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ⅩⅥ

肌寒さを感じて目が覚めた。


どうやら昨日、わたしは窓を開けたまま寝てしまったらしい。外はちょうど日が昇ろうとしていたようで、うっすらと日の光が差し込んでいた。


トントン


まだ日が昇る前だというのに、扉を叩く音が聞こえた。ケットが来るにもまだ時間が早すぎる。一体誰だろうか?

わたしが答えるよりも早く扉が開いた。


扉から顔を出したのは、ムウラ王妃だった。


「あら。寝ているかと思っていたのに。シヴィは早起きね」

「おはようございます。こんなに早く…どうかされたのですか?」

「フフッ。今日はシヴィに良い話があるのよ」


そう言ってムウラ王妃は近くにあったソファーに腰を下ろす。わたしは窓を閉めてから、彼女の向かいのソファーに座った。


「あなたが学院を卒業したら、結婚式を挙げると言っていた話を覚えているかしら?」


そういえば彼女はそんなことを言っていた。しかし結婚相手のエルフの王子とは、わたしがあの手紙を出してから連絡が途絶えてしまっている。


「バハルトは結婚するのに、シヴィは結婚出来ないのは不公平だと思っていたわ。だから私はあなたが学院を卒業したら、あなたが女性だってことを国民に伝えるつもりで、その話をしたの」


ムウラ王妃の言葉にわたしは驚いた。


わたしは生れたときから「王子」という立場であった為、女性のわたしが結婚出来ないのは当たり前だと思っていた。それに、タイタス王はわたしを女性だと公表することを頑なに拒んでいたし、そのままもう16年が経っている。


このことはもう覆ることはないと思っていた。


「ちょっと時間はかかってしまったけど、タイタスには脅は…コホン。納得させたわ。だからシヴィ。あなたは何も気にしないでオーディと恋愛していいのよ」

「…もしかしてコーネリアから聞いたのですか?」


今、脅迫と言いかけましたよね?という言葉を呑み込んでから聞いてみた。にっこりと笑うムウラ王妃の様子からみると、やはりコーネリアは彼女に相談していたようだ。


しかし、今さら王女と言われても…

今まで王子として生きてきたわたしは、嬉しいと思う反面、不安の方が大きかった。


「それじゃあ次はオーディのところに行ってくるわね。フフッ、彼の反応が楽しみだわ」

「え!あの…母上!」


ムウラ王妃はすくっと立ち上がると、スキップしながら部屋から出ていった。王族の専属騎士は皆、城に住み込んでいる。彼女はそのままオーディの部屋に向かったのだろう。



「…おはようございます」


朝食も済み、わたしは城の門にいる馬車に向かった。


馬車の前にはいつものようにオーディが待機している。わたしの姿を見て彼は挨拶をしてきたが、いつもより元気がないように思える。


「おはようオーディ」


ムウラ王妃はオーディに一体何と言ったのだろうか?オーディは険しい表情をしていた。


「ムウラ王妃からお聞きしました。学院を卒業したら、…結婚をすると」

「…結婚」


エルフの王子との縁談はもうなくなったはずだ。ムウラ王妃は気にせずオーディと恋愛していいと言っていた。となると、ムウラ王妃はわたしとオーディを結婚させるつもりなのだろう。


オーディと結婚するのが嫌という訳ではないが、わたしはまだ自分の気持ちに気付いたばかりで、そこまで気持ちが追い付いていない。結婚と言われてもまだ戸惑ってしまう。


「それと学院を卒業したら、シヴィル様が女性だということを国民に伝えると。お聞きしました」


どうやらムウラ王妃は、今朝わたしに話したことをそのままオーディに話したようだ。


「しかしなぜ。あんなにシヴィル様を溺愛していたタイタス王がそれを許すなんて…俺は信じられないです」


ムウラ王妃がタイタス王を脅迫したということは、どうやらオーディは知らないようだ。ムウラ王妃が口を滑らせなければ、わたしも彼のように疑っていただろう。


「シヴィル殿下」


ふと、御者が声をかけてきた。


「お話の途中で申し訳ありませんが…そろそろ出発なさらないと学院に遅れてしまいます」


つい馬車の前で話し込んでしまった。学院に遅れるのはまずい。御者に声をかけられ、わたし達はすぐに馬車に乗った。


「…」

「…」


馬車の前であれだけ話していたというのに、馬車の中のオーディは一切わたしに話し掛けてこなかった。


ムウラ王妃に突然言われて戸惑っているとは思う。しかしオーディもわたしのことを好きだというなら、悪い話ではないと思うのだが。馬車の中の空気はなぜか重い。


「…もしかしてオーディは、結婚には反対してる?」


彼もわたしと同じでまだ気持ちの整理がついていないのかもしれない。そう思って聞いてみた。


「そんなの…当たり前です」


当たり前と言われて、ズキッと心が痛んだ。わたしもいくら気持ちの整理がついていないとはいえ、そんな風に否定されると傷付いてしまう。


結局これ以上何も話さないまま、わたし達は学院に到着した。



授業が終わり、ルドラを避けて中庭にやってきたわたしだったが、いつも隣にいるはずのオーディがいない。

まわりを見回してみると、彼はずいぶん離れたところから、わたしを見守っていた。


「シヴィル殿下。やはりここにいらしたんですね。ってオーディったら、なんであんなところにいるの?」

「コーネリア。それが…わたしにも分からなくて」

「…オーディはいつからあんな感じなのですか?」

「今朝、わたしとの結婚の話を聞いた後に…」

「…どういうことなのかしら。そんなこと言われたら、彼は泣いて喜ぶと思いますが」


コーネリアはわたしを励ましてくれているのだろう。

しかし現にオーディはわたしとの結婚を反対していると言っていたし、それから彼は一言も話さなくなった。


コーネリアはわたしが落ち込んでいる様子を見ると、オーディの方をキッと睨み付けた。


「ちょっと文句を言ってきます」

「こ、コーネリア。わたしのことは気にしないで」


と言っているのに、コーネリアは全くわたしの話を聞かずにオーディのところへ行った。すごい形相で近付いてくる彼女にオーディは驚いている。


二人は何かを言い合っているようだが、わたしのところまでは声は届かない。しばらくするとコーネリアはわたしのところへ戻ってきた。


「頭来た!「結婚の何が嫌なの?」って聞いたら「結婚自体が嫌だ」って。本当に有り得ないわ!」


どうやらオーディは、わたしが聞いたことと同じことをコーネリアに言ったようだ。普通にしていたらコーネリアは美人なのに、今の彼女は般若のように恐ろしかった。


「シヴィル殿下。男はオーディだけではありません。今年は殿下の彼氏を見付けましょう」

「え!?」


コーネリアは簡単に言うが、わたしはそんなに簡単に気持ちを切り替えることは出来ない。しかしわたしの気持ちをよそに、コーネリアはやる気満々の様子だった。


「確か殿下のタイプはイクシオのような外見の人でしたよね?」

「まぁ…そうだね」


コーネリアにはわたしの好みのタイプは話していないはずなのだが、おそらくアニエスに聞いたのだろう。


「夏休みになったら街に行ってみませんか?意外に良い人が見付かるかもしれませんよ」


カトレバス国の街並は城郭都市(じょうかくとし)と呼ばれるもので、城を中心に貴族街。商人街。平民街。という作りになっている。城壁から外は人家はなく、見晴らしの良い草原が続いている。


昔、ルドラ親子を助けるために貴族街へ行ったことはあったが、すぐに街を出てしまったし、それ以降わたしは街に行ったことがない。


好きな人を見付けるつもりではなかったが、いい気晴らしになるかもしれないと、わたしはコーネリアの提案に乗った。


「そうだね」

「では決まりですね!」


約束をした直後、まるでタイミングを見計らったかのように予鈴の鐘が鳴った。


満足そうな表情を浮かべているコーネリアと別れ、わたしは教室に向かった。

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