悪意には敏感な死にゲーマー
雑貨屋では物言わぬ店員がいて、近くに向かうと購入と売却画面が表示された。
ゲームなのに通販みたいだ。
アイテムから『ズタズタの熊皮』と『汚染された世界樹の枝』を選んで売却しようとすると、どちらも売却できない。
「なんでどっちも売却できないんだ?」
物言わぬ店員に投げかけるも、虚空を見つめるばかりだ。
人間らしいAIの対象になっていないらしい。
門の兵士は言葉をかけてきたから、コスト削減だろう。
雑貨屋で売却を諦めて、今持っている1500ゴールドで装備の更新が出来るか見てみよう。
武器と防具が揃っている店に来ると、ここのNPCは話せるようだった。
それでも購入と売却画面が出てくるから、重要NPCなのかもしれない。
俺は武器と防具を見ながら、NPCに話しかける。
「おじさん。ズタズタの熊皮を加工できる人知らない?」
「お、坊主。あの熊を倒したのか?」
「うん。あと汚染された世界樹の枝は売れる?」
「枝に関しては売れないだろうな。熊の皮は次の町で加工できる人がいる」
「ありがとう」
笑顔で感謝を告げた俺は、内心笑っていない。
というのも、まったく装備の更新が出来なかったからだ。
どの装備も2000ゴールドからで、俺が良いと思った武器と防具は2500ゴールド必要だった。
大太刀はそもそも値段が高いし、軽そうで防御力高いのは普通の防具より高い。
仕方ない、次の町で更新しよう。
次の町に向かうため、マップを見ながら移動していく。
マップから顔を上げると、次の町への門の近くに2人組のプレイヤーがいた。
話し合いをしているようだ。
「大太刀の人、ちょっといいか」
「はい、何です?」
さっき売っていた防具を着て、剣と盾を持った2人。
見た感じ俺と同じような新規に見えるけど、死にゲーでは声を掛けてくる人に関わると碌なことが起こらない。
重要NPCであってもだ。
緑色で表示された名前は『バサシ』『レアチキン』だった。
2人組だと分かりやすい名前だ。
「そんなに警戒しなくていいだろ」
「PVPがないんだから、警戒するなよ」
「そうなんですね」
だからどうしたと言うんだ。
あの死にゲーでは油断を誘うのは三流のやり方だったぞ。
油断をさせない中で、罠にかけてくるから悪辣なんだ。
油断を誘って、さらに気を引き締めさせて罠に掛ける気かもしれん。
「次の町に行くんだろ?」
「はい」
「俺たちも何度か挑戦してるんだけど、倒せてなくてさ。人を探してたんだよ」
「俺たちと一緒にボスを倒しに向かわないか?」
「分かりました」
自分を罠に嵌めようとしている人がいるなら、目の届く場所で動かせばいい。
ボロを出すか、別で行動し始めるだろうからな。
死にゲーで警戒しすぎて離れていた結果、遠くから死ぬまで弓で狙撃され続けたのは嫌な思い出だ。
「22時からにしたいんだけど、行ける?」
「はい、いつでも行けます」
「俺たちはリアルで風呂と飯を済ませてくるから、今からだと2時間30分くらいか」
「はい。ここで集合しますか?」
「ああ、22時に集合して、上手くいけば24時までには終わるだろう」
「分かりました。お願いします、今から金稼いできます」
「分かった。よろしくな」
「よろしく」
「はい。よろしくお願いします」
町を離れていると、2人はその場で消えて行った。
恐らくログアウトしたんだろう。
2人がログインするのを待ってから、尾行して何をしようとしているのか探るのもいいけど、他にすることがある。
ここはゲームの世界だ。
現実で悪辣な罠に嵌められたら、どうしようもない状況というのは存在してしまう。
しかし、ゲームであればレベルを上げて物理で殴れば全てを解決できる。
俺は今からレベル上げだ!
ひとりでボスを倒してもいいけど、もしも誤解だった場合のためにやめておく。
多少は夢見ても罰は当たらないはずだ。
あの2人が言うように、PVPできない状況で罠に嵌めるとすれば、モンスターに襲わせるんだろうと思う。
それが大量のモンスターなのか、強いモンスターなのか、どちらにも対応できなくてはならない。
俺は町の外に向かいながら、スキルポイントの割り振りを行う。
基礎レベルが5上がる毎に、スキルポイントが2与えられるようで、それを使って新規スキルを取得する、もしくは既存スキルのレベルを上げる。
どちらか選べるようだ。
スキルは取得するのに1ポイント必要らしい。
大量のスキルからどれにしようか探っていると、防具系のスキルがあることに気付いた。
布防具、軽防具、中防具、重防具とある。
詳細を調べてみると、どうやら防具を着用する時に必須と言えるスキルらしい。
スキルレベル2以上で防具の本来の性能が発揮できるとある。
もしかしてと思い、武器を調べると同じだった。
スキルレベル2から本来の性能を発揮するとある。
俺は装備している革防具がどの防具に当たるか見ていくと、軽防具だった。
1ポイントは軽防具に、もう1ポイントは保留しておこう。
三ツ町に向かう道から外れて移動していると、すぐにモンスターと出会った。
出てきたモンスターは狼だったけど、ボスの熊みたいに黒い木が巻き付いている。
犬系モンスターはとても強い!
死にゲーにおいてはなんとなくで挑むと、初期はすぐに死んでしまう。
最初のとびかかりによる噛みつきを避け、すぐに一撃入れる必要がある。
左手で鞘を掴んで、狼が動くのを待っていると。
「ウオォォォー!」
咆えた。
不味いと思って、攻撃を叩き込むと一撃で倒した。
体力は少ないらしいけど、慣性の乗った一撃だったからだろう。
咆哮をキャンセルできていなかったようで、どこからともなく似たような狼が集まってきた。
大太刀振り回せば勝てそうだけど、上手く立ち回る必要がある。
「大太刀でやってやらぁ!」
酷い戦闘になったのは言うまでもない。
そう。何の変哲もない狼が仲間を呼んだのだ。
後からやって来た狼が呼べないわけはない。
VRゲームにおいてスタミナというものは存在しない。
あまりにリアルだから、勝手に自分の限界を決めつけて心拍数が高くなり、呼吸が苦しくなるからだ。
しかし、たまに運動して3年間死にゲーを続けてきた俺は、苦しくなっても動き続けることができる。
というより、慣れれば苦しくても動くのは普通らしい、SNSで見た。
何体の狼を倒したかは覚えていないけど、腕が重い幻覚を感じている。
実際の肉体を動かしている訳じゃないのに、脳みそが錯覚するんだから面白い。
VRゲームが従来のゲームとは違って、ずば抜けた人気を誇る理由でもある。
近くの狼に大太刀を振り下ろす。
周囲を確認すると、残ったのは真っ白な毛で黒い木が巻き付いている狼。
群れのリーダーみたいだ。
視界に出ている時計表示から、どうやら俺は1時間戦闘していたと分かった。
幻覚も感じるわけだ。
意識が逸れた瞬間、狼がとびかかって来る。
どうにか避けるも、何度も噛みつき攻撃をして離れる時間を与えてくれない。
面倒で体力が満タンな時、一気に終わらせる方法がある。
それは噛みつきを受け入れることだ。
俺は左腕を噛みついてくる狼の口に押し込む。
そのまま動きを封じて、右手の大太刀を体重で押し込んだ。
狼は声を上げることなく、電子の世界に崩れていく。
どうやら狼の攻撃を受けてはいなかったらしい。ノーダメだ。
周囲を見ても、モンスターはいない。
戦闘終了したようだ。
終了と同時に、基礎レベルやスキルレベルの画面が出てきた。
基礎レベルが6から10へ、大太刀のスキルレベルが4から7へ。
軽防具はまったくレベルが上がらなかった。攻撃を受けていないからだと思うけど、思惑通りではない。
ふたつのレベル上昇を確認して画面を閉じると、今度は大量のドロップアイテムを確認せず受け取る。するとさらに新しい画面が出てきた。
『称号:対獣スペシャリストを獲得しました』とある。
大量の獣相手に戦うと得られるんだろう。
なんと、この称号は効果がある。
効果は獣相手した時に怯み状態を与えやすいとなっていた。
俺は学んでいる。
死にゲーでは与えやすいとなると、通常10回必要なものが9.99回になるんだと。
それは、誤差!
称号で優劣付けても仕方ないから、気にすることもない。
さ、アラームをセットしてまだまだレベル上げだ!