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龍戦士チューニング  作者: 布瑠部
第六章 英雄失格
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63 さよなら

 モユルは思い出した。


 誰かが関わると、とたんに無謀とも思えるほどの行動力と責任感を発揮する――それが、景郎なのだ。


 本当は、止めたかった。


 景郎は誰かのために強くなる。だけど、こんなのはあんまりだ。こんな悲しい戦いは、させたくない。


 でも、止められない。止められないなら――


「私も、やります!」


 モユルは叫んだ。そう、自分は何があっても景郎についていくと決めたのだから。


 なにより、龍の言葉から推察すれば、その復活はモユルがシロガネを治療するために過剰なタマヒを注いだことも一因となっている。


 ならば自分も、受け止めなければならない。


「ソレハ重畳。ダガ心得違イヲスルデナイ」


 全身に覇気をみなぎらせ、龍が言った。


「我ハ死ヲ望ンデイルワケデハナイ。止メタクバ討テト言ッタマデ」


「分かっています」


「ナラバ、コレヨリ我ハコノ衝動ト本能ニ従オウ。容赦ハセヌ」


「ああ、俺もだ。……さよなら、カガ」


 景郎が短く答えた。


「サラバダ――モユル。カゲロ」 


 別れの言葉とともに、龍を覆っていた鈍化の結界が掻き消えた。天に向かって咆哮する。


「フェーズ・スリー!」


 マクサガーテを撃ちながら、景郎が次の段階へと進む指示を出した。


「はい!」


 モユルは右腕を伸ばして超列波の構えをとった。無詠唱で術式法陣の展開もなく打つことができる超列波だが、モユルの習熟不足もあり、目標に向かって真っ直ぐに結印した手を伸ばさなければならなかった。


 鈍化の結界は対象の周囲の空気に粘性を与える効果を持っているが、列波は純粋な運動力そのものであるため、その影響を受けない。


 つまりマクサガーテと超列波の組み合わせは非常に大きな優位性をもたらす、モユルたちの遠距離戦における基本戦法であった――が。


 確かに命中したはずのマクサガーテは、結界を展開しなかった。


 鈍化の結界が効かないのは承知の上で、それでも解除のための瞬間的な隙は作り出せるのではないかと期待していたが、展開すらしない。


 恐らく龍は先に着弾された折に術式弾を解析し、今はその接触判定を無効化しているのだ。式を必要とせず、呼吸をするように自在にタマヒを操る、これぞ神の力であった。


 驚きはしたものの、マクサガーテの鈍化はあくまで超列波を命中させやすくための補助にすぎない。モユルは構わず術を放つ。


「超列波!」


 しかしそれより一瞬早く、龍は空中で大きく身体をひねっていた。かすり傷を負いながらも、そのままの勢いで円を描きながら降下を開始する。


 焦ったモユルはさらに超列波を打とうとするが、龍は螺旋から不規則な蛇行へと軌道を変化させ、モユルに狙いを定めさせない。


空戦機動(マニューバ)だと!」


 景郎が逃げるよと言って左腕一本でモユルを抱え、背後の神殿に向かって走る。


 モユルは空へ超列波を打ち続けて牽制するが、龍は通常の生物ではありえない軌道を描きながらも凄まじい速度で追ってくる。


「来た!」


 叫ぶモユルを、景郎が放り投げた。


 後ろ向きの着地であるため上手く衝撃を殺せず、モユルは地面を転がった。一回転して前を見ると神殿の入り口とその外に立つ景郎が見えた。


 景郎はモユルだけを内に入れたのだ。その眼前に大顎を開いて強襲する龍が迫る。


 景郎が入り口を塞ぐように、低い半身で棍を構えた。徹崩棍(てっぽうこん)と名付けられた、景郎最大の大技だ。


 まさか正面から――とモユルが思う間もなく、景郎は鋭く踏み出した。


 滑り込むように巨大な牙をかいくぐり、真上――龍の喉へ棍を突き上げる。


 生物を打ったとは思えない激突音と共に、龍の頭が跳ね上がった。勢い余った長い胴体が入り口付近の壁を薙ぎ倒し、力なく宙へ昇っていく。龍にとって予想外の方向からの攻撃だったはずだが、それでも意識を刈り取るまではいたらない。


「追撃!」


 景郎がすかさず指示し、モユルは立ち込める粉塵を突っ切り表に出て、ふらつきながら去っていく龍へ超列波を放った。


 確かに命中した――と思った瞬間、龍は空中で静止し、猛烈な勢いで後方へ宙返りした。薄れかけていた意識が痛みによって覚醒したのだ。


 龍は景郎たちの直上で下を向くと、口を開いた。


 景郎が小さく呻き、ほんの一瞬だけ遅れて足元を中心に鈍化の結界が展開した。直後に破裂音と共に衝撃波が上から叩きつけられる。距離が近いために威力を殺しきれず、圧縮された空気の層が物理的な打撃力となって二人を襲った。


 モユルは全身を一度に鈍器で殴られたような衝撃に、たたらを踏んだ。頭がくらくらする。


「解除!」


 息をつく暇もなく出される指示に反射的に結界を解くと、目の前に景郎の左手があった。


 押し出すように突き飛ばされながら、モユルは景郎の顔が苦痛に歪むのを見た。


 二人で神殿の土間に転がる。


「カゲローさん、何か怪我を――」


 モユルはすぐに跳ね起きて景郎に駆け寄った。見ると、景郎の右腕が、肩口から赤く染まって力なく垂れ下がっていた。


「やられた。水の代わりに自分の血を弾にしたんだ」


「とにかく止血を」


 モユルが治療符を取り出したとき、天井から鈍い激突音が響いて、神殿全体を揺らした。仕掛けた罠の粉塵が静かに舞う。


「衝撃波だ。体当たりでもされなきゃ、しばらくは保つかな」


 景郎が天井を見上げた。入り口付近の壁は壊されたものの、内部の柱や梁は未だ健在で、そこに張られた仕掛けも生き残っていた。


 モユルはジャージの穴があいた辺りに素早く治療符を張ってタマヒを込めた。


「これで血が止まってくれればいいけど……」


「出血はともかく、右腕が動かないから出来れば体に固定したいところだけど……さすがにそこまでの余裕はないか」


「動かないって……大怪我じゃない!」


「さっきの徹崩棍で欲張っちゃってね。一撃で意識を断つつもりだったから、ちょっと無理をしすぎた」


 つまり龍の血弾を受けるまでもなく、既に親指と同じく自壊していたのだろう。


 それよりモユルさん、と景郎が言った。


「フェーズ・フォーはやめた方がいいかも知れない」


「やめる……って?」


 作戦の第三段階(フェーズ・スリー)は龍をこの中に誘い込んで罠にかけること、最終段階フェーズ・フォーはモユルが龍の淵で待機し、龍脈の力を借りた解術で止めをさすことであった。


「あいつの鱗、あの蛇なんかより遥かに硬いんだよ。いくら龍と言っても肉体を持つ生物であるからには爆発に耐えられるはずがないと思ってたんだけど……ちょっと自信なくなってきた」


「それじゃ私もここに?」


「そうじゃなくて……ひとまずカグチは助けられたし、夜まで待てばスサが来るから、モユルさんはどこかに身を――」


「カゲローさんは?」


 モユルは景郎の言葉を遮った。


「俺は囮に」


「じゃあ嫌」


 これも遮る。


「い、嫌って」


「カゲローさん。まず生き残ることを考えるんじゃなかったの?」


「いや、俺だってまだ足は残ってるから、なんとか逃げ回って」


「嘘つき。逃げ切れるなんて思ってないでしょ」


 景郎は黙った。


「私だけ生き残るなんて絶対に嫌。お願い、最後まで一緒に」


 モユルがそう言ったとき、再び天井が激しく震動した。


 ここで押し問答している時間などないことは明白である。景郎の逡巡は一瞬だった。


「分かった、作戦続行しよう。その代わりモユルさんは淵から少し離れて、俺が失敗した時はすぐに逃げだせるように隠れててくれ」


 モユルは頷いて、景郎の頬に両手を添えた。突然のことに困惑した様子の景郎の目を覗き込む。子鹿の目だった。


「ねえ、カゲローさん。覚えてて」


 そっと口づける。


 唇を離すと、景郎は驚愕に目を見開いていた。


「カゲローさんが死んだら、私も生きてはいられないから」


 言葉を失ったらしい景郎の顔が、今にも泣きだしそうに歪んだ。土壇場でよく表情が消えていたいつもの景郎とは、正反対の反応。モユルはくすりと笑った。


「もう。乙女の唇を捧げられたのに、なんて顔をしてんのよ。言いたいこともあるだろうけど、こっちにだっていっぱいできたんだから」


 添えていた両手で景郎の顔を強く叩く。バチン、と頬が鳴った。


「ほら、しっかりしなさい。まずはフェーズ・スリーでしょ。指示をちょうだい。……絶対に、二人で生き残るんだからね!」


 景郎が何事かを言いかけて、その言葉を呑み込んだように口を引き締めた。強く瞼を閉じ、呼吸をひとつ。


 次に目を開いたとき、その顔からは表情が消えていた。


「よし……やるぞ」


 そう言ってマクサガーテを差し出す。


「はい!」


 受け取りながら、モユルはこうなった景郎ならもう大丈夫だと思った。


「まずは牽制だ。勘でいいから、上に向けて超列波を連射して」


「はい!」


 言われた通りに超列波を打つ。細く絞られた超列波が容易く天井を貫通し、粉塵が舞う。


 素早く入り口に移動した景郎が外に顔を覗かせて空を窺い、地面に立てた棍を傾けた。


「この棍の角度を真似て打って。当たればめっけもんだ」


「はい!」


「あ、あんまり疲れない程度でいいから。……よし、当たった。その調子」


 おっと、と言って景郎が中に隠れると同時に神殿が揺れた。龍が衝撃波で反撃してきたのだろう。


「本当に頑丈に、丁寧に建てられてるな。これがカガへのイサの気持ちか」


 感傷的な言葉を吐きながらも、景郎は再び空を見て棍を立てた。モユルは超列波を打つ。


「そろそろ、焦れて突っ込んでくるかな」


 棍の角度を細かく調整しながら景郎が言った。


 超列波を打ち続けているモユルは返事をする余裕がない。


 と、景郎が棍を大きく倒した。


「来る」


 距離は遠いが、モユルの位置からでも入り口越しに見える所まで龍が降りてきていた。そのまま地面すれすれで水平に軌道を変え、まっすぐに突っ込んでくる。


 モユルは内に戻ってくる景郎を援護すべく、印を結んだ手を向けた。


「超列波!」


 放った術式は固く噛み合わされた龍の牙を砕き、くし刺すように直撃した。しかし突進する勢いは微塵も衰えない。牽制するための衝撃波はおろか回避軌道すらとらずに、全ての力を突撃に注いでいるのだ。


 龍は砕けた牙を自らの血で赤く濡らし、咆哮した。


 恐ろしい速度で超低空を疾走する龍には、先程と同じような下に潜り込む手は通用しない。景郎が叫ぶ。


「逃げろ!」


 モユルが居住施設へ続く廊下へ駆け込むのと、龍の突入は同時だった。


 吹き飛ばされた壁材の破片に肩を打たれ、モユルは前につんのめった。激痛に堪えて何とか踏みとどまり、そのまま奥へ駆ける。


 目指すのは裏口だ。背後の鳴り止まない破壊音に景郎の安否が気にかかるが、もはや立ち止まることは許されない。裏口から飛び出す。


 崖に面した表側へ出ると、倒壊した壁から胴体を生やした龍の尾が暴れていた。その横を崖に向かって駆け抜ける。


 縁に設置されていた束ねた縄を蹴飛ばしながら、モユルはその勢いのままに飛び降りた。

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