星条旗を背負った「KUDZU」
アラバマ州の夏は、吉野の厳冬とは正反対の暴力的な熱気に満ちていた。
レンタカーの窓から見える景色に、葛城蓮は言葉を失った。
地平線の果てまで続く、緑、緑、緑。
それは単なる森ではない。電柱を飲み込み、放棄された民家を包み隠し、巨大な木々を絞め殺すようにして這い上がる「クズ」の海だ。かつて日本から観賞用、あるいは家畜の飼料として持ち込まれた一株の植物が、百年以上の時を経て、アメリカ南部を物理的に塗りつぶしていた。
「……信じられん。これが全部、葛だというのか」
「ええ。私たちの国では、これを『南部を飲み込んだ怪物』と呼んできたわ」
背後から涼やかな声が響いた。
振り返ると、銀縁の眼鏡をかけ、機能的なタクティカルパンツに白衣を羽織った女性が立っていた。サラ・ミラー。元NASAの植物生理学者であり、現在は政府直轄のクズ資源化プロジェクト「グリーン・フロンティア」の最高責任者だ。
彼女に導かれ、蓮は広大なプラントの展望デッキへと向かった。
そこから見下ろした光景は、蓮の想像を絶していた。
東京ドーム数百個分に及ぶ広大なクズの原野を、GPS制御された巨大な自動収穫機が隊列を組んで進んでいる。それはまるで戦場の戦車のようだ。巨大なカッターが地表の蔓をなぎ倒し、同時に強力なパワーショベルが地下数メートルまで根を掘り起こしていく。
「吉野では、掘り子が一本ずつ鍬で掘り出すんです。そんな乱暴に扱えば、根が傷つき、澱粉の質が……」
蓮の言葉を、サラはタブレットに表示されたデータで遮った。
「その『傷』さえも、私たちの計算の内よ、レン。収穫機には地中レーダーとAI分光センサーが搭載されている。澱粉含有量が最大になる個体だけを選別し、傷ついた断面は瞬時にレーザーで封鎖して酸化を防ぐ。職人の勘? そんな不確実なものは、ここには存在しないわ」
プラントの内部に入ると、そこはもはや食品工場というよりは、半導体工場のクリーンルームだった。
吉野では木桶に入れ、数週間かけて冷水で晒す工程が、ここでは巨大なステンレス製の遠心分離機と、数キロメートルに及ぶナノ濾過パイプラインに置き換わっていた。
「逆浸透膜(RO膜)と分子サイズでの選別。これで不純物を100%カットする。吉野の川の水よりも、ここの純水の方が遥かに純粋よ。pH、温度、圧力。すべてが管理されている。私たちが作っているのは、単なる粉じゃない。不純物ゼロの、純粋な『澱粉の結晶』よ」
轟音を立てて回る遠心分離機。モニターに並ぶ膨大なグラフ。蓮は、自分の立っている場所が、数百年の伝統が積み上げた「経験」という城壁のすぐ外側にある、圧倒的な「未来」であることを理解せざるを得なかった。
吉野の職人が冬の寒さに震え、水の透明度を祈るように見守る時間を、この施設は電力と計算速度で、わずか数時間に凝縮し、数千倍の規模で出力している。
「どうして、ここまで……」
蓮が絞り出すように問うと、サラは巨大な窓の外、今もなお収穫機に切り開かれている緑の海を指差した。
「世界中で食糧危機が叫ばれ、グルテンフリーの需要が爆発している。それなのに、私たちの足元には、駆除しても駆除しても湧き出てくる、生命力の塊がある。利用しない手はないわ。私たちはもう、この怪物に怯えるのをやめたの」
サラは不敵な笑みを浮かべ、透明な試験管に入った、雪よりも白い粉を蓮に差し出した。
「かつて日本から来た侵略者を、私たちは飼い慣らしたのよ。これは復讐じゃない。新しい時代の共生よ。私たちの『パーフェクト・クズパウダー』が、世界を、そしてあなたの国を変えることになるわ」
蓮はその粉を受け取った。
プラントを循環する冷房の風が、彼の乾いた頬を撫でる。
科学が突きつける「完璧」を前に、蓮の胸にある吉野の厳しい冬の景色が、まるで古いセピア色の写真のように色褪せて見えた。
データが伝統を上書きしていく。そのスピードに、蓮はめまいを覚えた。
だが、その時。プラントの冷たい金属の匂いの中に、蓮は微かな違和感を覚えた。それは、吉野の泥臭い作業場には必ずあった、あの「命の匂い」が欠落しているという感覚だった。
しかし、その違和感を口にする前に、プラントの奥から完成したばかりのクズ粉が、巨大なコンテナに滝のように注ぎ込まれる音が、蓮の思考をかき消した。




