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視聴者数0の底辺神

よろしくお願いします。


 遥か昔、神々には『娯楽』という概念が存在しなかった。


 世界を創造し、生命の種を蒔き、その行く末を管理する。

 それは途方もなく偉大な業であると同時に、果てしなく退屈なルーチンワークの連続でもあった。


 特に、文明が成熟し安定期に入った世界を担当する神々は悲惨だった。

 彼らは手出しを禁じられ、ただ永遠に等しい時間を、玉座に座ったまま眺めていることしかできなかったのだ。


 そんなある日、一柱の神が下界の惑星で、人間たちが熱狂しているある『催し』を発見した。

 それは、――『配信』である。


 自分たちの日常や特技を切り取り、不特定多数に発信する。そして視聴者はそれを評価し、熱狂し、時には財産すら投げ打って応援する。


 退屈を持て余し、魂が腐りかけていた神々は、すぐさまそのシステムを模倣した。

 そうして構築されたのが、【下界救済システム】だ。


 世界を維持する上で、人々の負の感情や淀みが凝固し、魔物を生み出す『ダンジョン』の存在は避けられない。

 定期的な浄化は必要不可欠だった。


 そこで神々は、見習いである下級神たちを人間の肉体(依代)に押し込み、冒険者としてダンジョンへダイブさせ、その攻略状況を神界へ『配信』させることにしたのだ。


 下級神たちは、配信を通じて視聴者(上級神たち)から『信仰スパチャ』を集め、自身の『存在値』を高めていく。

 (もちろん、中級神や上級神の配信者も存在する)


 存在値が一定値に達すれば、より強く、上位の神へと昇格できる可能性がある


 しかし逆に言えば、数字を出せない神は『無能』の烙印を押され、最悪の場合は神としての存在そのものを抹消リストラされる。


 ここは、信仰心という名の視聴率が全てを決める、神様たちの果てしなくブラックな業界だ。


♦︎


「はぁ……今日も、視聴者ゼロか」

 僕――ライトは、薄暗く湿り気のある洞窟の中で、深い溜息をついた。


 空中に浮かぶ半透明のウィンドウには、残酷な現実が淡々と映し出されている。

【現在の視聴者数:0】

【累計存在値:12】

【次期査定までの残りノルマ:9988】


「あと一週間でノルマ一万達成なんて、絶対無理だよ……」


 僕はぬかるんだ地面にしゃがみ込み、頭を抱えた。

 僕の名前はライト。


 数いる神々の中でも末端の、いわゆる『底辺配信神』だ。

 先日、直属の上司である中級神との地獄の面談があったばかりだ。


『君ねぇ、配信開始から半年経って存在値12ってどういうこと? 次の月末査定でノルマ未達なら、君の存在リソース、別の宇宙の肥料に回すから。いいね?』


 冷酷な笑顔で告げられたその言葉が、今も耳にこびりついて離れない。

 神界から支給された僕の初期装備は、刃こぼれした「なまくら剣」と、何の防御力もないただの「布の服」。


 上位の神様たちは、最初から豪華な聖剣や神話級の鎧を身にまとい、派手な奇跡を連発して視聴者を喜ばせている。


 それに比べて、僕に与えられた権能スキルは、指先に小さな火を灯すだけの【火種】程度だった。


 煙草に火をつけるくらいにしか使えない、下界の魔術師すら鼻で笑うような最底辺のスキル。


 地味で、弱くて、面白くない。

 そんな配信、神様でなくたって誰が見てくれるというのか。


『あ、あー。テステス。音声入ってますか? 本日も配信を開始します。えっと、ライトです……。今日はEランクダンジョン『這い寄る粘液の洞窟』の三階層を探索していこうと思います』


 僕は空中に浮かぶカメラ代わりの光球に向かって、精一杯の営業スマイルを作った。

 ……当然、返事はない。コメント欄は、今日も深淵のように静まり返っている。


 重い足取りで、カビ臭い洞窟の奥へと進む。


 狙うのは、この階層に生息する最弱の魔物『スライム』だ。

 これなら、なまくら剣と僕の貧弱なステータスでも、一対一ならなんとか勝てる。


 一匹倒して得られる存在値は0.01程度。

 ノルマの約一万を達成するには、あと百万匹のスライムを狩らなければならない計算だが、今は考えるのをやめた。


「よし、あそこに一匹……」

 岩陰でうごめく青い粘液の塊を見つけ、僕が剣の柄に手をかけた、その時だった。


 ――ズズン……ッ!

 突如、ダンジョン全体が巨大な地震に見舞われたかのように激しく揺れた。

 天井からパラパラと土砂が落ちてくる。

 スライムが怯えたように弾け、岩の隙間へと逃げ込んでいく。


「な、なんだ……!?」

 嫌な予感がして振り返った僕の視界に、信じられないものが映った。


 洞窟の奥、這うような暗闇の中から『それ』は現れた。


 身の丈は三メートルを優に超え、全身を漆黒の重装甲で包んだ巨大な骸骨の騎士。


 兜の奥には、生者を憎悪するような深紅の眼光が揺らめき、その手には、禍々しい紫の瘴気を纏った身の丈以上の大鎌が握られている。


【警告:イレギュラーエンカウントを確認】

【対象:死神騎士デスナイト

【脅威度:A】


「なっ……Aランク!? なんで最下層のダンジョンにこんなのが……っ!?」

 全身の血の気が一瞬で引いた。


 神の依代として作られたこの肉体は、恐怖を感じるようにできている。


 死神騎士から放たれる圧倒的な死のプレッシャーだけで、呼吸が浅くなり、膝がガクガクと震え始めた。


 その瞬間、死神騎士が地を蹴った。

 重装備とは思えない異常な速度。

 大剣が、僕の首を刈り取るために横薙ぎに振るわれる。


「ひっ……!」

 僕は無様に泥水の中へ身を投げ出し、間一髪で凶刃を避けた。


 ザシュッ! という空気の裂ける音と共に、僕が先ほどまで立っていた場所の硬い岩盤が、まるで豆腐のように真っ二つに切り裂かれた。


「あ、ああっ……!」

 僕は弾かれたように立ち上がり、なりふり構わず走り出した。


「誰か! 運営神様! システムエラーです! ダンジョンにAランクのモンスターが混ざってます! 助けて!」


 走りながら、空中のウィンドウに向かって泣き叫ぶ。


 しかし、視聴者数は『0』のまま。

 運営のサポートチャットもオフラインだ。

 神界のシステムは、底辺神のトラブルなど「実力不足による自己責任」として冷酷に切り捨てるのだ。


 背後から、岩壁を粉砕しながら死神騎士が迫ってくる。


 ドゴォン! と背後の鍾乳石が砕け散り、飛んできた岩の破片が僕の頬や肩を掠める。

(ハァッ、ハァッ……! 息が、肺が焼けそうだ……!)


 泥だらけの地面に足を取られ、片方の靴が脱げた。それでも止まるわけにはいかない。


 下界で依代が死ねば、神としての本体にも致命的なフィードバックがいき、魂ごと消滅してしまう。


 僕はダンジョンの入り組んだ地形を利用し、狭い通路へ逃げ込もうとした。


 しかし、死神騎士は邪魔な壁を大鎌で強引に薙ぎ払い、最短距離で僕との距離を詰めてくる。


「なっ、行き止まり……っ!?」

 逃げ込んだ先は、巨大な地底湖を前にした行き止まりの広間だった。


 振り返ると、死神騎士がゆっくりと大剣を引きずりながら近づいてくる。

 赤い眼光が、逃げ場を失った哀れな獲物を嘲笑っているように見えた。

(ああ……僕、ここで消えちゃうんだ。誰の記憶にも残らず、ただの数字以下の存在として……)


 絶望で視界が真っ暗に染まりかけた、その時だった。

 ――ピコンッ。

 死地に似つかわしくない、軽快なシステム音が鳴った。


 僕の脳内に、今まで聞いたことのない機械的なアナウンスが響き渡る。


【条件達成:配信枠への『初めてのアクセス』を確認しました】

【視聴者の『評価』を受信】

例外権能エクセプション:『視聴者顕現オーディエンス・ハック』が起動します】


「……え?」

 空中のウィンドウを見る。

 そこには、信じられない数字が表示されていた。


【現在の視聴者数:1】

 そして、ずっと空白だったコメント欄に、一行のテキストが流れた。


【???:あら……Aランク相手に随分としぶといじゃない。

ドブネズミみたいに泥まみれで滑稽だけど、その『逃げ足』だけは立派ね。いいわ、少しだけ見ててあげる】


 そのコメントが表示された瞬間だった。

 僕の体に、爆発的な力が奔った。


【システム:コメント内の概念『逃げ足』を抽出・変換します】


【例外権能発動。対象ライトのAGI(敏捷)ステータスに、一時的な極大補正(+9999)を付与しました】


 死神騎士が、僕を両断すべく大鎌を大上段から振り下ろす。

 今までなら、目で追うことすらできなかったその一撃が――まるで、泥水の中を進むようにゆっくりと見えた。


 僕は思考するよりも早く体を動かし、大鎌の刃の側面を軽く蹴って、後方へ十メートル以上も軽々と跳躍していた。


「な、なんだこれ……。体が、羽みたいに軽い……!」

 着地した自分の足を見る。


 視聴者のコメントが、そのままバフ(支援効果)に変換された?

 戸惑う僕を他所に、獲物を逃した死神騎士が怒りの咆哮を上げ、再び突進してくる。


 僕は腰からなまくら剣を引き抜き、正面から迎え撃った。

 これだけ速ければ、戦える!


 僕は死神騎士の懐に潜り込み、漆黒の鎧の胴体部分に渾身の一撃を叩き込んだ。


 ――ガキンッ!!パキンッ。


「……あ」

 甲高い金属音が響き、僕のなまくら剣は鎧に傷一つつけられず、根元から呆気なくへし折れた。


【???:あははっ! なにそれ、バカじゃないの? 足が速くなっただけで、攻撃力は底辺のままでしょうに。どうやって倒す気?】


「う、うるさいな! 僕だって今気づいたんだよ!」


 僕は折れた剣の柄を投げ捨て、死神騎士の連撃を紙一重で躱しながら距離を取った。


 視聴者の言う通りだ。

 いくらスピードが上がって攻撃を避けられても、ダメージを与えられなければジリ貧になる。


 しかも、この規格外のバフは『視聴者が飽きたら』消えてしまうはずだ。

(どうする……。僕の持つ攻撃手段はもう、初期スキルの【火種】だけだ。そんなもので、Aランクの重装甲を貫けるわけが……)


 思考をフル回転させながら、僕は死神騎士の動きを観察した。

 極大補正されたAGIは、動体視力や思考速度も引き上げている。


 死神騎士はアンデッドだ。生命体ではなく、鎧の中に高濃度の『瘴気』と『魔力』のコアを宿して動いている。


 そして、いくら重装甲とはいえ、可動域を確保するために『関節部』には必ず隙間がある。首元、脇下、膝の裏。

(……装甲を貫けないなら、鎧の中から直接コアを焼き尽くせばいい!)


「ねえ、そこの神様! 見てるなら、絶対に目を離さないでね!」

 僕はカメラに向かって叫ぶと、死神騎士に向かって全速力で突進した。


【???:え? ちょっと、自暴自棄になったの? それともただのヤケクソ?】


「違う! これが僕の……底辺なりの戦い方だ!」

 死神騎士が大鎌を横薙ぎに振るう。


 僕は敏捷を活かしてスライディングする。

 そのまま潜り抜け、死神騎士の背後に回った。


 そして、そのまま鎧の背中を蹴り上がり、肩のあたりに飛び乗る。

「オォォォッ!?」

 死神騎士が忌々しそうに腕を振り上げるが、僕のスピードには全くついてこれていない。


 僕は兜と胴当ての隙間――首元のわずかな開口部に両手をねじ込んだ。

 そして、ありったけの魔力を込めて叫ぶ。

「スキル発動! 【火種】!!」


 パチッ。

 僕の指先から、小さな、本当に小さな火花が生まれた。

 ダメージ量にして「1」にも満たない、神聖属性の微弱な炎。


 当然、そんなものでAランクの魔物は倒せない。

 一回だけなら。


「くそおおおおおおおっ!!」

 僕は、極大補正されたAGIの全てを『スキルの連続発動』に全振りした。


 パチパチパチパチパチパチパチパチッ!!

 一秒間に数百回という異常な速度で【火種】を連続発動し、それを鎧の隙間から内部へと容赦なく流し込み続ける。


「ギ、ギィィィィィィィッ!?」

 死神騎士が、かつてない苦悶の声を上げた。


 僕の【火種】は確かに最弱だが、腐っても『神の権能』だ。

 アンデッドの瘴気を浄化する性質を持っている。


 それが一秒間に何百発も、分厚い密閉された鎧の中に撃ち込まれ続けるとどうなるか。


 逃げ場を失った神聖な熱量は、漆黒の鎧の内部で急激に蓄積されていく。

 鎧自体が、まるで超高温のオーブンのように内側から赤熱し始めた。


【???:……っ! 嘘でしょ、あの最弱スキルを超高速で連打してるっていうの!?】


「燃え尽きろおおおおっ!!」

 僕は限界まで火種を撃ち込み続け、最後の一発を放つと同時に、赤熱した死神騎士から大きく後ろへ跳躍した。


 直後。

 ゴォォォォォォォォォンッ!!!

 限界を突破した熱量と浄化の光が、鎧の隙間という隙間から閃光となって噴き出した。


 死神騎士は断末魔を上げる暇もなく、内側から崩壊し、重厚な鎧だけを残して灰となって崩れ落ちた。


【Aランク魔物:死神騎士の討伐を確認】

【脅威度補正・単独討伐ボーナス:存在値+50000を獲得】


【存在値の閾値突破を確認。

レベルアップ処理を実行します。対象の傷、疲労を完全回復します】


 システムのアナウンスと共に、僕の体を温かい光が包み込んだ。

 岩の破片で切れた頬の傷も、枯渇しかけていた体力も、一瞬にして全快する。


「ははっ……勝った。勝てたぞ……!」

 僕は灰になった死神騎士の鎧の前にへたり込み、大きく息を吐き出した。


 圧倒的な強者に対して、最弱のスキルと知恵だけで打ち勝ったのだ。


 ピコン。

 空中のウィンドウに、再びテキストが流れる。

【???:……へえ。ただの無能かと思ったけど、なかなか頭が回るし、度胸もあるじゃない。

底辺スキルも、使いようによってはAランクを食えるのね】


【???:合格よ。貴方の配信、特別に『お気に入り(サブスクライブ)』に登録してあげる。

これからも私を楽しませなさいな、ライト】


【システム:『最高位の女神』からの継続視聴サブスクライブを確認】

【例外権能『視聴者顕現』が正式にアンロックされました】


 画面の端に光る、神界の頂点に立つ女神のアイコン。

 どうやら僕は、とんでもない常連リスナーを捕まえてしまったらしい。


 この『例外権能』は、視聴者のコメントや期待を力に変える。

 つまり――視聴者を熱狂させ続け、数字を稼ぎ続ければ、僕はどこまでも強くなれる。


リストラ寸前の底辺神から、神界の頂点へ這い上がることも夢ではない。

「……あはは。とんでもないブラック配信生活が始まっちゃったな……」


 僕は汗を拭い、カメラに向かって、今日一番の――そして初めての、心からの笑顔を作ったのだった。


ここまでお読み頂きありがとうございます。

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