プロローグ
アラン・クラシックには夢があった。
あの時、命を救ってくれた彼女のように、誰かを癒せる存在になると。
彼が六歳の頃、彼の住んでいた村は魔獣の群れの襲撃を受けた。
村人たちは自分たちの村を守るために武器を手に戦った。だけど、魔獣の群れは数が多く、一人、また一人と倒れ、身体を食いちぎられていった。
村の腕自慢も、その場に居合わせた兵士たちも、みんな、みんな死んだ。
『アラン、お前は逃げるんだ。早く――!』
『リロイも、遠くに――!』
父親の絶叫に、アランは振り返らずに村から逃げ出した。
幼なじみのリロイも悔しそうに叫びながら前を走る。
後ろから響き渡るのは、聞いたことがない悲鳴や叫び声。それから一刻も早く離れたくて、ひたすらに道を走っていく。
だけど、子供の足と体力では逃げるにはあまりにも遅すぎて。
魔獣の腹を満たすには、村人はあまりにも少なすぎた。
獰猛な魔獣の唸り声が後ろから響いてくる。それに息を引きつらせた瞬間、肩に衝撃が走って転んでしまう。勢いのあまり、身体が激しく擦れて痛い。
だが、その直後、腕に凄まじい痛みが迸った。
『アアアアアアアアアアアアアアッ!』
灼熱を流し込まれたかのような激痛。それに絶叫し、のたうち回る。訳が分からないまま、振り返ればすぐ傍に魔獣がいた。
口元を血で滴らせ、こちらを爛々とした瞳で見据えている。
それにアランは痛みと恐怖で思考が真っ白になる。
『アラン――っ! ぁ、アアアァッ!』
どこかでリロイの悲鳴が聞こえる中、アランにゆっくりと魔獣が近づいてきて。
一閃。
白い閃光が、魔獣を引き裂いた。どさりと目の前で崩れ落ちる魔獣――その傍にはいつの間にか、白い鎧を身に纏った男の人が立っていた。
彼は痛みで震えるアランを一瞥すると、安心づけるように微笑みかける。
それからすぐに辺りを見渡して告げた。
『――ヒナ、この子たちをよろしく頼む。ひどい怪我だ』
『了解っす。団長さんは?』
『僕はこの先の村だ。行くぞ、クロエ』
『了解、しました』
その声と共に白い鎧の男と黒い人影が駆け去っていく。それを視線で追いかけていくと、傍らに誰かがしゃがみ込み、アランの身体に触れた。
女の人。彼女は真剣な目つきでアランを見つめ、表情を引きつらせる。
『――っ、まずいっすね、これ……治せるかな、これ』
『私も協力します。まずは止血から――』
『そうっすね、まずは――』
彼女は誰かと会話している。だけど痛みで意識が朦朧として、視界が霞み始めていた。その中で傍にいる女の人はアランを見つめると、一本の鍼を抜いた。
『大丈夫っす――絶対に、キミを助けるから……』
その言葉と共に彼女は鍼を真っ直ぐにアランの肩の辺りに突き刺す。瞬間、すっと痛みが腕から退いていき――それと同時に意識が闇の中に呑まれていった。
それから意識を取り戻したのは、数日後のこと。
目を覚ました彼は、その場にいた治癒士から説明を受けていた。
ここが難民キャンプであること。
アランとリロイは駆けつけた王国軍の精鋭によって助け出され、保護されたこと。
二人とも致命的な傷を負っていたが、その場での応急処置が適切だったおかげで、命を拾ったこと。
その一方で、他の村の皆は助けることができなかったこと。
彼はそれをすぐに理解できなかったが――アランとリロイが助かったことと、もう村の皆と会えないことだけはすぐに理解できた。
それから数日間は半ば呆然としながら日々を過ごしていた。
アランが過ごす難民キャンプは王国軍が支援しているらしく、そのおかげで彼は手厚い処置を受けることができ、彼は確実に現実を受け止めつつあった。
そして、それは傍にいた幼なじみのリロイもまた同じだった。
『なぁ、アラン――俺、決めたよ』
ある日、横で寝ていたリロイは天井を睨みつけながら口を開いた。
横目で見れば、彼は悔しそうに唇をひん曲げ、その瞳に覚悟を滲ませて告げた。
『俺、戦士になる。あのとき、助けてくれたあの人――英雄みたいになる』
『――リロイ……』
その言葉に影響され、アランは助けてくれた彼らの姿を思い浮かべる。
邂逅は一瞬だけ。彼らはすぐに発ち、別の村を助けに行ってしまい、再び会うことは叶わなかった。
だけど、その姿だけは不思議とはっきりと記憶に刻まれていた。
必死に手当てしてくれた、一人の女性の姿も――。
『なら――僕は、癒せる人になる』
自然とそれを口にできた。
あのとき、死にかけていたアランを繋ぎ止めてくれた、あの人のように。
傷ついた誰かを救えるようになりたい。
そう決めた瞬間、心の中に炎が宿ったような気がした。
アランはリロイを見ると、リロイもアランを見ていた。彼は口角を吊り上げると、拳をこちらに向けて突き出す。アランも笑い返して手を伸ばし。
拳を、ぶつけ合わせた。
その日からアランとリロイは自身の夢に向かって進み始めた。
難民キャンプは二人の暮らしを支援するだけでなく、将来のことについても相談に乗ってくれ、それに適した道を提示してくれた。
リロイは難民キャンプを指揮していた一人の軍人の養子になった。
そこで軍人として教育を施され、いずれは軍に所属することになるらしい。
一方のアランは難民キャンプの教師の元で勉学に励み、そして、その中で一人の治癒士が彼を弟子として引き取ってくれた。
自然とアランとリランは別々の道に進むことになる。
『アラン、いつか必ず夢を叶えようぜ』
『うん、リロイ。一緒に頑張ろう』
二人で拳を合わせ、あの日願った夢を叶えることを誓い合う。
その二人の様子を新しい保護者は微笑ましく見守ってくれていた。
そして月日が流れ、十五年が経ち――。
二十一歳になったアランは、現実の壁に直面しつつあった。




