エピローグ
ミュウサリア王女は漫遊の真っ最中。お供のスケブロウを引き連れ、丘の上から港町を望む。
晴れ渡り、海面の煌めきがここまで届き、潮の香りを嗅ぐ。
移動の話題は、先日、王都で行われたおじさん品評会全国大会について。
「今年も凄かったわ。まさか、あんな結果になるなんて」
「優勝者が、不服そうな顔を見せる大会なんて、初めてですよ」
「元々、全国まで来たおじさんは全て強者。誰が勝ってもおかしくはなかったけど、今年は……」
大会で一躍話題の中心となったのは、初出場で全国までやってきたレリリイ・ジュピタル侯爵令嬢と平民ながらトレーナーとなったリーシャであった。
特にレリリイのおじさん、アレク号のインパクトは絶大で、パフォーマンスで見せたチン圧技のコンボは、過去の優勝者でもなし得なかった神の領域だったのだ。
品評会に参加できるのは、召喚から五年以内。その後、どのような生活を送るかは、おじさんによって違う。
トレーナーである令嬢の下で、生活する者も多いが、優秀なおじさんには国家機関からのスカウトもある。
当然、アレクには軍部や警察関係者からのスカウトが殺到したが、彼はその全てを断った。
そして、優勝したのも彼ではない。
「アレクは残念、と言うべきでしょうか?」
「そんな訳ないでしょ。あの二人が選んだ選択を私は支持するし、きっと幸せな未来がやってくるわ」
羨ましいと思う令嬢だってきっといる。
不服そうな優勝者だって、再戦を求める事もないだろう。
「では、我々は――」
「ええ。二人のように幸せになれる人をもっと増やす為に、まだまだ頑張るわよ」
港町にはどんな冒険が待っているのか、いつもワクワクしているのだ。
――――
上手く謝れただろうか?
ユリマナは、初めて貧民街を訪れ、リーシャの家まで行ったのだ。
かなり戸惑われた。
仕方がない。自分はそういう嫌な女であったのだから。
地方大会の最後のデュエットは、結局、最初に決めた演技を行った。
マーズと一緒に踊ったダンスは、大会前までは完璧だったのに、失敗ばかりのボロボロだった。
ところが、予想外の評価を受けた。
モールスナット伯爵夫人は言った。
「おじさんが失敗ばかりしても、楽しそうでした。気付いていませんか? ユリマナ嬢、貴方は笑っていたのですよ。そして、マーズ号の愛され値が上がっていました。それも急激に。この短い時間に、何があったのでしょうね」
泣いた。
夫人の言葉が嬉しかったのもあったが、自分のやってきた事がおじさんの可能性を潰していたのだと悟ったのだ。
残念ながら、全国には行けなかったが、応援に王都まで向かった。
その時の後悔は、リーシャとケンへの謝罪の機会がなかった事だ。
だから、こうして貧民街まで訊ねたのである。
自己満足かもしれないが、これで前に進めるようになった気がする。
もう新しいおじさんを召喚する事はしない。
今いるおじさんたちを見詰め直し、きっと彼らの中に、自分を全国に連れていてくれる者がいると信じる。
おじさんには無限の可能性があるのだから。
――――
ジュピタル侯爵家の広い敷地内では、新居の建設が進んでいた。
長女であるレリリイとそのおじさんアレクの為の家だ。
「結婚式、本当にしないのかい?」
「まあ、二人で決めましたので」
侯爵からは何度も聞かれ、アレクは同じ返事を繰り返していた。
おじさん品評会全国大会で、アレクは強烈なインパクトを残した。それこそ、優勝者が自分ではないと悔しがった程に。
結果を言えば、全国大会に出た八名の中で、アレクは八位であった。
実はパフォーマンスが終了した時点で、アレクは圧倒的にトップにいた。
しかし、デュエットを棄権したのである。
レリリイの妊娠が発覚したからだ。
デュエットで行う予定であった演技は、トレーナーにも激しい動きがあった。
だから、二人でグランドに出ると、堂々と妊娠を報告し、そして、
「私たち、結婚します!」
と宣言したのである。
これをデュエットの演技と言い張る事もできたけど、やはり、誠実でいたかった。
積極的に結婚を決めたのはレリリイの方で、その決意の瞳にアレクの肝も座った。
ジュピタル侯爵に殴られる事も覚悟したが、物凄く喜んでくれた。
その義父と離れ、もう直ぐ完成する新居の方に向かった。
「アレク!」
駆けてくるレリリイ。
「お、お嬢様、そんなに走ったら」
抱き付いてきた彼女を優しく抱き締め返した。
「もう、アレクは心配し過ぎ」
「いいえ、お嬢様、もう貴女だけの体ではないのですよ」
「はーい。じゃあ、私からも。アレク、名前で呼んでって、何度も言ったわ」
ラブラブな二人を侍女らが遠くから微笑みながら見ていた。
因みに、トレーナー令嬢とおじさんの結婚は、まあまああるらしい。
「レ、レリリイ……」
「うん」
嬉しそうなレリリイだ。
「本当に、これで良かった?」
名前で呼べた勢いで、怖くて聞けなかった事を今、訊ねた。
「アレクは、私の夢を叶えて、全国に連れていってくれた。おじさんトレーナーとして、もう活動できなくても充分。それに、新しい夢ができたもの」
「そう、それなら――」
「これからは、子供と夫のトレーナーね」
「え?」
「ふふ、おじさんを鍛えるより、難しそうね」
「違いない」
笑い声は幸福の証。
その輪は、どうやら侍女らにも広がり、館の中から見ていた侯爵、奥様、弟のローロンもまた笑っている。
ただ、アレクは、愛するレリリイの微笑みだけを見詰め続けた。
最後までお付き合いくださった皆様、本当にありがとうございます。