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第1話 世界の下請管理職

暗い場所で、機械の声がした。


『知識領域に不足を検出。補助データを適用します』


頭の中に何かが流れ込んでくる。

痛みはない。

代わりに、聞き慣れない単語が脳に貼りついていく。


リング。

ダンジョンマスター。

支配域。

モンスター。

魔法。


『言語処理パック適用……完了』

『不足領域拡張……完了』


『再構築を開始します…………失敗【エラー:D-404】』

『再構築を終了します』


『例外アクセスを確認』

『アクセス権限を変更……原初補助権限』

『コード……強制実行』

『エラーを無視して続行します』


『再構築が完了しました』

『職位:ダンジョンマスター』


最後の一言が落ちた瞬間、視界が白くはじけた。




目を開けたら、白い天井があった。光沢のない板。

継ぎ目も配線も見当たらない。

「病院じゃないな」

ICUで目覚めてゲームクリア、みたいなルートではなかったらしい。


さっきまでのは、夢か現実か。

どうにも記憶が曖昧だ。


上半身を起こすと、白の無機質な素材で統一された部屋が目に入る。

生活感がない、というよりも何もない。

ゲームで言うなら初期部屋だ。


そのタイミングで、視界に文字が浮いた。


【職位:ダンジョンマスター】

【素体:再構築体】

【管理権限Lv:1】


「マスターなのに権限レベルが1ってどういうことだよ。管理できるのかできないのかはっきりしろ」

だいたい肩書きだけは大層だが、仕事内容が一ミリも分からない。


……いや、嘘だ。

実はわかっている。

ダンジョンマスターだ。

ダンジョンを作って勇者とか冒険者とかを倒す仕事だ。

ダンジョンマスターなんて、それ以外どんな意味がある。


途方にくれていると、更に別のウィンドウが現れる。


【ステータス

【ステータス】

・HP:100/100

・MP:0/0

・DP:200,010


「勘弁してくれ、もうお腹いっぱいだ」


そういえば――名前は表示されていないが、今も変わらないのだろうか。


山田悠斗(やまだゆうと)


小さな企業で社内システムと雑務の面倒を見ていた、ごく普通の会社員だ。

死んだ記憶はない。しかし昨日何をしていたかと言われたら何も思い浮かばない。


再構築体、その言葉の意味は考えたくない。


全てから目をそらして天井を見上げる。

たっぷり五分間はそうしていたが夢は覚めそうにない。


現実を見るしか無さそうだ。


「はぁ。MPはゼロか、まぁ魔法なんて使えないしな」


一つ一つ、ステータスの項目を見ていく。

DP(ダンジョンポイント)が200,010。多いのか少ないのか。なんとも中途半端だな」


ダンジョンポイントというくらいだ、このポイントを使ってダンジョンを作ったり、成長させたりするのだろう。


基準が分からないので、喜びづらい数字だ。

とりあえず、いきなり全額使うものではないことだけは分かる。


「初任給20万。豪遊してると食費が足りなくなるやつだな」


初任給で両親にご馳走するような、丁寧な人生は送っていない。


ステータスを眺め終わり、次に部屋を見回す。


部屋の中央には黒い球体が浮いていた。

磨かれた石のような質感だが、その表面には回路図のような模様が浮かび上がっている。

その回路図の上を淡い光が静かに周回していた。


触ってみたが、何も起こらない。

重要そうだということ以外は何もわからなかった。


その瞬間、やたらと派手なウィンドウが表示され、目の前に割り込んだ。


【システムオファー】


★あなただけの特別オファー!★新規DM限定・一度だけの特別入荷!

期間限定!今だけDP98%OFF!

・高性能支援AIユニット

・ダンジョン運営最適化モデル

・設計支援/経営補助/戦術解析/全領域対応

・必要DP:200,000

・高性能支援AIユニット

【残り時間:00時間04分48秒】


「胡散臭い」


恐怖も逡巡も吹っ飛んで思わず突っ込んでしまった。


胡散臭さのフルコンボだ。

令和最新版はないか?

まぁここに令和はないだろうからな。


ほぼ初期予算ぴったり。

完全に「押せ」と書いてある。


「残り時間五分って」


まだ何もわからない。

こんな状態で全財産使うわけにはいかないだろう。

とにかく、出来ることの確認だ。


四方は壁。

扉もハッチもない。


「さて。ここからどうやって出ればいいんだ」


そう考えた瞬間、脳の奥に情報が勝手に浮かぶ。


この部屋の外側は、未分化のエーテル岩盤だ。

通路も空間も、まだ存在していない。

ダンジョンマスターは、この空間を自分の思い通りにデザインし、ダンジョンを作り上げる。


頭の中にヘルプ機能が内蔵されたらしい、勝手にそんなことをするのは止めてほしい。


「自分で穴を開けろってことか。手作り感がすごいな」


DIYダンジョン。

スタート地点から企画倒れ感が漂っている。 


意識を外側へ向けると、ウィンドウが開いた。


【支配域化】

・選択領域:2m×2m×4m

・状態:未分化(岩盤)

・必要DP:4


DPは200,010。

費用は余裕で払える。


だが、頭に差し込まれたのは機械的な説明だけ、実際に実行したら何が起こるかはわからない。

穴を開けたらゲームスタート、モンスターがなだれ込んできてもおかしくないのだ。


タイマーは刻一刻と減っていく。

残り時間は二分を切った。


だが、手が動かない。

はじめてしまったら、戻れない。

そんな気がする。


とはいえ、どうせ戻る道はないのだが。


「いやいや。このタイミングで二十万を投げるのはどうなんだ」


またしばらくウィンドウを見つめる。


通路だけでなく、罠やモンスターらしき項目もある。

ざっと確認した感じ、200,000DPあればダンジョンが形にはなりそうだ。


「右腕がいるのは分かる。分かるけど、200,000DPか。重いな」


いやいや、どう考えても詐欺だ、こんな都合のいい課金要素があるわけがない。

しかし、支援AIを買わなかった場合の未来を想像してみる。


情報がない。

相談相手もいない。

それにそもそも話相手もいないのでは、精神に異常をきたしてもおかしくない。


情報と相談相手の価値を、DP200,000と比べる。

高いのは分かる。

けれど、この世界で一人きりでダンジョンを回すリスクを考えると、むしろ安い可能性すらある。


何度か堂々巡りの思考を経て、残り一分。


「しょうがない。どうせ一番後悔するパターンは、買わずに詰んだ時だな」


ため息とともに、購入を決めた。


【200,000DPが消費されました】

【残DP:10】


「よし。見事に極貧状態になったな」


所持金10から始まるダンジョン運営。

字面だけで破産フラグが立っている。


その瞬間、足元からブロック状のノイズがせり上がり、ジジジジ……という音とともに形を取っていく。


最後のノイズが細くしぼみ、そこには最初からそこにいたかのように少女が立っていた。

白銀の髪。

厚手の全身タイツのような白いスーツ。


髪は頭の左右、高めの位置で小さく丸いお団子にまとめられており、均整の取れた機械部品のように左右対称に配置されていた。


肌は陶器にも人肌にも見える滑らかさで、瞳の奥では回路めいた紋様と光のリングが静かに巡っている。


「起動完了。多分正常です。旧式AI支援ユニット、ぽんこです。新規ダンジョンマスター、お初にお目にかかります」


「旧式」


思ったことがそのまま口から出た。


「正式名称、試作型案内支援ユニット。PrOto(ぷろと)Navigation(なびげーしょん)COmpanion(こんぱにおん)PO.N.CO(ぴーおーえぬしーおー)、ぽんこです!」

「今の説明の中に、高性能要素が見当たらないんだが」

「高性能かどうかは、マスターの評価により変動します。システムログによれば、在庫の関係で旧式互換モデルが充てられた可能性が高いです。すみません」

「なるほどポンコツか」


「ぽんこはポンコツではありません。旧式互換モデルです」

「クレーム窓口はどこですか?」

「返品はできません。DPも戻りません。申し訳ありません」


ぽんこは一瞬だけ俯いてから、ぱっと顔を上げた。


「ですが、ぽんこ、全力でがんばります。気持ちのスペックだけなら最新型です」

「気持ちのスペックって何だよ」

「根性です」

「それ、数値化されてるのか」

「されていません。感覚値です」


「信頼性が低い」


それでも誰かが喋ってくれるだけで、さっきまでより少しだけマシに感じる自分がいた。

独り言オンリーよりは、だいぶ健全だ。


「さて、細かいことを話す前に、とっととやろうとしていたことを進めましょう。考える前に動くことが重要です!」


「本当にAIなのかお前」


現れたのは、スペック詐欺の少女だった。

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