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ガチャッ。「っ……ぅ……!!」
ドアを開けた途端、口が柔らかな物で覆われた。その正体が同性の唇であると認識した瞬間、全力で細い身体を突き飛ばす。
「な、な、何やっているんですかメアリーさん!!!?わ、わ、私、ファーストキスだったのに!!」
「本気でか?そいつは御愁傷様。ふむ、成程……唾液で感染しないとなると矢張り……」
半泣きのこちらの動揺も何処吹く風。服を纏った研究者は、ゆっくりと室内へ向き直る。その視線を追う先には、一瞬前とは別次元の衝撃が待っていた。
「へ、ヘイレンさん!!?」
洗い立てのシーツの上。全裸で倒れる画家に駆け寄ろうとして、不用意に触るな、肩を強く掴まれる。
「尤も、うつって死にたいのなら止めはしないがな」
「え……?」
確かに改めて見ると、生白い皮膚には全面にブツブツと血膿の発疹が。気持ち悪い。つい一時間前までハンバーグを食していた口元も歪み、悪鬼の如き形相だ。
「な、な、何なんですか、これ……?」
手の込んだドッキリ?若しくは友人が一服盛った?いや。毒にしては症状が凄まじ過ぎる。それに彼女は先程警告したではないか。うつる、と。
「ケッ。どうやらヘイレンの奴、私の血液中の殺人ウイルスに感染しちまったらしい。事の最中突然苦しみ出したと思ったら、あっと言う間にこのザマさ」
「ど、どうしてその結論に達するんですか!?何か、心当たりでも……?」
返答代わりに返されたのは、あぁ、くそっ!鋭い舌打ちだ。
「さてはあれの仕業か。成程。無害な振りをしておいて、虎視眈々と機を狙っていやがったって訳か」
「一人で勝手に納得しないで下さい!と、とにかく警察を!!」
不幸な事故とは言え、自宅で知人が死んだのだ。民間人として然るべき処置をしなければ。
だが部屋を飛び出しかけた所で、待て、研究者が止めた。
「どうしてですか!?ヘイレンさんをこのままにはしておけないでしょう!?」
「……ちったあ頭を冷やして考えてみろ。このウイルスの即効性は、最早生物兵器の域だ。そんな危険物のキャリアだってホイホイ名乗ってみろ。待っているのは監禁生活か、軍事目的に因る略奪合戦」
白衣の腕を組み替える。
「ヘイレンの供養だ、こいつは私が研究する。協力してくれ、ランファ」
「隠蔽するって事ですか!?気持ちは分かりますけど、彼の御家族には何て言えば」
「心配無い、こいつは孤児だ。それに私と結婚するってんで、先日パトロン共とも話を付けてきたらしい。放浪癖持ちの奴が失踪しても、恐らく怪しむ人間は現れない」
血も涙も無い!そう反論しかけた刹那、アメジストの眼が微かに赤くなっているのに気付く。
(ああ、私の馬鹿!!)
辛いに決まっているではないか。仮令死を以って別たれようと、二人はれっきとした恋人同士なのだから……!
「……分かりました。直接触れるのは御法度、なんですね?なら取り敢えず、遺体を包むシートとビニール手袋を取ってきます。手荷物の整理は任せましたよ」
「了解。迷惑掛けて済まんな、ランファ」
そうやって声を掛け合い、私達は各々が取るべき行動を開始した。