死にゲーマーの慣れ
ログインすると、まだ2人は来ていないようだった。
予定通りに軽防具のスキルレベルを上げて2にする。
これで防具は本来の性能を発揮してくれるようだ。
インベントリの初級回復薬を確認していると、そう言えば火属性の状態異常というのはボス戦ではないのかと疑問に思った。
体が燃えたり、スリップダメージの話はなかったから、問題はないと思うけど。
22時少し前に2人はやって来た。
ログアウトした場所から移動していたようで、ボス戦の準備をしていたのか?
俺を罠に嵌める準備なのか?
問題ない、いつでも養分にする気持ちだ。
「おう、早いな」
「悪い、ギリギリだった」
「大丈夫です。あの、このゲームってどうやってパーティーを組むんですか?」
「ああ、俺が招待する」
「お願いします」
バサシからパーティーの招待が来て、承認する。
パーティーに入ると、視界の左下に2人の名前とレベル、HPが表示された。
『バサシ:lv.18』『レアチキン:lv.18』俺は基礎レベルが14。
基礎レベルはHPとMPの量の指標になるし、ゲーム歴を知ることができる。
2人は俺よりも長い間ゲームをしているのに、三ツ町前のボスを倒せないらしい。
そんなわけ無い。
俺の中では黒なんだけど、ゲームが苦手で身体を動かすのが苦手なのかもしれない。
もちろん俺は黒だと思いながら、動くけど。
「それじゃ、行くか」
「はい」
町を出て、前を歩く2人に付いていく。
後ろから見る限りはVRゲームに不慣れという感じも無い。
俺は最初の頃、武器を持つことに慣れが必要だった。
現実ではありえない刃物だから、持つこと、振ること動作全てがぎこちなかった。
「ボスの所までは1時間かからないくらいで着く」
「分かりました。聞きたかったんですけど、2人はよく一緒にゲームをするんですか?」
「ん? ああ、マルチプレイできるゲームは一緒にするかな」
「仲良いですね」
「ん? ああ、まあな」
「どのくらいボスに挑戦したんですか?」
「5回はしてる、段々良くなってるからな。頭数増やして挑戦しようと思ってたんだ」
「だから、カズさんが頼みを受けてくれて、本当に助かった」
「そうですか。でも俺はMMO初めてなので、そこまで上手くはないですよ」
「ターゲットが複数いるってことが大事なんです。腕はこれから上げていけばいいですよ」
「そうですね。ありがとうございます」
平原にある道を進んでいると、特にモンスターとは出会わない。
始まりの町から次グ町の時もそうだったけど、道を逸れない限りモンスターと出会わないから、初心者とか戦闘したくない人にはいい仕様だ。
「カズさん、次の町からゲームシステムが解放されるのは知ってる?」
「知りません」
「三ツ町では交易所っていうメニューから開けるアイテム取引が出来るようになるんだ」
「四ツ町は剣闘場っていう賭けのできるPVPエリア、次がギルドシステム、最後に建物購入権」
「建物を買えるんですか?」
「ああ、重要な建物はダメだけど、他の一般NPCの家なら買って自分の物にできるらしい」
「すごい高いらしいけどね」
画面を見ながらゲームしていた時代ではない。
その身を使ってゲームをする時代なら、その価値はとても高いと思う。
ゲームの世界に浸っていられるのは、いいものだな。
死にゲーでは空き家に敵がいるから、住めない。
唯一の心休まる場所はNPCたちもいるから、1人で世界に浸れない。
新しいゲームはユーザーのことをしっかり考えているな。
「いいですね」
「王都から先は別の国に行くようだから、そこでも買えるらしい」
「面白そうですね」
「俺たちは一先ず三ツ町だけどな」
「はい」
ゲーム側から1時間の移動を強要され、もう少しでボスという所に来た。
準備が出来ているか確認していると、2人が近づいてくる。
「確認できたか?」
「はい」
「ボス前に近くのモンスターで少し一緒に戦いたいんだけど、いいか?」
「はい」
もしもの時を考えて、弾き、受け流しをせず、鈍重な動きで行こう。
ボスの場所から少し逸れて、モンスターを探していく。
すると、すぐにイノシシを見つけた。
体に黒い木が巻き付いたイノシシだ。
「俺がタゲを取る。レアチが初撃、カズさんがその次、倒せなかったら俺が攻撃する」
「おっけ」
「分かりました」
「じゃ、2人は少し離れてくれ」
バサシから離れて、レアチキンと一緒に待機する。
表情を見る限りは2人とも真剣そうだから、罠はないと思いたい。
片手剣を抜いて、盾に叩きつけながらバサシは声を上げた。
「おらっ! こっちだ!」
バサシが動くと、レアチキンは走り出した。
遅れないようにと俺も走る。
後ろを走っていると、レアチキンはイノシシにすれ違いながら切りつけた。
赤いダメージエフェクトが見える。
武器の扱いには慣れているようだ。
俺は出来るだけ鈍重そうに大太刀を走りながら、振り下ろした。
胴を切り裂くようなダメージエフェクトの後、イノシシは電子の世界に崩れていく。
戦闘終了して、レベルに変化なし、ドロップアイテムも売り物しかなかった。
「どうでした、あれ?」
俺が声を掛けた時には2人がいなかった。
視界の左下にも2人の名前がなくなっているから、パーティーから抜けている。
訳が分からずキョロキョロしていると、2人が戻ってきた。
現れ方から見るに、ログインしたようだ。
「ゴメン、カズさん」
「どうしたんですか?」
「ネットの調子が悪かったみたいで、ログアウトしてた」
「レアチキンさんは?」
「俺もそうだ。リアルが近いから似たような状況だったのかもな」
「悪いんだけど、俺たちをパーティーに招待してくれる?」
「はい。やり方教えてもらえますか?」
「ああ」
バサシからやり方を教えてもらい、俺は2人をパーティーに招待した。
その時に解散の仕方も教えてもらったけど、招待された側も抜けることが出来るらしい。
オンラインでマルチプレイをしたことなかったから、初めてシステムを知った。
今、このパーティーは俺がリーダーのようで、名前の隣にたなびく旗が表示されている。
「よし、準備できたら、行くぞ」
「はい」
「おっけ」
道に戻って、ボスが出るとおぼしき開けた場所へ向かったのは23時前のことだ。
四つ足で駆けてくる音が聞こえてきた。
馬のような足音ではなく、ドスドスと重い音だ。
来るのが猿と分かっているだけに、驚きはない。
左手で鞘を握って、いつでも動けるようにしていると2人が猿を囲むように動き出した。
そのまま何かを置き、何かを投げる。合計4つの何かから煙が上がり始めた。
どういうことかと顔を向けると、2人はその場から消える。
『『バサシ』『レアチキン』がパーティーから抜けました』
俺の想像通りらしい。
悪意に敏感なのは死にゲーをしていて、良かった部分だと胸を張って言えそうだ。
「信じかけて馬鹿を見るのは、いつも俺だなぁ。気にするな養分にするぞ!」
決意を新たに動き出そうとしたのだけど、煙は害あるものか分からない。
仕方なく、煙が充満する場所に足を踏み入れると、息苦しさを感じない。
HPを見ても減ってないから問題ないんだろう。
じゃあ、この煙は何のためだ?
ボスを見ると、俺には目もくれず煙の発生源に向かっていた。
モンスターの興味を引くためのものらしい。
続々と出てくるボス以外の猿たちも煙に寄っていく。
状況は悪くない。すぐに攻撃だ。
俺が一歩踏み出したところで、煙の流れた先からイノシシ、狼が大量に現れた。
モンスターの興味を引く物とは間違っていないけど、どうやらモンスターを引き寄せる物だったらしい。
そういえば、大量の猿ではなく、モンスターに襲われたってあったな。
「気にするな。養分が増えただけッ!」