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城郭都市 シグナム

 書くのに苦労しました。

 長い夜が明け、朝日が森に射し込む。

 闇夜になれた目を刺すような真っ白な光だ。

 ドーラはその光を眩しそうに目を細めながら見つめていた。


 昨晩決行されたゴブリンの殲滅戦は、アステル傭兵団の勝利で終わりを告げた。

 かなり大規模な討伐であったにも関わらず犠牲者はゼロ。

 その戦果は、まさに圧勝と呼ぶに相応しいものであった。

 

(あそこまで鮮やかに勝つのも珍しいな)


 ドーラはそう思いながら、腰に下げている袋に視線を落とした。

 かなりの容量を誇るその袋は、今やはち切れんばかりに膨れており、先の尖った青白い耳が袋の口から顔を覗かせている。


 その不気味な耳はゴブリンたちのだ。

 

 ゴブリンの耳はギルドで換金すると金になる。ドーラは、その金になる耳を今回、見た事もないほど手に入れた。これだけあれば、一ヶ月は遊んで暮らせる額となるだろう。


 また更に、ドーラはこの団独特の追加報酬である一番槍を果たしている。

 戦いが終わった後、血糊で汚れたバッカムがドーラの肩を叩き、「羨ましいぜ兄ちゃん! がははは」と豪快に笑いながら言っていたので、その額にかなり期待が出来そうだった。


 まさに、笑顔を浮かべて誇れる戦果だ。それをあげたドーラは、人知れず満足していた。

 しかし、フィリオたちの部隊と合流して、洞窟内の状況を知ったときに、その気分は一変する。


――――連れ去られた者たちは、ゴブリンの食料とされていました。


 神経質そうな表情を歪めたフィリオの報告に、ドーラを含めた他の団員たちは愕然とした。

 長年傭兵していた彼らですら、人間を露骨・・に食料とするゴブリンの話など聞いたことがなかったのである。

 

 ただそんな中でシアラだけは、表情を変えずに「そうか」とだけ呟いた。

 そして彼女は、生存者がいなかったかとフィリオに質問をする。

 フィリオはその質問に対し、首を横に振ることで答えた。  


 ゴブリンに攫われた人間で、一番最近の者ですら二週間と時間が経っているのだ。それだけの時間があれば、古の勇者ほど強固な精神力を持つ者でない限り、心と身体が壊されるのは間違いなかった。  

 

(胸糞悪い話だ)


 ドーラは折角のいい気分に水をさされて、不機嫌そうに表情を歪めた。

 しかし、同時に彼は、仕方ないことだとも思った。 


 所詮この世界は弱者が虐げられる世界である。今回のように魔物に襲われて殺される者もいれば、、野盗などに落ちた人間によって殺される者もいる。

 ドーラはそれが嫌で努力した。努力して容易には殺されない強者へとなったのだ。

 だからこそ、今回ゴブリンに殺された者達へ哀れみは向けるが、弱いままだった本人が悪いと割り切って、同情までしなかったのである。

 

(団長殿はどう思っているのかなぁ)


 ドーラは、フィリオから報告を受けても、少しも表情を変化させない、シアラの横顔を見た。

 戦闘中のような恐ろしい何かは・・・、完全に息を潜めて、彼女の中に隠れてしまっているが、どんな凄惨な報告を受けても動じないその姿は、ドーラ以上に人の生死を割り切っている感じがした。


 そんなシアラは、一通りフィリオからの報告を受け終わると、 

 

「供養するぞ」


 と静かにいった。


 その言葉を聞いたフィリオは、先ほどの報告の時より表情を歪め、「ゴブリンも……ですか?」と確認するようにシアラへ訊ねる。

 するとシアラは、間髪なく「そうじゃ」と頷いた。

 

 余りに信じられない二人の会話に、ドーラは目を見開いた。

 ゴブリンによって、非業の死を遂げた者たちを、供養するなら分かる。しかし、憎き敵であるゴブリンを、供養するとはどういうことだ。


(何考えていやがる?)


 ドーラは眉間にしわを寄せ、腕を組み、バッカムに洞窟を埋めるよう指示するシアラを睨み付けた。

 普段なら男らしい笑みを浮かべ、「応」とただ一言述べて、指示に従うバッカムも、今回の指示には、やや不服そうだった。


(敵を皆殺しにして、罪悪感でも感じたのか)

 

 だったら、失望だ。とドーラは鼻を鳴らして適当な石に腰掛けた。    

 そして、なめし革で作られたポーチから、水筒を取り出すと、喉を鳴らして水を飲む。


 ぬるい水だが、汗をかき乾いた喉には、とても美味く感じられる。

 ドーラは、水分が全身に染み渡るような心地よさに、目を細めた。

  

 そんな彼の隣に、赤茶色の影が座った。ドーラが横目で見ると、キアが膝を抱え座っている。

 フィリオたち同様に険しい表情である彼女に、ドーラは声をかけるべきか迷った。そして、お互いに黙っているのも居心地が悪いと思い、彼はキアへ声をかけた。

 

「姉さん。何で団長殿はゴブリン共まで供養するんです?」


 そのドーラの質問に、直ぐ答えは、返ってこなかった。

 暫くの沈黙後、キアがゆっくりと口を開く。


「私もよく分からない。いや、恐らく私以外の団員も、よく分かっていない。唯一理解しているのは、フィリオぐらいだろうね」

「なるほど………団長殿は何時も戦いの後は、敵も味方も供養するんですかい?」

「ああ、する。憎い敵だろうが何だろうが必ずする」

「そいつは、お優しいことで」


 皮肉った笑みを浮かべ、ドーラは再び水筒を口につけた。

 彼の中で、シアラの評価は、下がる所まで下がっていた。

 

 確かに非凡な軍才を持つ女だ。

 しかし、味方の心情すら理解できず、憎き敵を弔うのは、大将として失格だ。


(美味い思いをさせてもらった身としては悪いが、あの団長にはついていけねぇな)


 都市に帰ったらこの団を抜ける決心を固めながら、ドーラは冷めた目で、バッカムの協力で作られた供養塚に手を合わせるシアラを見た。

 その姿は最初に見たときと同じ、頼りなく儚いものだった。


「ねえ、ドーラ」


 隣のキアが話しかけて来る。それも、新入りと言った呼び方でなく、確りとした名前でだ。

 行き成りのことに驚いたドーラは、胡散臭そうな表情で、彼女の顔をまじまじと見つめた。

 そんな彼を、キアは不審そうに睨み付ける。


「なによ……」

「いっ、いや、姉さんが俺を名前で呼んだことに驚きまして……」

「ああ、そんなこと。もうあんたは、私達と一回戦場を潜り抜けて十分な戦果を見せた。なら新入りなんて呼べないわよ」

「はあ、そいつはどうも」


 何だか褒められたようで、ドーラは頭を下げる。

 キアはそんな彼を相変わらず険しい表情で見つめ、


「そんなことより、あんた団を抜けるつもりでしょ?」


 と低い声で静かにそういった。

 まさか、ついさっき考えていたことを、当てられるとは思っていなかったドーラは、動きそうになった表情を意識的に押さえて、素知らぬ顔で首を傾げた。


「さあ………そんなつもりは今のところないですがね」

「誤魔化さなくていいさ。別に今此処で団を抜けるって宣言しても、報酬は確り払われるよ」


 しかし、まるでお前の考えなどお見通しだ、と言わんばかりのキアの台詞に、ドーラの表情が歪む。


「チッ、あんたやっぱり可愛くねぇな」

「ふん、可愛くて傭兵なんかできるかい。そんな女が欲しければ、蜂蜜通りの娼婦でも捉まえるんだね」

「ああ、そうするよ。あそこのケットシーは可愛いのばかりで、どこかの野良猫とは大違いだからな」


 暗に野良猫と言われ、キアの眉がピクリと動く。


「へぇ、確かにそうだね。あそこの同族は可愛いのばかりだ。どこかのトカゲにやるには、勿体無いほどにね」

「なに?」

「ん? 聞こえなかったのかい? トカゲにやるのは勿体無いっていったんだよ」


 売り言葉に買い言葉で、キアとドーラの空気が、刺々しいものに変わっていく。お互い眼光を光らせ睨み合い。今にも飛び掛って、取っ組み合いの喧嘩を始めそうな勢いだった。

 

 そんな二人の間に、一本の矢が通り過ぎた。

 

「二人とも静かになさい」


 黒塗りの弓を構えたフィリオが、冷めた表情で二人を見つめる。しかし、彼の瞳の奥には、怒りの炎が静かに揺らめいていた。

 

 これ以上、いがみ合ったら本当に射抜かれる。


 それほどの迫力を、フィリオから感じた二人は、しぶしぶ矛を収めた。 

  

「よろしい」


 そんな二人に満足したのか。フィリオは一度頷き、慣れた手つきで、構えていた弓を背中に仕舞った。その速度は、腰から剣を抜刀するのと、ほぼ変わらないほど速い。彼がその気になれば、一流の剣士の抜刀と変わらない速度で弓を取り出し、矢を射抜くことが出来るのだろう。

 

(まだこんな奴がいるのか。この団には……)


 ドーラは冷たい汗が背中に流れるのを感じた。

 

「それで、何故あんな喧嘩腰になっていたのですか?」


 フィリオがキアへ訊ねると、彼女はばつの悪そうな顔でそっぽを向いた。


「いや、ドーラがさ。団長のあれ・・を良く思ってなさそうだったからね。まあ、軽く説明でもしてやろうかなって……」

 

 ドーラと喧嘩などするつもりがなかったのに、その一歩手前まで、話を拗らせてしまったことに負い目があるのか、キアの身体が小さく丸まる。

 フィリオはそんな情けない彼女の姿に、米神を押さえため息を吐く。


「全くあなたは……まあ、いいでしょう。ドーラ」  

「おっ、おう」


 突然名前を呼ばれ、ドーラは驚く。

 しかし、フィリオは気にせず言葉を続ける。 


「シアラ様の敵味方問わず供養する姿勢に、あなたは疑問を抱き、そして恐らく嫌悪感を抱いたのでしょう。それは仕方ない事だと私も考えます。ですが」


 そこでいったん言葉を区切り、フィリオはドーラに近づく。そして、彼の肩に手を置き、

 

「一度シアラ様と話をしてください」


 そう言って、頭を小さく下げた。

 突然頭を下げられたドーラは呆気にとられ、口を半開きにしてフィリオを見上げる。だが、フィリオはそれ以上何も言わず、ドーラに背を向けると、シアラの下へ再び帰っていった。

 

「………話せっていわれてもな」

 

 フィリオの背中を見ながらドーラは呟いた。彼の中でシアラの評価は、既に最底辺の位置だ。話したとしても、その評価が上がるとは思えない。正直、無駄になりそうな話し合いを、本心ではしたくないのだ。彼は貰える物だけ貰って、さっさとこの団から抜けたいのである。

 

 だが、あのフィリオの事だから、上手くシアラが話す場を設けるのだろう。

 ドーラは、最悪二人っきりで話さなければならない憂鬱な場面を想像し、ため息を吐いた。

 

(くそっ、めんどうくせえ)


 苛立ち、悪態を心の中で吐いたドーラは、乱暴に水筒をポーチの中へ戻し立ち上がった。そして、近くの木に立てかけてあった斧を肩に担ぐと、大きな身体を揺らしながら、人のいない場所へと歩いていった。 


 キアはそんな彼をジッと見つめていた。




    ★




 城郭都市 シグナム


 魔物が住む魔の領域と接するこの都市は、かつて、古の英雄である「大盾のシグナム」が、魔王と戦うために建てた砦を起源に持つ。故に、長い年月この場所で、魔物の侵攻から人類を守り続けていた。

 その侵攻の回数は、一度や二度ではなく。残っている歴史書を読み解くだけで30回を軽く越える。シグナムはその度に強固な城壁と、常駐する騎士達の活躍により、魔物たちの侵攻を跳ね返してきたのであった。

 

 しかし、100年ほど前から、魔物の数が増えてきたことにより、無敵を誇っていたシグナムにも、綻びが生じ始めた。それが、50年前の「第31次シグナム防衛戦」である。通称、「魔の大侵略」と呼ばれるこの防衛戦では、今まで纏まりなく、散発的にしか攻めてこなかった魔物たちが、3万という大軍で一丸となり攻めてきたのだ。

 

 このような事態は、シグナムの長い防衛の歴史の中でも初めてのことであり、5000人からなったシグナム騎士団は半壊、都市の中心から木の年輪のように層をなす城壁も2つまで破られ、あわや陥落寸前のところまで追い詰められたのである。


 そんなシグナムを救ったのが、ヒューマンの本国であるロイギスから、援軍として派遣されたライデン将軍率いる8000の部隊だった。彼は神速と謳われるほどの巧みな用兵で、魔物の大群にゲリラ戦を仕掛け、見事に彼らの補給戦を断ち、撤退させることに成功したのだった。


 この戦いの後、ライデン将軍はこう語った。


「魔物が列を成し攻め、あまつさえ補給を考えた戦を始めた。この事態は尋常にあらず」


 彼の言葉は世界を震撼させた。

 各種族の本国では、魔王が復活したのではないかと言う憶測が飛び交い。自国を守るために兵力の増強など、軍事政策が優先されるようになった。

 また、こうした中で漁夫の利を狙う国も出てきており、世界は穏やかであった空気から一転し、針で突いたら破裂してしまいそうな、緊迫した情勢へと変貌していった。


 しかし、シグナムの防衛は、各国の思惑はどうあれ共通の利益である。故に、第31次防衛戦の後、シグナムの先代領主が、各国の王族たちに求めた援助は、比較的簡単に受け入れられた。

 

 最も、複雑に絡み始めた国同士の関係により、その援助も満足のいくものではなかった。


 このままでは不味い。そう考えたシグナムの先代領主は、戦力の増強として、今まで以上に傭兵たちを使う方針を決定した。また、士気や錬度の問題などから使用を控えていた奴隷戦士も使い、都市の防衛に当たらせるようになったのである。


 そのような軍事政策をおこない出してから50年経った今。シグナムでは傭兵の駐在により、飲食店や、宿、そして風俗といった店が多くなり、また、奴隷商人などの往来も激しくなった。

 すなわち、治安が悪化したのである。だが、そうまでしなければならない事態に、人類の盾であるシグナムは追い込まれているのであった。 


 そのような歴史を持つシグナムは、先も述べたとおり中心から年輪のように城壁が作られている。その数は今や10枚となっている。第31次防衛戦のときは7枚までだったので、そこから更に三つ城壁を増やしたのだ。そして近年作られた城壁に囲まれた区画には、シグナムの軍事政策と共に流れてきた者たちである傭兵や、彼らを相手に商売をする者たちが住んでいる。


 当然、シアラ率いるアステル傭兵団もこの区域に住んでいる。しかし、彼女の傭兵団は少々特殊であり、三つの城壁の内、一番内側にある一際良いところに拠点を置いていた。


 それは先代領主がおこなった、配慮によるものだった。

 傭兵とは言え、シアラはエルフの王族である大樹ドリアドの子なのだ。本来なら中央の城に拠点を構えさせても可笑しくはない。事実、先代領主はシアラへ、その話を何度か打診していた。


 しかし、彼女は首を縦に振らなかった。

 自分はあくまでも傭兵と、完全に割り切っていたからである。


 そうなるとシグナムの領主といえど、所詮は一都市の領主なので、他国の王族シアラに強くものが言えるはずもない。

 故に彼は苦肉の策として、シアラたちの拠点を、傭兵たちに与えた土地の中でも、一番いい所に宛がったのである。


 こうして建てられたアステル傭兵団の拠点は、大きな広場に隣接するレンガ造りの三階建てであった。

 上の三階から、シアラとフィリオの寝室と執務室があり、二階と一階はその他の団員たちの寝室などがある。


 ゴブリンの殲滅戦を終えたシアラは、そんな拠点の三階にある自らの執務室にフィリオと共にいた。

 彼女は、ホワイトベアーという白い魔物の毛皮で作られた椅子に腰掛け、箱に入っている山積みの金貨と銀貨を袋に詰めていた。


 そして、その作業が一通り終わると、同じように金貨と銀貨の袋詰めをしていたフィリオへ視線を向けた。


「さて、これでいいだろう。フィリオ、皆に報酬を渡すから呼んできてくれ」


 その言葉を受けたフィリオは、軽く会釈をして「かしこまりました」とだけいうと、部屋から出て行った。

 それから少し時間が経つと、シアラの部屋に一人ずつ団員たちが入ってくる。拠点に帰ってきたばかりで、彼らの表情には疲労の色が見える。だが、金貨と銀貨によってずしりと重い袋を渡し、労いの言葉をかけると、待ってましたと言わんばかりに、元気になる者が殆どだった。


 バッカムなどは元気になる者の代表で、これから何人か連れて飲みに行くらしい。対して、マールとクルスは眠そうに目を擦りながら、部屋に入ってきて、報酬を両手で受け取ると、そのままシアラの寝室の方・・・・・・・・へ、フラフラと覚束無い足取りで歩いていった。


 それに気づいたフィリオが、慌てて二人を止めようとするが、シアラは苦笑を浮かべながら「構わない」といい。二人が自分の寝室のドアを開け、入っていくのを優しい瞳で見送った。

 

(今日は寝床が狭くなるが、我慢するか)


 二人の小さなシルフに占領されたベッドを思いながら、シアラは最後に報酬を渡すドーラを待った。

 一番槍を果たし、多くのゴブリンを倒した彼の報酬袋は重い。その重さは、敵大将を討ち取ったマサムネと変わらない程だった。


 ドアがノックされ、フィリオが部屋の中に入ってくる。そして、その直ぐ後ろから、ドーラの大きな身体が部屋に入ってきたので、シアラは笑顔で出迎える。

 

「よく来たドーラ」

「ああ………」


 待ちに待った報酬が貰えると言うのに、ドーラの表情は硬い。そんな彼の態度に、シアラは内心首を傾げながらも、笑顔のまま彼の功績を褒めた。 

 

「今回のお前の働きは、目を見張るものがあった。特に一番槍の功名は見事としか言いようがない。あの突撃は私も心が震えたぞ。流石は武勇の誉れ高いドラゴニアだ」

「むう……」


 べた褒めされて、硬かったドーラの表情が少し緩くなった。

 

「さて、これがお前の報酬だ。受け取ってくれ」


 シアラが報酬袋をドーラに渡す。すると、ドーラの目が見開かれた。

 彼は報酬袋を上下に動かし重さを確認する。そして、袋の口を開け、中身を覗いて驚いたのか、シアラの顔を穴が開くほど見つめた。

 

「な、なあ。団長殿?」

「うん? なんだ?」


 シアラが小首を傾げる。


「こんなに貰っていいのか?」

「ああ、何だそんなことか。勿論だとも、受け取ってくれ」


 ドーラは再び袋に視線を落とした。そして、呆けた表情を引き締めると、シアラの顔を、今度は睨みつけるように見つめた。


「団長殿。あんたに聞きたいことがある」

「ふむ、なんだい?」


 大男で厳つい顔つきのドーラから、睨まれても動じないシアラは、机に両肘をつけて、組んだ指の上に顎を乗せた。   


「何でゴブリン共まで供養したんだ? あいつらは敵だったろ? それも憎むべき敵だ。それなのに何故供養などしたんだ」


 シアラがゴブリンを供養していた光景でも思い出したのか、ドーラは段々と語気を強めてそう言った。

 シアラはそんな彼の言葉を、黙って聞いていた。そして、目を瞑り、


回向えこうには我と人とをへだつなよ」


 静かにそう告げた。

 ドーラは聞きなれない言葉に目を細めた。 

 すると、シアラは目を開けて、どこか寂しげに笑った。


「昔……そう、本当に昔だ。私はある人にそう教わった。その人が誰か思い出せないけど、その人が教えてくれた四十七首の歌は、確りと一首一首覚えている。そして、この歌の意味はな。死者を弔って天に昇れるよう祈るなら敵味方なく等しくしろ、という意味の歌だ」

「………なら、団長殿はそのどこかの誰かさんが教えてくれた歌を忠実に守って、ゴブリン共も供養したのか」


 納得いかない表情のドーラが腕を組んで唸る。


「そうだ。私はなドーラ。お前が思う以上に戦ってきた。戦って、戦って多くの者を殺してきた。その殆どが憎むべき敵たちだった。昔は私も、憎むべき敵には徹底的に憎しみをぶつけてきた。だが、それは何かが違うのだ。あのゴブリンたちもまた、私たちの基準でいえば邪だが、奴らの基準では正の行いをしていた。この世の正と邪は立場によって容易に変わる。憎むべきあのゴブリンたちも、見方によっては反面教師になるのではないか。ならば、死んでしまった奴らに対し、慈悲の心の一片を持つことは邪なことだろうか」


 諭すようにシアラは言葉を紡ぐ。

 しかし、やはりドーラには納得できなかった。

 彼にとって憎むべき敵は、憎むべき敵でしかないのだ。

 

 敵は打ち倒して、野晒しにして、朽ち果てさせる。


 ドーラにとって戦いとはそういうものだった。

 当然、逆もそうである。

 

 敵に打ち倒されたら、野晒しにされて、朽ち果てる。


 そんな覚悟のある彼だからこそ、どうしてもシアラの言葉は、軟弱なものにしか聞こえなかったのである。


「団長殿。俺にはあんたの話は難しくて分からない」

「そうか」


 シアラが目を瞑る。彼女はこれ以上何も言わなかった。 


「悪いが団を抜けさせてもらうぜ」

「………わかった」


 暫く沈黙して、ドーラの脱退を認めたシアラは、机の引き出しにあった一枚の紙を取り出して、彼に手渡した。

 

「これは?」

  

 ドーラが受け取った紙を見ながらシアラへ訊ねる。


「ギルドへの斡旋状だ。これで次の仕事も見つかり易くなるだろう」


 シアラが微笑む。

 すると、ドーラの表情が歪んだ。


「……てっきり、嫌味の一つでも言われると思ったんだがな」

「なんだ。私はそんな詰らない奴に見られていたのか?」

 

 心外だと、シアラは肩をすくめた。

 そんな彼女の態度が、綺麗な外見と妙に合っていて、可笑しかった。

 ドーラは思わずこぼれた笑みを浮かべながら首を横に振る。


「いや、団長殿はそんな小さな器じゃないな」

 

 そして、そういうと踵を返して、


「さて、それじゃあ短い間だったが世話になった」


 シアラに別れを告げると、部屋から出て行った。

 段々と遠ざかって行く足音を聞きながら、シアラは残念だと思っていた。

 ドーラには出来れば団に残って欲しかった。しかし、昔の自分とよく似ている彼を見ていて、絶対に残らないとも確信していた。だから、最初からギルドへの斡旋状を用意していたのである。


 憎む敵に慈悲を与える。


 前世でそんな境地に至ったのは、自分も武将として脂の乗り切った30代後半からである。まだ、30代にもなってない血気盛んな若者であるドーラには、理解できなくて当然のことだろう。

  

(でも、残念だ。あんな良かにせ、中々おらんぞ)

 

 ため息を吐き、シアラは背もたれに身体を沈めた。

 そんな彼女へ、今まで壁際でずっと黙っていたフィリオが近づいてくる。そして、机の前まで進み出ると、シアラへ声をかけた。


「シアラ様。ドーラのことは―――」

「分かっている。ドーラの件は仕方がないことだ」


 シアラはフィリオの言葉を遮ることによって、落ち込んでいた気持ちを切り替えた。そして、背もたれから身体を離すと、再び机に両肘をついて、組み合わせた指の上に顎を乗せた。


「それで、ゴブリンのボスは約束と違う・・・・・といったんだな?」


 真剣な眼差しと共に紡がれた、シアラの言葉にフィリオが頷く。


「はい、間違いなく」

「ふむ、ならば魔物と繋がる内通者がいたということか」

「恐らくはそうでしょう。だいたい、この依頼自体が可笑しかったのです。周りの村々に、一年ほど前から被害を与えていたゴブリンの集団を、放って置くなど、普通では考えられません」

「確かにな。私もそう思う。それでフィリオ。誰が怪しいか検討はついているか?」


 その問いに、フィリオは「はい」と頷くとドアの方を向いて、キアの名前を呼んだ。すると、露出の多い私服姿のキアが入ってきた。


「さて、やっと私の出番かニャー」


 彼女はニヤリと唇を吊り上げて、意地の悪い笑みを浮かべる。

 シアラはそんなキアを見て、相変わらず露出の多い格好だと思った。

 毛皮で作られた小麦色の服に隠されているのは胸と尻ぐらいで、残りの部分の肌は全て露出している。


(嫁入り前の娘が何と言う格好をしている! とそろそろ叱るべきだろうか?)


 シアラは目を細めて険しい視線をキアへ向ける。

 そんな、滅多に見せないシアラの厳しい視線を向けられたキアは、驚きおろおろと焦り始めた。


「えっ? あれ? 団長どうしたの? 怒ってない?」


 自分に向けられる険しい視線の意味が分からないキアは、脅えながらシアラから離れていく。そんな二人の様子を見て、何となく察しがついたフィリオはシアラへ耳打ちをする。


「シアラ様。今はそのような事をしている時ではありません」

「むっ、確かにそうだな」


 事は重大だ。最悪一刻を争うかもしれない。

 それを思い出したシアラは、脅えているキアへ頭を下げた。


「すまないキア。別に怒っていた訳ではない」

「そっ、そうなのかい? よかった」


 すると、キアは胸を撫で下ろす。


「ああ、ところでここに呼ばれた理由は分かるな?」


 そんなキアへシアラが聞くと、彼女は頷いてその豊満な胸を叩いた。


「勿論さ。魔物へ内通した奴がいるかもしれないって話だろ? 同族の情報網を使ったら、とりあえず三人ぐらいそれっぽい奴が見つかったよ」

「三人か。かなり絞れたな」

「まあね。それだけその三人が怪しいって訳さ」

「なるほど。それで、そいつらの誰だ」


 続きを急がせるシアラへ、キアはまた意地の悪い笑みを向けると、 


「一人は性奴隷を専門に扱う奴隷商人のモードン。もう一人は野盗達をまとめて傭兵団を作ったギースとか言う傭兵。そして最後は文官のラグエルだね。特に最後の奴は大物だよ。先代領主のときから文官をしていて、今ではシグナムの筆頭文官様だ」

 

 芝居がかった動きで、怪しい奴らのリストを述べるのだった。 


    

 

 

   ★




 

「ふう」


 先ほどの話を終えたシアラは自らの寝室に入ると、疲れからため息を吐いた。そして思っていた以上に厄介なことになったのかもしれないと考えながら、着ていた服を脱ぐ。すると、シアラの裸体が露になり、窓の外から差し込む星明りに照らされた。

 

 エルフの女性は玉のように綺麗な肌を持っている。それはシアラとて例外ではない。彼女の肌は星明りを吸い込むほど白く、美しい。そして、傭兵と言う商売をしているのに傷一つなかった。


 また、シアラが持つ特徴的な銀髪は、夜にこそ最も美しく輝く。その輝きは昔、ヒューマンの王族が欲し、無理やり手に入れようとする程だった。


 しかし、相手が悪すぎた。


 穏やかで、争いを好まないはずのエルフが、蓋を開けてみたらバリバリの戦闘民族だったのだ。

 当時のことを知るヒューマンがいれば、えらい目にあったと、全員口を揃えて言うだろう。

  

 そんな事件があり、シアラも自分の容姿を気にするようになっていた。

 しかし、それは自らを綺麗に着飾るのではなく、なるべく目立たないようにするという事でだ。


 だから、シアラの服は露出が少ない。彼女が肌を曝すなど、今のように寝るときぐらいだ。

 それも着替えるためであり、直ぐに寝巻きとして使っている、淡い水色の服を着る。

 

 シアラは、絹のように触り心地の良いその服に袖を通すと、ベッドの方を向いた。

 そこには子供ぐらいの大きさの膨らみが二つあり、規則正しく寝息をたてている。マールと、帽子を脱いで青い髪が露になったクルスが眠っているのだ。


 さて、自分の寝る場所はあるかと、シアラがベッドに近づくと、丁度彼女たちの真ん中が開いていた。どうやら、シアラの場所を確保していてくれたらしい。 


 なんとも嬉しい二人の配慮にシアラは苦笑を浮かべる。そして、寝ている彼女たちを起こさないよう、気を付けながらベッドに入っていくのだった。




 


 

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