で迷宮運営したくないんだけどな」


このまま放置すれば、どこかで運で済まないタイミングが来る。


「次。餌の状況は?」


ぽんこがUIを切り替える。

そこではゴブリンが、細く残った植物の根を数体で奪い合い、ケンカし、泣き叫び、また奪い合っていた。


「うん。まさかゴブリンに餌が必要だとは思わなかったからな」

「普通は必要ですよね?」

「俺もお前もいらないじゃないか」

「ぽんこもマスターも普通じゃないですから」

「なるほど、俺のチート能力は食事がいらないことだったか」


そう、自分がそうだからモンスターは食事がいらないのかと思っていたが、普通に食べるらしい。

なんて不経済な奴らだ。


「ゴブリンさんは雑食なので、植物の根で生きられます。ただ、現在の量では全く足りません」

「そりゃストレスも溜まるよな」

「はい。餌不足によるケンカ、居場所争い、落ち着かない行動……このままでは、弱い個体から衰弱してしまいます」

「衰弱して死ぬのはまだマシな気もするんだが」

「問題は管理不能になることですね」

「そう、それだ」


ゴブリンが勝手に通路にあふれ、探索者と遭遇する。

探索者が全滅でもしたら、危険ランクは跳ね上がる。


「俺とぽんこの二人で、数十体のゴブリンの生活全部見てやるのは無理だ」

「はい。現場も管理も一人でやらされている課長みたいなものですね!」

「それ、だいたいブラック企業って呼ばれるやつだぞ」


自分で言ったその言葉に、頭の中で一本の線がつながる。


「なるほど。つまり必要なのは、中間管理職だ」


俺が言うと、ぽんこはぱっと顔を明るくした。


「ですね!幹部級モンスターさんを一体、導入しましょう!」

「よし、見せてくれ」

「検索します!」


ぽんこが幹部候補の一覧を開いた。

まず目に飛び込むのは――


【オーガ:79,000DP】

【ミノタウロス:104,000DP】

【リザードロード:160,000DP】


「……は?」

「強い幹部ほどDPが跳ね上がりますからね」

「いやいやいやいや。うちのDP、まだ三桁なんだが?」

「でもこれ初期幹部用のリストですよ、20万DPあれば割と買えるので」

20万DP(それ)はもういい。いや、そもそも幹部級にこだわる必要はないだろ」


俺は言葉を選びながら続けた。


「欲しいのは、ゴブリンをまとめられる頭と、見張りだ。別に、戦闘力はなくてもいい」

「戦闘力、ゼロでいいんですか?」

「いい。必要なのは安さと知能だ、立派な幹部級じゃなくていい。主任か係長くらいで」

「主任モンスター……検索してみます」


ぽんこが、UIに条件を入れていく。

【検索条件】

・知能:人間レベル

・戦闘能力:皆無~低

・必要DP:中級以下


「該当モンスター、数体ヒットしました!」


新しいウィンドウが展開される。

上位には、さっき見たようないかにも幹部な連中の名前も並んでいたが、ぽんこが下方向にスクロールしていく。

スクロールが止まった先に、見慣れない名前があった。


【ドライアド】


「こいつは?」

「森林系の精霊種ですね。詳細を開きます」


【ドライアド】

・種別:森林系下級精霊

・能力:家庭菜園

・戦闘能力:ほぼ皆無

・知能:人間程度

・特徴:住んでいる場所に植物を植えて増やす

・必要DP:4000


「……戦闘能力、ほぼ皆無?」


思わず二度見する。


「はい。ドライアドさん自身は、直接殴り合うタイプではありません。せいぜい、蔦でちょっと絡め取るとか、その程度です」

「ゴブリンより弱いのか?」

「ゴブリン三体いたら負けると思います」


「なるほど。戦えない代わりに、知能がある。農業専門ってわけか」

「はい。うまくいけばゴブリンさんの食料問題も解決するかもしれません」


俺は、ドライアドの必要DPをもう一度見る。


「4000DP……」

「現在の収支を考えると、大分リスキーですね」

「一ヶ月分の収入か」


それでも、方向性は見えた。


「よし。決めた」

「はい!」

「とりあえず、ドライアド用に4000DPを目標に貯める。それまでの間は――」

「ぽんこがゴブリンさんを全力で監視します!」

「頼んだ。俺もやるが、裏側に餌を置いて誘導とかしてくれ」

「はい。餌はないので裏側で美味しそうな匂いとか出しておきます!」


悲しくなってきたが、うなぎ屋は煙を食わすとの言葉もある、確かに効果的だろう。


「……なんか、ダンジョン運営ってもっとこう、罠ドーン!勇者ズバーン!みたいな派手なの想像してたんだけどな」


ため息まじりにこぼすと、ぽんこがくすりと笑った。


「急いで戦力を増やすよりも、まず土台を整える。そういうダンジョンは、生き残ります」


ゴブリン部屋では、またゴブリンが岩陰へ消えていく。増える未来しか見えない。


「……ほんと、急がなきゃな」

「ドライアドさん、お迎えの準備しておきます!」

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