名無し(1)
目的地に辿り着いた。
暗く静かな夜の中、するすると足を忍ばせる。
緊張や恐怖がないといえば嘘になる。だが、自分という存在はもはや無に等しい。全てを失って、何もない自分がここで今する事がどんな結果になろうと知った事ではない。
何をやっても、私はもはや何者でもない。そう言い聞かせて、私は家の周りを静かに見渡し、何の妨げにもなっていない塀をひょいと乗り越え敷地内に入り込んだ。
自分を突き動かしているものがあるとすれば、冒険のようなスリルだった。
足音が大きくならないように気を付けながら、ぐるりと家の外を確認する。窓、扉。自分の侵入経路を確認する。
――ここか。
夏場、住宅街とは犯罪とは無縁に等しい田舎感覚か、不用心に網戸だけで家と外界を隔てた窓を一か所発見する。指を引っ掻け横にさっと引くと、網戸は何の抵抗もなく外界との隔たりを交わりに変える。
苦も無く侵入を果たした私は、家の中に足を下ろした。電気はついておらず暗くてよくは見えなかったが、どうやら自分がいるのは和室のようだった。
今まで以上に慎重を心掛ける。足に神経を集中させる。遠くでがやがやとした音が聞こえる。テレビの音だろうか。という事は向こうの部屋か。
最たる目的はあるが、出来ればそれ以上の戦果はあげたい。世間で無に近しい自分にとっては、本来の目的もそうだがそれ以上の”おこぼれ”も大事である。
さっさと終わらせたい所だが、大胆を優先して事を仕損じては意味がない。
がたっ。
「っ……!」
奥の部屋から唐突に物音が聞こえた。
いる。やはり向こうにいる。
――さて。
気を引き締めていこう。本番の瞬間は近い。




