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龍戦士チューニング  作者: 布瑠部
第四章 来たるもの、去るもの
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35 平穏な日々

 景郎(かげろう)が召喚された夜から、一週間が過ぎた。


 客将として迎えられた景郎は、主にユラ導師の研究室でタマヒや神、術式についての研究をしている。勉強は得意だと言っていた言葉通り、とても物覚えがよく考える力もあるので、優秀な導師になれる素質があるというのがユラ導師の評である。


 もちろんスサとの訓練も続いており、モユルはその後のシロガネの散歩中に、景郎の愚痴とも反省ともつかない言葉を聞くのが日課のようになっていた。


「くそー、いつもあともうちょっとって絶妙な所で突き放されるんだよなあ。どんだけ底が深いんだ、っていうか本気出したらどーなるんだ、あの無敵超人は」


 今日も景郎は悔しそうに、それでいて少し楽しそうに、今日の模擬戦の話をしている。


「でもカゲローさん、ものすごく強くなってるよね」


 モユルは前を行くシロガネの動きに注意を払いながら、景郎を慰めた。


「そのはずなんだけど、スサが相手だと全然実感がないんだよね」


 それはそうなんだろうなと思う。比較対象がスサだというのは、あまりに酷だ。


 モユルは、実は景郎が既に達人と言ってよい域に達しているとスサから聞いていた。しかし慢心されては困るとのことで口止めされている。


「あたしには武人のことはよく分かんないけど、なんか凄い動きをしてるなーって思うよ」


 口止めされてはいるが、これくらいならいいよね、とモユルは正直な感想を述べた。


「うん、それはこの身体のお陰で思い通りに動けてるんだけどね。それでも全然敵わないんだから、本当にむちゃくちゃだよ」


 何日か前に、景郎は「この身体の使い方が分かってきた」と言った。


 動き方を正確に思い描くことができれば、その通りに動けるらしい。肉体そのものよりも頭、意思の力で動いている感覚なのだそうだ。


「あーあ、おれにも術式が使えたら、もうちょいマシになるんだけどなあ……」


「カゲローさんにはマクサガーテがあるじゃない」


「スサにも無理に術式を修めようとするよりも、まずこいつを巧く使いこなすことを考えろって言われてるんだけどさ」


 景郎が左腰のマクサガーテを軽く叩いて、ため息まじりに答えた。


 相変わらず、景郎は術式が使えなかった。


 精神力で制御するというのはタマヒの扱いと同じであるため、すぐに術式も使えるようになると思われたが、こちらの方は未だにさっぱり要領を掴めないらしい。


 一方で、元々高かった身体能力や身体の強さが、さらに日増しに増大してゆくという不思議な現象はいまも続いており、これについてユラ導師は、次のような考えを述べていた。


 「擬似的な神」と表現した通り、景郎はリュウノスの作用によって極めて神に近い体質を持っている。


 そして一般に、広く信仰されたり畏れられている神や魔ほど、力が強い。


 強い力を持っているのだから当然だと思われがちだが、マミカ導師の研究手記によると、実は逆なのではないかと指摘されていた。


 タマヒは人の心と親和性が高く、タマヒの強さは神の強さと直結している。このことから、強いから広く認識されるのではなく、認識されるから強くなるのではないかという説で、いくらかの検証もされていた。


 もちろん両者は補完する関係にあるが、リュウノスによってこれと同じことが景郎の身にも起きていると考えれば、名声に比例するように強化されていくことの説明がつくのである。


 つまり、龍戦士の武勇を信じ期待する人が増えるほど、またその思いを強くするほど、リュウノスの設定が更新されて景郎は強くなっていくことになる。


 その意味で、ヤトギの龍戦士広報策はとても都合が良かった。いまや景郎は、龍の加護に加えてスサに比肩する武勇をも持つ戦士として、都の人々に認知されている。


「ああ、せっかく身体が強いんだから、あとはせめて列波(れっぱ)だけでも使えたらなあ」


 景郎が拳を震わせて、芝居がかった力強さで泣き言を言った。


「そしたら、あのねじれブラコン野郎をヘコませてやれるかも知れないのに!」


 泣き言ではなく悪口だった。


 モユルには「ねじれブラコン」が何を意味するのかは解らなかったが、少なくとも悪口であることだけは理解した。


「もう、またそんなこと言って。どうしてそんなに仲が悪いの?」


 景郎は意外そうな顔をした。


「へ? いや別にスサのことは嫌いじゃないよ。なんだかんだでずいぶん世話になってるしさ」


 実際、スサは文句や不平を言いながらも適切に景郎を指導しており、ユラによれば神域の件でも、自らの命令違反が露呈するのも厭わず、景郎やシロガネの為に陰で尽力してくれていたらしい。


「じゃあもうちょっと仲良くできないの? いつも罵り合ってばっかりじゃない」


 景郎はさっきの「ねじれブラコン」の他にも「ツンデレザムライ」だの「特盛りチート」だのと、およそこちらの世界の人間には誰一人として理解できないであろう(たぶん)悪口を面と向かって言っているし、スサはスサで景郎にだけは妙に当たりがきつく、時には普段の姿からは考えられないような下品な態度を見せたりもしていた。


「んー、悪意があって言ってるわけじゃないんだけどね。スサがおれに対してきつい態度をとるのも分かる気がするし」


「え、分かるの?」


 モユルは驚いて景郎を見返した。


 スサは初対面から景郎に対して敵意を持ち、翌朝の大通りでも「お前が嫌いだ」と言っていたが、それは半ばモユルが招いたに等しい誤解のせいであると思っていた。


 しかしその誤解が解けた後でもスサの態度が軟化することはなく、モユルにはその理由がどうしても分からなかったのだ。


「分かるの、って、やっぱりモユルさんは分かってなかったんだ?」


 景郎が面白そうに笑い、モユルは何となくからかわれているような雰囲気を感じて憤慨した。


「分かるわけないじゃない! なによ、男同士にしか分からないとでも言うの?」


 そう言えば二人はあんなに仲が悪いのに、時々、なにか通じあっているような様子さえ見せるのだ。


「そうじゃなくてさ。モユルさん、スサを美化しすぎだよ。シケンさんも言ってただろ、ナギ王は人より強い力を持ってしまっただけの、ただの男だったって。スサも同じだよ」


 それはどういう――と言いかけたとき、前方の屋台から威勢のいい声がかけられた。


「おうシロガネ様、散歩かい? 今日はいい肉が入ったんだ、一つどうだい?」


 声の主は、焼き豚の串売りの男だった。


 シロガネがモユルたちを振り返り、二人が頷くのを見届けて駆け出した。


「たべる! にく、すき!」


 男は串から肉を取り外し、皿に盛ってシロガネの前に置いた。


「どうでぇ、旨いだろ? あんたに食ってもらうために、一番いいとこを取っといたんだぜ」


 そう言ってモユルと景郎にも串を手渡す。


「ほれ、これはお二人さんの分だ、食っておくんない。……おっと、お(あし)はいらねぇよ。こりゃお供えだぁな」


「え、でも売り物なのに」


「なぁに、あんたがたぁ命の恩人だ。これくれぇさせてくれや」


 男は日に灼けた肌に真っ白な歯を見せて笑った。


 シロガネの散歩を始めて二日目の日、モユルたちの目の前で引ったくりがあった。被害者はこの男で、思いがけず商品が完売して早くから店じまいをしたところに引ったくりに逢ったらしい。


 幸い男に怪我はなかったのだが、その暴漢の逃げる先に妊婦がいた。その妊婦は臨月を迎えた串売りの男の娘だった。


 そしてその暴漢にあわや突飛ばされようとしたとき、シロガネが「ダメ!」と吠えた。たったそれだけで、暴漢が吹き飛んだ。正確には暴漢だけが吹き飛んだ。


 すかさず景郎が暴漢を取り押さえたが、妊婦は精神的な衝撃のせいか破水していた。


 そこで景郎が妊婦を抱えて走り、モユルも出来る限りの手伝いをして、何とか母子ともに無事に出産できたという出来事があったのである。


「クロガネちゃんは、その後どうですか」


 さっそく串を頬張りながらモユルが訊ねた。産まれた男の子には、シロガネにちなんでクロガネと名付けられていた。


「ああ、娘も孫も元気だ。まったく、あんたがたにはいくら礼を言っても足りねえよ」


 男が鼻をすすったとき、早くも肉を平らげたシロガネが満足そうにお礼を言った。


「おいしかった! ありがとね、ありがとね!」


「そうかい、旨かったか。これでウチもシロガネ様のお墨付きだぁ」


 初めは龍神様とか化身様と呼んでいた男は、そのたびに「シロガネは犬だよ!」と返されるので、いつしかシロガネ様と呼ぶようになっていた。


 嬉しそうに尻尾を振る様はどこから見ても犬だが、たぶん男にとって、シロガネが龍神でも犬でも、どっちでもいいのだろうなとモユルは思った。


 マテル女王の奇行によって、龍の都の民には王族や神に対する畏れよりも親しみが強いという土台はあるが、ユラ導師の神と魔の違いについての見解が、ここでも全てを物語っている。


 つまり、人にとって都合が良いか悪いかで呼び方が変わるだけだ、というのと同じで、シロガネの正体がなんであれ、自分たちを護ってくれるありがたい存在には変わりないと思われているようだった。


 そういうわけで、龍の化身だという触れ込みで強い力を持ち、言葉まで喋るが本人は犬だと言い張る奇妙な存在を、人々は「シロガネ様」として受け入れており、おかげでシロガネは町でも自由に話をすることができるようになっていた。


 少し間違えれば魔物扱いされていたかも知れない、いやむしろその可能性の方が高かったことを考えると、ヤトギ副王の方便は絶大な効果を示している。


 モユルは、やはりあの方は私たちの見えない何手先もの未来を見ているのだ、と感じた。


 それをとても頼もしく思う一方で、同時に恐ろしくもあった。


 恐らく、いま自分たちがここでこうしていることもヤトギの「目と耳」は監視している。この串売りの男がそうである可能性すらあるのだ。


 もしかすると龍脈召還計画――三次元術式法陣リュウノスの儀式が景郎を核として成立していることも既に把握した上で、今はあえて見逃されているだけなのかも知れない。


 カゲローさんを守らなくちゃ、と思う。


 モユルはこれまでの人生で、誰かの生命や自由に責任を負ったことがない。


 もちろん龍の巫女の責務は都に住まう全ての人々の生活を守るためのものだが、それはあくまで都全体に対してのものであり、特定の誰かのためではない。


 だが景郎に対しては違う。景郎はモユルの魔法のせいでこちらの世界に召喚されてしまった被害者なのだ。


 だから自分には景郎について責任がある、とモユルは考えていた。


 ユラ導師は、いざとなれば景郎ひとりよりも何十万という都の民を選ぶと言っていたが、たぶん自分にはそれと同じ決断はできないだろうという予感があった。


 自分の立場を考えれば、それが身勝手な考えであることは承知している。しかしモユルには、都のために景郎ひとりを犠牲にすることが、どうしても納得できないのだ。


「あれ、いつの間にか暗くなってきてるな。そう言えばモユルさん、ユラさんの研究室に呼ばれてなかった?」


 串売りの男と談笑していた景郎が、思い出したように辺りを見回した。


 モユルは西の空を見上げた。もう日暮れだ。


「ああ、そうだね。そろそろ行かなくちゃ。それじゃおじさん、ごちそうさまでした」


 改めて串売りに礼を言い、その場を後にする。


 しばらくして十字路にさしかかったとき、景郎が城の方を見てモユルに訊ねた。


「どうする、おれも城までついて行こうか?」


「ううん、シロガネがいるから」


 蛇のカムトと化したマミカ導師の行方は、未だ掴めていない。もしマミカにモユルへの執着が残っていたとしても、町中で襲われるとは考えにくいが、警戒だけはしておく必要があった。


「まあ、シロガネなら蛇の気配にも敏感だもんな。じゃあおれはカグチに頼まれてる買い物をして帰るよ」


 景郎は結局そのままユラの家に居候しており、城の一室に住むモユルとは帰る方向が逆であった。


「うん。カゲローさんも気をつけて」


 モユルは、いまは取り越し苦労だと分かっていても、そう言わずにはいられなかった。


「おれは大丈夫だよ。むしろモユルさんに何かあったときが一番危ない。スサとユラさんとカグチに殺される」


 景郎がいかにも恐ろしげに身を震わせて、笑った。


「カゲロ、叱られる?」


 シロガネが心配そうに景郎を見上げる。


 景郎は片膝立ちになってシロガネの首を撫でた。


「ああ、モユルさんがケガしたりいなくなったりしたら、たくさん叱られるし、おれも悲しくて泣いちゃうかも」


「だいじょうぶ! シロガネ、モユルまもる!」


「そうか、それなら安心だな。モユルさんを頼むぞ」


「わかった!」


 元気に返事をしたシロガネを景郎が揉みくちゃに撫でまわし、「シロガネ百面相!」などと言いながら困ったような表情に固定した。


 千切れんばかりに尻尾を振っているのに、途方にくれるお爺さんのような顔にされているシロガネを見て、モユルも笑う。


 そんな二人と一匹の様子を遠くから眺めていた串売りの男が、口元を綻ばせて誰にともなく呟いた。


「いつ見ても仲がいいねえ」

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