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龍戦士チューニング  作者: 布瑠部
第四章 来たるもの、去るもの
33/69

33 疑似神格行動体と神銃マクサガーテ

「カゲローさんが……リュウノス」


 景郎の不思議な体質を初めて知ったとき、確かにモユルも似たような性質を持つモノとして神とリュウノスを連想していた。三次元術式法陣リュウノスは、本来の機能を果たした上で、さらにモユルの魔法によって景郎をも転写していたというのか。


 ともあれ術式が成立していたことは、計画実行者として喜ぶべきかと思いかけたモユルだが、すぐに事はそう単純ではないと気が付いた。


「ちょっと待って下さい」


「また待つのかい」


「だって、これって、報告できないんじゃ」


 本来、龍脈召還計画は、月の波動を転写した宝珠を龍脈に沈めることで完成するはずであった。


 しかしまさか景郎を龍脈に沈めるわけにもいかず、さらにこの事実を知った兄弟王がどういう判断を下すか、容易に想像できた。


「まあ、あれ(・・)は躊躇なく個を捨て全を取れる子だからね。悪くすると景郎を捕らえて幽閉しようとするかも知れないねえ」


 ユラがさほど困った風もなく小首をかしげた。二十八才にもなる男――とオカマ――の、しかも王をつかまえて、()呼ばわりである。


「ただヤトギは、景郎が〈異なる世界を渡る術を持っている〉可能性があると見ているはずだから、そうそう軽はずみには動かないはずだよ」


 捕らえたところで、世界移動によって逃げられては元も子もない。


「でもまあ、あれの目と耳は都中にあるから、今後は都の中ではこういった話題は避けた方がいいね。……ああ、この研究室とあたしの家は大丈夫だよ、隠密行動や術式ではどうにもなンない仕掛けをしてあるからね」


「ほう、例の純粋機械技術ってヤツですか」


 我が身に危険が及ぶかも知れないという自覚があるのかないのか、景郎が悪人そのものの笑顔を見せ、ユラも同じ顔で応じる。


「なに、ちょいとした機巧(からくり)仕掛けさ」


「二人して悪い顔して……」


 やはりこの二人は似ている、とモユルは思った。


「それで、ユラさん。ここまで話してくれるってことは、俺を引き渡すつもりはないと思っていいんですね?」


 悪人顔のままで発せられた景郎の何気ない問いに、ユラの眉がわずかにしかめられた。


「あたしゃあんたに責任があるからね――と言いたいところだが、そうじゃない。マミカ導師の研究資料から、他の手を打てる可能性が見えたから、まずはそっちを試そうってだけさ。いよいよとなったら、あたしはあんた一人よりも何十万という都の住民を選ぶだろうし、元の世界に帰還する方法が見つかっても黙っているかも知れない」


 だからあんまり信用しないでおくれ、と苦笑する。


 景郎は優しげとさえ言える不思議な微笑を返した。


「分かりました。でもやっぱりそこまで言っちゃうんですね」


「あたしは狡いからね。こう言っとけば、あんたも今すぐ逃げ出そうとはしないだろ」


「……そうですね」


 やっぱり似てるなあ、という景郎のかすかな呟きを、モユルは聞き逃さなかった。


「似てるって、ユラ導師が? 誰に?」


「ああ、聞こえちゃったか。いや、ウチの母さんにね」


「そう言えばこないだも、そんなこと言ってたね」


「なんだい、ママのおっぱいが恋しいのかい。なんならあたしのを貸してやろうか」


 ユラが胸元を少しはだけ、景郎が真顔で固まった。


「……いえ、ユラさんのはいいです」


「さらっと失礼なことを言う子だね」


 モユルは、ママとは何だろうと思いつつ、景郎を軽く睨んだ。


「カゲローさん、いまちょっと悩んだでしょ」


「てへ」


「てへって何よ」


「ああ、てへは通じないか。つまり心配しなくても俺はモユルさんのおっぱい一筋だという――」


「だからシロガネの前でそういうこと言わないでってばっ」


「なに子供の前で痴話喧嘩する若夫婦みたいな会話してんだい」


 ユラはそう言うとようやく団子にかぶりつき、引き抜いた串で行儀悪くちゃぶ台の端に追いやられた式銃(しきじゅう)を指した。


「まあとにかく、そういうわけだからさ。景郎にはまだまだここにいて貰わなくちゃなんないから、その式銃はやるよ。相性も良いみたいだしね」


「え、くれるんですかコレ?」


 景郎が目を輝かせて喜んだ。


「それと、あんたのことはチューニングによって擬似的に神のような体質を得ていると報告するから、そのつもりでね」


「擬似的な神ですか。なんかカッコイイですね。疑似神格行動体、とか。わはは、チューニ心が騒ぐなあ。……そうだ、それじゃこの式銃にも名前をつけていいですか?」


「名前? 式銃だろ」


「それは道具の名前じゃないですか。そうじゃなくて、この式銃そのものの名前ですよ。号をつけたいんです」


「号ねえ。まあ、好きにしな」


「よし! ここはやっぱり魔弾だよな。じゃあ、マックス、アンド、ア……いや……マク、サンダ……んー?」


 景郎が腕を組んで思考に没入しだしたので、モユルは気になっていたことを訊いてみた。


「ユラ導師、さっき言ってた他の手って、なんですか?」


「ああ、それか。まだ詳しくは言えないが、今回手に入れたマミカ導師の資料から、いくつか重大な示唆を得たのさ。神や魔の研究は、根底でタマヒの研究に通ずるからね。見た目も性格も地味で控えめな娘だったから、こつこつと地道にやってたんだろうけど、大したもんだったよ」


「地味?」


「ああ。元より優れた導師だったけど、素晴らしい成果を上げてるよ。神と魔を同一視するなど畏れ多い――なんて、評価はされても避けられてたのが惜しまれる。やはり彼女はもっと注目されるべきだった」


 神域で会ったマミカ導師は、ユラの語る人物像とはあまりにかけ離れていたが、やはり付与した蛇の魔物の影響なのだろうか。


 いや違う、とモユルは思った。


 確かにあのマミカは表面的には自信に溢れ、とても激しい性格をしているように見えたが、言動の端々に拭いきれない劣等感を抱えてはいなかったか。


 そんな目で見るな、あたしは美しくなった、強くなったと、かつての自分と同じ顔で叫んだマミカの姿が脳裏から離れない。


 マミカは飢えていたのだ。人に、優しさに、愛に。己を己たらしめる確固たる何かに。そして、そんな自分をどうしても愛せなかったのだろう。


 マミカは、ユラと出会えなかったモユルなのだ。


 だからこそ、あのような形ではなく、もっと早くから知己を得られていれば、同じ痛みを持つ者として彼女を救えたかも知れない――そう思うと、モユルの胸は痛んだ。


 そして、どうしてあれほどまでにマミカに憎まれていたのか、今となっては知る術はない。どうやらスサとの関係について大きな誤解をしていたようだが、具体的なことは何も分からず、誤解も解けないまま、全ては過去へ押し流されてしまった。


 マミカはもういない。死んでしまったのだ。


「そうですか、優秀な導師だったんですね。……あ!」


 物寂しく呟いたとき、モユルはとても重大なことを思い出した。


「あの、神殿でこれを見つけたんですけど……。どうしよう、陛下に報告し忘れていました」


 今更ながら慌てて取り出したそれは、神殿でマミカが私室にしていた場所で見つけた、彼女のものと思われる帳面だった。


 ヤトギと拝謁したときは、緊張感とシロガネの問題で頭がいっぱいで、すっかり失念していたのだ。


 受け取った帳面をめくったユラの目が、とたんに鋭くなった。


「これは……マミカ導師の研究手記だね。いいよ、あたしの方から言っておくから、あんたは報告書にでも書いておきな」


「すみません」


 モユルが礼を言うと同時に、突然景郎が「よし、決めた!」と大きな声を上げた。


「決めましたよユラさん。マックス・アンド・アガーテ、略してマクサガーテ。こいつは神銃(しんじゅう)マクサガーテです!」


 どうやら聞いて欲しくて、切り出す隙を窺っていたらしい。


「マクサガーテ? もって回った名前だねえ。それに神銃ってのはなんだい」


「魔弾は不吉だからやめました。で、疑似神格行動体が所持する銃だから、神銃です。うはは、原典を知ってる人なら気づくかも知れない、という微妙なひねり方がミソですね」


 それに名付けは中二病の基本なのです、と嬉しそうに解説する。


 チューニング能力はない、と言い切っていた割りには、事あるごとに中二病を持ち出す景郎を、モユルは呆れ半分で眺めた。


「なんだかよく分かんないけど、恥ずかしいことを言ってるんだろうなというのは何となく分かるよ」


「ふっふっふ。恥ずかしさの先にこそチューニングはあるのだ。あるいはチューニングの先に恥ずかしさがあるとも言える。これを黒歴史と言う」


「全然分かんないよ」


 景郎がニヤリと笑った。


「まあ、モユルさんにもそのうち体験してもらうから。モユルさんの列波(れっぱ)は特別だから、ちょっと面白いことになるよ。実はもう名前も決めてある。聞きたい?」


 けっこうです――とモユルが言い返す前に、ユラが割り込んだ。


「ちょっと待ちな。モユル、列波を使えるようになったのかい?」


「あー、まあ、なんと言うか、カゲローさんのお蔭で……」


 モユルは歯切れ悪く答えた。使えるようになった経緯は説明したくない。


「そうそう、聞いて下さいよユラさん。モユルさんの列波、凄いんですよ。マミカ導師のとは桁違いの威力で」


 景郎が勢い込んで言った。


「ああ、想像できるよ。どうせまた冗談みたいな威力なんだろ。列波をものにしたのはめでたいが、あんたは加減を覚えなきゃなんないねえ」


 ユラは頭痛に耐えるように額を押さえたが、何故かこれにも本人を差し置いて景郎が反論した。


「いやいや、ユラさん。加減も大事ですけど、威力を上げる方向でも考えましょうよ。ちょっと工夫して上手く使えば物凄い武器になるから他の攻撃術式を覚えるより早いし、元が列波だからそれ単体では殺傷力は低いし、モユルさん向きじゃないですか」


 ユラは景郎が式銃――いや、今は神銃マクサガーテか――を、独創的な使い方をしていることを思い出した。おおかた、工夫というのもそういうことなんだろう。


「ま、モユルさえよければ、あたしは何でもいいけどさ」


「やろうよ、モユルさん」


「えーと……」


 モユルは考える。


 今回の任務は、役に立てたことよりも足を引っ張ったことの方が遥かに多かった。景郎の言う通りにすれば、守られてばかりだった自分でも、いつかは守る側になれるのだろうか。


 本当は、人を傷つけるかも知れない力を持つことには、未だに恐怖感が拭えないでいる。しかしこれを乗り越えなければ、いつまでたっても一人前になれない気がした。


 何より、何も出来ないでただ見ているだけなのは、もう嫌だ。


「そう、ね。やってみようかな」


 控えめに答えたモユルの手を、興奮した景郎が両手で握ってぶんぶんと振った。


「よし、やろう! 目指せ超列波弾(ちょうれっぱだん)!」


「ちょっ……」


 モユルは反射的に振り払いかけたが、今回はその必要がないことに気付き、どうしていいか分からなくなった。スサに触れられた時のように舞い上がったりはしないが、首筋から顔にかけてが熱い。


 ――あたし、たぶん赤くなってる。


 でもこれは自意識過剰な自分を恥じているからで、決して男慣れしていないからだとか、ましてやカゲローさんだからだとかいう訳じゃなくて――。


 弁解じみたことを考えて、モユルはふと可笑しくなった。


 いったい誰に言い訳しているんだろう。


 景郎がどさくさに紛れて恥ずかしい単語を口にしたような気もするが、モユルのためを思って考えてくれたであろうことは、ほぼ間違いない。


 どれだけ心配してもふざけてばかりで、しかもすぐにいやらしいことを言うような男だが、他人の痛みには敏感で、その人の身になって考えられる人間なのだということも、今なら理解できていた。


 ――だから、ちょっと恥ずかしいけど、まあ、いいか。


「あ、モユルさん、ちょっと赤くなってない? さては――」


 モユルは景郎を張り倒した。

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