第2話
「カリスタ! なんかヴィクターからとんでもない連絡が来たんだけど!」
階段から転げ落ちそうになりながら口をパクパクとするのは、私の兄のヴァージル・ジェフリーズだ。
普段はよく整えられている夕焼け色の髪を振り乱し、大慌てで降りてくる。
このプラタナスの塔は、基本何でも揃っているし、眺めも綺麗でお気に入りなのだが、いかんせん…階段が長すぎる…
魔導エレベーターなんてのもあるらしいが、魔力のない私には使えないため、設置できなかった。
「お兄様! 落ち着いてください、怪我しますよ!」
「あぁ。すまない… あまりにも驚いたもので…」
ヴィクターとは、私のもう1人の兄である。
長男ヴァージルと次男ヴィクター。次に長女である私が入り、その下に三男のヴィンセントだ。
ジェフリーズ伯爵家の3兄弟は基本何でもできるが、全員それぞれ魔法、知学、剣技で国内でもトップレベルの実力を持っているため、『ジェフリーズに任せればなんとかなる』と伝えられることもあるくらいだ。
そして完全に誤解ではあるが、そこに歴代最悪の魔女であるカリスタが入っているのが申し訳ない。
ジェフリーズの3兄弟がとにかく有能になってしまったのも、『魔力のない妹の分を補えるように!』って頑張っていたらめちゃくちゃレベル上がっちゃった⭐︎
─────なんていう、王家への忠誠のかけらもない理由だったりする。
あれ、そう考えると私も超有能じゃない…?
兄弟3人が私の分を補おうとして国内トップレベルにまで上り詰めているのだから、私の存在意義はもう十分な気がしてきたわ。
まあ、こんなことをヴァージルお兄様の前で言ったら、『カリスタには俺の癒しになるという存在意義がまだたっぷりと残っている!』とか言われそうだけど…
ちなみに私たち兄弟はよく似ていて、三兄弟は全員キャラメル色の瞳に夕焼け色の髪。私もキャラメル色の瞳に、ラベンダーのような色をした髪を持っている。
顔のパーツごとに見れば少し形が違うが、位置はほぼ一緒。
兄弟のみんなは魔法が使えるため、魔法が使えないことで家名を汚さないために錬金術であるポーション作りの道に進んだのに… むしろ汚してしまっている気がしてならない。
それでも私を大切にしてくれる家族が本当に大好きだ。
(ヴァージルお兄様が異常なレベルだけで、兄弟みんなそれなりにはシスコンだしね… 私もかなりのブラコンな自覚があるし…)
ジェフリーズ伯爵家はめちゃくちゃ仲のいい家なのである。
「それでお兄様。何があったんですか?」
「カリスタ、絶対に落ち着いて聞いてくれよ?」
まずはお兄様に落ち着いていただけると嬉しいですかね… 焦りのせいでせっかくの美貌が台無しと言いますか…
「王太子殿下が、お前を投獄する口実を探すために事情聴取に来ることが決定したらしい」
「……はい?」
ヴァージルお兄様が青ざめている理由がわかった。
最愛の妹が投獄される危機とか…… ちょっ私本当に何もしてないんですけど!?
「カリスタ… 俺、カリスタがいなくなったら生きていけない。王太子殿下に攻撃魔法放っちゃうかも」
「それだけはやめてください! お兄様が死刑になったら私も生きていけないので…!」
兄弟揃って青ざめる。私は呑気にお兄様とこの塔に住んで、科学実験してポーション作っているだけで幸せだったのに…!
『…ちょっと! 非常事態だってのにイチャイチャしないでください。カップルですか!』
え?
「ヴィクター! どうした? 事情聴取の取り下げとかは…」
ヴァージルお兄様の隣には、体の透けているヴィクターお兄様が…!
え、なに幽霊? ではないっぽいけど…?
「ヴァージルお兄様。これは?」
「ああ。カリスタは知らないよね。これは通信魔法を俺が改良したやつで、声だけじゃなく姿も見られるようにしたやつだよ。」
お兄様…! 普段私に『魔法をどんどんポーションに改良していて本当にすごいね』と言ってくださりますが、もっとすごいことしてません!?
『兄上、カリスタ。無駄話をしている暇はありません。もうすでに王太子殿下がそちらに向かいました。あと数分もすれば、転移魔法で塔の前に着くと思います。』
「はっ!? なんでもっと早く教えてくれなかったんだよ! カリスタの実験道具を片付ける時間が!」
『これが最速なんですよ。私は王太子殿下の側近ではありますが、殿下もジェフリーズ伯爵家の家族愛を知っているので、この件ではあまり信用されていないのです。出発のタイミングでようやく知らされたのですから…』
「そうか、それは悪かった。カリスタ。急いで支度を…」
私は大急ぎで実験道具をまとめて、部屋を出ようとした。
片付ける時間はなくても、少しでもまとめておいた方がポーション作りを疑われずに済むと思ったからだ。
『それはダメです。殿下がそちらに知らせを出していないということは、急にそちらに入ることで素性を暴こうとしているということ。本来なら私が伝えることも禁止です。』
「しかしヴィクター… カリスタの実験道具もあるし、何より今は実験中だったからドレスも着ていない。」
『ダメです。生活感のない家はむしろ隠し部屋などを疑われます。そして私が職を失います。』
それはダメだ。私の秘密のポーション作りのために、ヴィクターお兄様の職を追わせるわけにはいかない。
「ヴィクター。お前の仕事より────」
「大丈夫です! 大丈夫ですヴァージルお兄様! 私のポーション作りよりもヴィクターお兄様様の仕事が優先です!」
「しかし…」
シスコンもここまでいくと大変ね…!
『カリスタ。悪いがこればっかりは仕方がない… 頼む』
「もちろん大丈夫ですわ、ヴィクターお兄様。もともと王都に回復薬を流通させているのです。いずれバレることですから。」
その時、プラタナスの塔にノックの音が響いた。
「もう来たのか…」
『ヴァージル兄様。カリスタのためにも、不敬になることだけは控えてくださいね。』
「わかっている。カリスタ────」
「ご心配ありがとうございます、お兄様方。私は大丈夫ですから、王太子殿下に全てをお話ししましょう?」
「わかったよ。」
◇◇◇
「アイザック殿下。転移魔法の準備が整いました。」
「今行く」
アイザックは憂鬱に思いながらもネクタイをきつく締め直す。
王太子たるもの、常に完璧でなくてはならない。それは国民にも言えること。
自分の力を悪用するような奴は、クロティルド王国の民として私は認めない。
「アイザック。そんなに気を張り詰めなくても良いんじゃないかしら?」
王妃である自分の母に声をかけられる。
私はこの、なにも考えてなさそうな穏やかな声が大嫌いだ。公爵令嬢としてぬくぬくと育ち、王妃になり、公務も側近に任せてお茶会を開く日々。
その茶会の費用はどこから出ていると思っているんだ。
自分はなにもしないくせに甘い蜜だけ吸って、苦労の一つもしたことのない母の言葉なんて何も響かない。
「そういうわけにはいかないのですよ。では行ってきますね。王妃殿下」
「アイザック…」
引き止めようとする母を無視して私は部屋を出る。そもそも、なぜ勝手に部屋に入ってくるんだ。
今更母親面しようとするのはやめてほしい。
「アンダーソン、ステップニー、行くぞ。」
「「はっ!」」
「アンバー嬢、転移魔法を頼む。」
「了解ですわ。アイザック殿下。」
私は近衛騎士と共に転移魔法陣に乗る。本来なら、数人で転移をする時は別の場所に飛んでしまうことを防ぐために魔女を呼ぶものらしいが、私たちがそれぞれで行使した方が早い。
それでも魔女であるアンバー嬢を呼んだのは、相手も魔女であることを考慮してである。
やめろ。私にそんな熱のこもった視線を向けるんじゃない…!
王宮のお抱え魔女は、どいつもこいつも王太子という肩書きと、私の恵まれた容姿にしか顔を向けずに擦り寄ってくる。
魔女という力を持っていてもいなくても、王宮のお抱えの中に無能はいる。
無能でも、王宮に規定の枠がある限り雇わなければいけないような無駄は、私が国王となった時には必ず排除する。
ヴァージル・ジェフリーズ。あいつがいたら無能の魔法使い数人分の職を追えると思うのだが、どうも歴代最悪の魔女である妹に夢中のようだ。
どうせ妹の魅了魔法にでもかかっているのだろう。国内一と謳われる魔法使いも、大したことはないな。
そんなことを考えているうちに、目の前がパッと開けた。
今から会うそのヴァージル・ジェフリーズのおかげで、少しは転移にかかる時間が短くなったらしいが、それでもまだ3分ほどはかかる。
無駄な時間を嫌う私には、苦痛で仕方がない。
「アイザック殿下。魔女とその兄は塔の中にいるようですわ。このまま向かいになりますか?」
「ああ。妹の魅了魔法にかけられているっぽいが、それでも兄の方は優秀らしい。気づいて逃げられても面倒だ。」
覚悟しておけよカリスタ・ジェフリーズ。この国の汚物は私が全て排除する────。
第3話までは書き置きがあるのですが、第4話がどうしても筆が進まず……がんばります…




