彩也子(1)
『♪♪オフロガ、ワキマシタ♪♪』
軽快なメロディと感情のない機械音声が、湯が適切な温度で沸いた事を知らせた。
聞き慣れた生活音。暗く沈んだ意識の底から、私はその音によって目覚めた。そしてつい先程も同じように目覚めたような気がした。どうやら二度寝をしてしまったらしい。
気付けば私は机に突っ伏して寝てしまったようだ。時刻は夜の九時を廻っていた。すっかり夜も更けた時刻。目の前に置いたスマホを確認し、何の連絡も返って来ていない事を確認し少しがっかりしながら、スマホをまた机の上に置いた。
私は家の中に一人だった。夫はいない。出張で地方に行っているので、帰ってくるのは週末になるとの事だった。
娘の美也子も今日は友達の家で外泊する予定だった。夏休みという期間において、社会人の夫、高校生の娘、そして主婦の私は、それぞれがそれぞれの時間を過ごす状況となっていた。
“……ヨ”
「ん?」
何かが聞こえたような気がした。が、特段気にすることなく私はテレビを点けた。
テレビはちょうど始まったばかりの映画を映しだしていた。少し前にヒットしたアメリカのアクション映画だったが、私の趣味ではないのですぐにチャンネルを変えた。しかし、結局めぼしいものが見当たらなかったので、チャンネルは一周してアクション映画へと戻ってきた。しっかり見るみつもりもないので、あくまでBGM代わりにそのまま映像を垂れ流し状態にしたまま、椅子から腰を上げ、冷蔵庫を開けた。中からお茶を取り出し、喉に流し込む。
「ぬる」
冷やしていたはずのお茶があまり冷えていない事に私は少々イラッとした。これなら氷を入れてから飲むべきだった。
『♪♪オフロガ、ワキマシタ♪♪』
早く風呂に浸かれ。湯が冷めるぞと言わんばかりに再度機械音が私にアナウンスを促した。
「はいはい」
あんたに急かされなくても入るわよ、と心の中で反論しながら私はそれでもぼーっと空を眺めながらぼんやりと佇んでいた。
一人寂しい夜。夫も娘もいない夜。夫は別に構わないが、美也子がいないのは寂しい。元気に友達と遊んでいるのはいい事だが、家を明るくする娘の存在はやはり愛しくて、そこにいるだけで安心する。
がたっ。
その時、一階の奥の方から物音がした。私が今いるリビングの扉を一枚挟んだ先にある和室の方からその音は聞こえた。それは空耳や勘違いではなく、はっきりとした音として私の耳に飛び込んで来た。
急に不安や恐怖が込み上げてきた。一人ぼっちの夜に不穏な物音という、不安を煽るには抜群の相乗効果のある要素。加え夏の夜という心霊関連までも連想させる音に、私の身はたじろいだ。
――どうする。
そう自分に問いかけてみたが、この場で動ける人はもちろん自分しかいない。気のせいで済ませれば良かったが、そうもいかない。
私はおそるおそる歩を進めた。




