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龍戦士チューニング  作者: 布瑠部
第五章 復活
39/69

39 暴風将軍

「これはこれは、よくぞ逃げずに参られましたな、龍戦士殿?」


 遅れてやって来たナボウ将軍は、一段高く設えられた席に座る兄弟王とその背後に立つスサへ、膝を折った慇懃(いんぎん)な礼をしたあと、立ち上がって中央に向き直るや、嫌味たっぷりに龍、戦、士と区切って景郎(かげろう)を呼んだ。


 正午を過ぎたばかりの、龍の都の王城。


 その野外教練場の周りが、溢れんばかりの見物人で埋め尽くされている。噂の龍戦士とナボウ将軍が、マテル女王の供の座を賭けて試合をすると聞きつけた野次馬どもである。


 毎日のスサと景郎の訓練時も、兵士を中心にかなりの人が押し掛けるのが常であるが、今回の人だかりはいつもの数倍はあるのではないかと思われた。


 城の勤め人は、本日正午をもってほぼ全員が一斉に休暇となるせいもあるだろうが、それにしてもあまりに多い人の数である。


 装飾に富んだ儀礼用の鎧に身を包んだナボウ将軍は、彼らの視線を集めて悠々と教練場の中央に進みながら、皮肉げな笑みを見せた。


「先に断っておきますが、この試合では一切の手心を加えてしんぜることはできませんぞ? 俺はスサ様ほど寛大ではありませぬでな」


「……手心?」


 先に待っていた景郎の問いに、ナボウは我が意を得たりとばかりに尊大に鼻を鳴らし、今度はこれ見よがしにせせら笑った。


「あれは幾日前だったか、南の神域を荒らす悪神を退治せしめた英雄殿がスサ様と鍛練をしているというから、俺にも学ぶところは多かろうと見てみれば、なんのことはない」


 周囲の見物人に聞かせるように大声を張り上げる。否、ように、ではなく本当に聞かせるつもりなのだ。


「さも伯仲しているかのように見せかけられていたが、スサ様は明らかに手加減しておいでだった。貴殿は、それにお気づきでしたかな」


 芝居じみた大袈裟な身ぶり。余裕に満ちたその顔には、闘う前から勝った気でいることがありありと現れている。


 ――ああもう、ほんっとに嫌味ったらしい!


 見物人に混じって見守るモユルは、鼻にしわを寄せて嫌悪感をあらわにした。


 しかしスサが手加減していたのは事実であり、一目でそれを見抜いた通り、ナボウの自信が決して口先だけではないことも知っていた。


 ナボウの得物は、人の身長よりも長い柄を持つ、長大な先切り金槌――つまり鎚頭の片方が鋭く尖っている長柄の戦鎚である。


 剛牙(ごうが)と名付けられたこれを、ナボウは小枝のごとく振り回し、楯だろうが鎧だろうがお構いなしに貫き、凪ぎ払い、叩き潰す。よしんば受け止めたとしても、鎚頭に仕込まれた術式による真空の刃が受け手を襲う。


 膂力、技量、術力、全てに秀でたその戦いぶりをして、暴風将軍の異名をとる所以(ゆえん)である。


 その暴風将軍を前にして、景郎はいつもの無表情。


 最近はモユルにもだんだんと分かってきたのだが、景郎はいくつかの場面で表情が消える。その中の一つが、物凄い早さで考えを巡らせているときである。


「もちろんスサ殿には――」


「様をつけんか小童が!」


 景郎に何も言わせず、ナボウが激昂した。


「つけあがるなよ青二才が! 貴様ごとき下賤の輩が、(たっと)御方(おんかた)様の御名を口にするのも畏れ多きことと知れ! これだからユラの――」


「ナボウ将軍」


 さすがに見かねたらしいスサが止めた。


「俺は血筋はともかく、役職もなく部下の一人も持たぬ一兵卒に過ぎません。過度な敬意は要らぬとつねづね申しておりましょう。そして龍戦士殿は客将、そちらにこそ相応の敬意を払わねば、不作法者の謗りは免れませんぞ」


「これはスサ様、このような下賤の者にまでお心を砕く寛大さ、敬服のいたりに存じます。しかしそのお心に触れてなお、(おの)が卑小さを自覚せぬ不心得者を糺すためならば、このナボウ、喜んで不作法者の謗りを受けましょうぞ」 


 悪びれもせず言い切る。


 モユルの隣でユラが軽く吹き出して、こっそりと囁いた。


「相変わらず無茶苦茶言ってるねぇ。あれで忠義を尽くしてるつもりだってんだから、お笑い草だね。見てごらんモユル、スサのあの顔」


 言われて見てみれば、スサが何とも名状しがたい表情になっていた。


 ユラが他人事のように含み笑いをもらす。


「あのおっさんは何言ったって聞きやしないんだから、放っておきゃアいいのにねえ」


「でもユラ導師、スサ様が止めたのはナボウ将軍がユラ導師のことまで悪く言おうとしたからじゃ」


「あたしゃ全く気にしてないよっていつも言ってんだがねぇ。下手に絡むとますます面倒臭くなるだけだしさ。まったく、つくづく堅物だよ、あれは」


 そうは言いつつも、ユラが少し嬉しそうにしているようにモユルには見えた。


「ねえ、お話はまだ続くの? 早く始めようよー。あたし、お腹すいたぁ」


 ユラとモユルがそうしている間も延々と演説を続けていたナボウを遮って、マテル女王が指先をもてあそびながら甘えた声を上げた。マテルにとってナボウの思惑など、どうでもいいらしい。


「おお、これは失礼しました女王陛下。ではただちに、そこな武人として恥ずべき情けを受けてそれに気付きもせず、あまつさえ英雄の何のと呼ばれていい気になっている痴れ者の鼻っ柱、このナボウが叩き折ってご覧にいれましょう」


 ナボウが武器を構える。


 しかし景郎はそれに応じない。つまらなそうにナボウを眺めているだけである。


「どうした龍戦士、構えんか」


 訝るナボウに、景郎が善意に満ちた笑顔を向けた。


「ああ、もうよろしいのですか。将軍はお喋りがお好きなようなので、まだまだ続くのかと思っておりました」


「……小僧、貴様」


 ナボウの顔が憤怒に染まり、観客がどよめいた。


 そのどよめきに紛れて、ユラが小さく手を叩いて笑う。


「あっはっは、言ったよ景郎。小気味いいねえ」


「たった一言で、ものすごく怒らせましたね。作戦通りですけど、これでつけ入る隙ができるんでしょうか」


 モユルはナボウの形相に怯えながら、怖々とユラに訊いてみた。


「隙? そりゃ無理だろ。あれは性格は悪いが腕は確かなんだろうしさ」


「え、だって。じゃあナボウ将軍を怒らせなとか言ってたのは何だったんですか」


 手加減しつつ死んでも勝て、というスサの伝言を伝えたとき、苦悩する景郎にユラが言ったのが先の言である。モユルとしては、怒りで冷静さを失うとか、ナボウにはそういった弱点があるものだと思っていたのだが、どうも違うらしい。


「ああ、どうせ言いたい放題罵倒されるのは目に見えてたし、言われっ放しなのも癪じゃないか。いやあ、それにしても見事に一言で刺したねえ」


「それって……ただ単に怒らせただけじゃないですか!」


 今さらのように慌てるモユルの背中を、ユラが軽く叩いた。


「まあ、信じようじゃないか。景郎と……スサをね」


 実はあたしはあんまり心配してないんだ、というユラの声と、試合開始を告げるスサの号令が重なった。


 同時にナボウが突進する。


 重い鎧と武器を身に付けているとは思えないその速さに、新たな疑問を口にしようとしていたモユルは「ひっ」と呻いて身をすくませた。


 景郎は動かない。棍を構えたまま、ナボウを止めるのに最も有効だと思われる鈍化の式銃――マクサガーテに手をかけることもなく、静かに見つめている。


 ナボウが間合いギリギリの位置で力強く踏み込み、剛牙を右後ろに引いた瞬間、正面に術式法陣が出現した。


 剛牙の石突きが前を向く一瞬に、そこに仕込まれた術式法陣を展開したのだ。打撃を加える動作の中に術式法陣の展開過程が織り込まれており、これによって大振りの隙をなくしつつ連続攻撃を仕掛けることを可能にしていた。


 つまり剛牙の一撃を躱されても、先に展開した術式を発動すれば相手の反撃を封じることができ、よしんば打撃を受け止められようとも、今度は鎚に仕込まれた術式で追い打ちを行うのである。


 こうして縦横無尽に振るわれる剛牙の攻撃は、敵を仕留めるまで止むことなく続けられるのだ。


 その苛烈さはまさに嵐。試合後の景郎が「術式付きハンマー・デンプシー・ロール」と、恐らく景郎本人にしか分からない評をしたこの戦法こそ、暴風将軍たるナボウの面目躍如ともいえる攻防一体の技であった。


 これに対し、景郎は横凪ぎに振るわれる剛牙に向かって半歩進み、棍を垂直に立てた。


 しかし景郎の棍は、両端の補強を除いて木製である。たとえ鎚頭を避けて柄の部分で受けたとしても、総金属製である剛牙とナボウの腕力にかかれば、易々とへし折られるのは目に見えていた。


 一撃で終わる――観客のほとんどがそう直感し、ナボウの口元がわずかに歪んで勝利の笑みを形作ろうとした――その瞬間。


 景郎が剛牙を棍で柔らかく受けると同時に、軽く地面を蹴った。


 そのまま遠心力で押し出されないように棍を鎚頭に引っ掛けながら、空中で体重を利用して剛牙の勢いを殺し、ナボウの側面へ着地する。


 それは、いつかスサが景郎との訓練で見せた技の応用であった。


 思いもせぬ身のこなしを目の当たりにして、ナボウの両目が驚愕に見開かれた。


 景郎のこの位置では、先に展開した術式法陣はその用をなさず、しかも棍の(かんぬき)によって、いまや剛牙すら封じられている。


 〈暴風将軍〉の無敵を誇る戦法は、ここに破られたのだ。


 しかしナボウは、それでも一流の武人である。当時の景郎のように浮き足立つこともなく、また、無理に剛牙を引く愚も犯さない。すかさず踏み込んで右手を長柄の中ほどに滑らせ、そこを支点とした石突き側での払いを打つ……が。


 景郎は、さらに速かった。


 棍を捨て、剛牙の払いを身を沈ませて躱す。


 否、沈めたのでない。ナボウに向かって前側の足を垂直に抜いたのだ。重心の支えを失った身体が前方に(・・・)落ち(・・)、その頭上を剛牙が通り過ぎる。


 そしてそれを追いかけるように放たれた景郎の右掌底が、真横からナボウの顎を掠め――。


 モユルは見た。


 膝から崩れ落ちるナボウの巨体と、その向こう側で額を押さえたスサの口が、声には出さずに「あの馬鹿」と動くところを。

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