41 似ている人
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「……それで置いてけぼりにされて、むくれてるんだ?」
カグチが台所でお茶を淹れている。
背中を向けているのでどんな表情をしているのか分からないが、その声にかすかな笑いが含まれている気がして、モユルは「むくれてなんか」と言ってむくれた。
ユラと別れたモユルと景郎は、シロガネが都の目抜き通りを南へ駆けていったというハヤトの証言を元に、夜明け前から出てきている露店商を中心に聞き込みをしていった。
すると、どうやらシロガネはそのまま都の外にまで出てしまったらしいことが分かった。
シロガネが既に都の中にはいないだろうことはモユルにも予想できていたので、さあここからが本番だと意気込んだところで、しかし景郎はモユルにユラ宅で待機することを命じたのである。
「あたしだってシロガネが心配なのに」
かりかりと机を引っ掻くモユルに、カグチが困った顔で熱いお茶が入った湯呑みと餡ころ餅を差し出した。
「姉さんの気持ちは分かるけど、僕もカゲローさんに賛成。理由を聞く?」
「やめてよ、もう。どうせカゲローさんと同じこと言うんでしょ」
景郎が言ったのは、こちらの予想通り蛇を放ったのがマミカならば、その標的はモユルであり、シロガネはそのために誘き出されたのではないかという可能性だった。
これまでがそうだったように、ヤトギ副王の〈影〉や衛兵に守られた都の中は比較的安全だが、外はあまりに危険である。悪くすると、気がつけば無数の蛇どもに取り囲まれてしまっているかも知れないのだ。
そして捜索範囲を拡げるには、景郎一人の方が機動力の点で効率的であり、万が一戦闘になったとしてもモユルという憂いがない分だけ都合がいいのである。
どれだけ遅くとも明日の夜明けまでには帰るよと言って、景郎はモユルに鈍化の式銃――神銃マクサガーテを手渡した。
都の中が安全だとはいえ、それはあくまで比較的にであって、これから先もそうである保証など、どこにもないからである。
そこで景郎は絶対に一人きりにならないように何度も念を押した上で、マクサガーテを使ったモユル専用の戦法も教えた。
しかし景郎の戦い方は今もマクサガーテを中心に組み立てられており、それを手放すことはかなりの痛手のはずである。
モユルがそう指摘すると、景郎は「じゃあこいつを預ける見返りに一パイ貰おうかな」と笑い、それからすぐに「おれの都合でモユルさんを待機させるんだから、それに一パイの権利を使うよ」と言った。
その時は煙に巻かれて何だかよく分からないまま渋々了承したが、後になって考えてみれば、ただ単に景郎の要求が全て通っただけのことであった。
その事実がモユルを不機嫌にさせていた。
もちろん景郎の意見が正しいことはモユルも理解しているし、何か代案があったわけでもない。しかしその正しさとモユルの腹立ちは別問題である。むしろ正しすぎて反論の余地がないからこそ、余計に腹が立つ。
椅子を引いて対面に座ったカグチが、机の上に投げ出されたマクサガーテをモユルの方へ押しやった。
「分かってるんなら、大人しく待ってようよ。今は僕が姉さんを守るからさ。ほら、姉さんの好きな餡ころ餅だよ。今日のは特に餡たっぷりにしたんだ。それとも唐揚げの方がいい?」
「う。迷惑かけてごめんね、ありがとう」
モユルはぐすぐすと鼻をすすった。
「あたしにも分かってるよ、カゲローさんの判断が正しいことくらい。でも気持ちがついてこないんやもん」
何としてもシロガネを見つけ出すのだと意気込んだところで、現実はこれだ。モユルを守るためとはいえ、その気持ちを酌んでくれない景郎に腹が立つ。
そして何より、ここでも足を引っ張っている自分に腹が立つ。
列波をものにして以来、モユルとて訓練を重ねて新たな術式を習得している。これで少しは戦えるようになったと
、もう守られてばかりではないのだと、自分だって役に立てるのだと、そう思っていたのに。
モユルはクロモジを使わずに素手で餡ころ餅を掴んだ。それも両の手に一つずつ。
「あんもう、やっぱり腹立つ! カゲローさんの馬鹿、意地悪!」
左右の餡ころ餅に交互にかぶり付く。
「馬鹿馬鹿馬鹿。変態。おっぱい魔王! ……ううっ、美味しいよう」
「姉さん、姉さん。だんだん支離滅裂になってきてるよ。あと見た目が凄いことになってる」
「ううう。だって」
手やら顔やらをあちこち餡でべたべたにしながら半べそをかいている姿は、我ながら情けないとモユルも思う。しかしそれでも優しく微笑んでくれるのがカグチの偉いところだ。
カゲローさんだったら遠慮なく大笑いするんだろうなあ、と余計なことを考えてしまい、仏頂面でお茶をすする。
そんなモユルを楽しそうに眺めていたカグチが、思い付いたように言った。
「それにしても姉さんがそんな素直に不満をぶちまけるなんて、カゲローさんって凄いよね。ちょっと妬けるくらいだよ」
「ユラ導師にも似たようなことを言われたけど……でも」
「ああ、別に冷やかすつもりはないよ。ただ、不思議だなって」
モユルは考え込んだ。景郎やシロガネとの慌ただしい日々を過ごしているうちに、いつのまにかそうなっていたとしか言えない。
ただ、一つだけ、思い当たることがあるにはあった。
「ねえ……カグチ。カゲローさんって、何となくユラ導師に似てない?」
「母さんに?」
「うん。上手く言えないんだけど、何て言うか……物事に動じないところとか」
モユルは玄関の方を窺った。カグチによるとユラはいま、美味しいものをたくさん作るのだと言って、買い物に出掛けているらしい。
「……その、悪巧みが上手いところとか」
悪意あっての言ではないが、表現が悪いので緊張する。
カグチが屈託なく笑った。
「あははは。似てるね。何か企んでそうなとこなんか特に」
「そ、そうよね。ユラ導師はいつも大きく構えてるし、カゲローさんは何かとすぐに大騒ぎするけど、絶対わざとやってるよね、あれ。実は余裕綽々なんじゃないのっていつも思うもん」
カグチの同意を得て勢いこんで言いはしたものの、モユルはかえって違和感を覚えた。それは自分の感じる似ているところとは違う気がする。モユルは正体の分からないその違和感を埋めようと、さらに言葉を重ねる。
「それに二人とも、いつも先を……ああ、違う。なんか言えば言うほどズレてく気がする」
思えばモユルは、カゲローがイサこと初代マハラ・ナギ王にも似ていると感じた。シケン老も二人が似ていると言ったし、似ていくだろうとも言っていた。
しかしそれは、両者の行動様式や置かれた環境に共通点があるからこその感想で、それをもって似ていると言えば確かにそうなのだが、やはりカゲローとユラの「似ている」とは根本的なところで違う。違うと思う。
しどろもどろにそんな説明を続けているうち、ふと、とても良い例がモユルの中に降りてきた。
「ああそうだ。カグチとユラ導師は全然違うけど、それでもやっぱり親子だし、どこか似てるよね。カゲローさんに感じるのもそんな感覚なの」
カグチの目が興味深そうに見開かれた。
「つまりカゲローさんと母さんも親子みたいだってこと?」




