第十一章― ミコよ、見えているか。これは俺じゃない…奴らのせいだ
王城の広間。
タイは演説を終えた。
次の瞬間――
王族の首が、床に転がった。
血が広がる。
誰も動けない。
そしてその直後。
世界中の王国へ、一つの知らせが届く。
戦争を起こしたのは――
ニュースタジアの王ではない。
闇の中の「誰か」だと。
だが。
その「誰か」は、今ここにいた。
タイ。
彼は王城の屋上から静かに降りた。
指を軽く動かす。
透明な結界が王国全体を覆った。
外へは出られない。
だが中には入れる。
罠だった。
タイはゆっくり歩き始めた。
一人で。
王国を――
皆殺しにするために。
⸻
血が流れ続けた。
兵士。
市民。
騎士。
貴族。
子供すら。
誰一人として例外はない。
タイは淡々と殺した。
怒りではない。
狂気でもない。
ただ――
処理するように。
そして。
彼はある屋敷に辿り着く。
公爵の屋敷。
庭には一組の夫婦。
公爵キオラ・シシ。
そして妻。
タイは歩く。
一歩。
また一歩。
公爵は眉をしかめた。
「……何をしている?」
「なぜここにいる?」
「私はお前を招いていない。帰れ。さもなくば兵を呼ぶ」
その言葉を聞いた瞬間。
タイは笑った。
低く。
冷たい笑い。
「怖かったよ、キオラ・シシ」
一歩近づく。
「呼べよ」
「兵士を」
「残っているならな」
公爵の顔が凍る。
「……残っている?」
「どういう意味だ」
タイは静かに答えた。
「殺した」
沈黙。
風が吹く。
タイは続けた。
「全員」
「なぜ呼ばない?」
「もう一度言う」
「全員、殺した」
そして小さく呟いた。
「……すまない」
公爵の顔に一瞬希望が浮かぶ。
だが。
次の言葉で砕けた。
「自分に謝っただけだ」
「お前みたいな屑に謝る気はない」
恐怖が公爵を飲み込む。
彼は逃げた。
妻を置いて。
タイはそれを見て笑った。
「はは……」
「見事な男だ」
「妻を捨てて逃げるとは」
逃走。
追跡。
そして――
血。
次の瞬間。
庭に現れた少女。
カムラ。
「……何?」
「この騒ぎは?」
「護衛は?」
「お父様は?」
階段を降りた彼女は――
見てしまった。
父。
地面を這っている。
両足は切断されていた。
母。
背中を貫かれ、木に吊るされている。
カムラの世界が崩れた。
そして。
タイ。
彼がそこに立っていた。
少女は叫ぶ。
「……ユウタロウ!」
「何をしているの?!」
タイは振り向かない。
だから。
彼女は本を投げた。
本はタイの足に当たる。
タイはゆっくり振り向いた。
涙。
怒り。
憎しみ。
カムラの目。
タイは――
嗤った。
侮辱するように。
カムラは震える声で言った。
「呪ってやる……ユウタロウ……」
タイは笑った。
そして答えた。
「違う」
静かな声。
「俺はユウタロウじゃない」
一歩。
「俺は――タイだ」
沈黙。
「ユウタロウは偽名」
「そして」
「お前たちが殺した」
「俺の息子の名前だ」
カムラの思考が止まった。
理解。
恐怖。
絶望。
すべてが一度に押し寄せる。
そして。
タイの笑い声が――
屋敷中に響いた。
タイは剣を持ち上げた。
公爵を殺すために。
だが次の瞬間。
軌道が変わる。
剣が走る。
少女の首が飛んだ。
カムラの頭は地面を転がった。
タイはそれを蹴った。
父の前へ。
公爵は娘の首を見る。
言葉は出ない。
顔だけが全てを語っていた。
タイは近づく。
「どうした?」
「娘だろう」
「何か言えよ」
公爵は泣きながら叫ぶ。
「待ってくれ!」
「頼む!」
「何でもする!」
「金をやる!」
タイは止まった。
「金?」
「どこだ」
公爵は笑った。
助かったと思った。
「寝室の枕の下に鍵がある!」
「地下の金庫だ!」
「取ってくれ!」
タイは答える。
「いいだろう」
彼は背を向けた。
歩き出す。
公爵は笑う。
その瞬間。
腕が切断された。
肉が裂ける。
骨が砕ける。
身体が――
爆ぜた。
タイは地下へ降りる。
金庫を開ける。
金。
宝石。
だが。
臭い。
腐臭。
さらに奥へ。
そこにあった。
子供の死体。
無数の。
タイの表情が変わる。
頭を押さえる。
記憶。
封じていた過去。
叫び声が漏れた。
壁を拳で砕く。
タイは地上へ戻る。
庭へ。
煙草に火をつけた。
そして――
再び殺し始めた。
王国を。
すべて。
王国は死んだ。
通りは血で染まり、
建物は静まり返り、
生き物の気配は一つもない。
ただ――
死体。
山のように。
腐敗の匂いが風に混ざる。
そしてその光景を見た諸国の軍は震えた。
戦場を何度も経験した兵士たちでさえ、顔色を失った。
何人かはその場で嘔吐した。
何人かは気を失った。
それほどの地獄だった。
誰かが叫ぶ。
「……こんなことをした奴らは……」
「必ず殺す!!」
その時。
結界の中で。
タイはその声を聞いていた。
ゆっくり振り返る。
そして小さく笑う。
「面白いな」
静かな声。
「この光景を見て……」
「人類への脅威だと言うのか」
「笑わせる」
タイは呟いた。
「やったのは――俺一人だ」
やがて。
三つの王国の軍が到着した。
数百万の兵。
英雄召喚された勇者たち。
将軍。
騎士団。
すべてが集結する。
王国を包囲した。
兵士が叫ぶ。
「出てこい!!」
「卑怯者ども!!」
その言葉を聞いた瞬間。
タイの目が冷えた。
「卑怯者?」
怒りが滲む声。
「卑怯なのは……」
「お前たちだ」
「俺と」
「妻と」
「子供たちに」
「何をした?」
空気が震える。
タイは言った。
「だから誓う」
低い声。
「お前たちを」
「皆殺しにする」
タイは結界の外へ歩いた。
後ろの部下に言う。
「ここから出るな」
「俺が呼ぶまで」
彼らは答える。
「……はい」
タイは前へ進む。
軍がざわめく。
「誰だあいつは?」
「どうやってこんなことを……」
タイは指を動かす。
結界が消えた。
次の瞬間。
戦場全体を覆う新しい結界。
逃げ場はない。
タイは笑った。
狂ったように。
兵士たちの背筋が凍る。
そして言う。
「王国を殺したのは」
自分の手を見る。
「この手だ」
沈黙。
誰も信じない。
タイは指を一本立てた。
「お前」
中央の兵士を指す。
「消えろ」
次の瞬間。
その兵士は――
消えた。
血だけが残った。
戦場が凍りつく。
タイは言う。
「思い出したか?」
「俺だ」
「タイ」
その名前が戦場を震わせた。
「……タイ?」
「あり得ない」
「死んだはずだ!!」
タイの目が燃える。
「生きている理由は一つ」
「お前たちを」
「殺すためだ」
その時。
タイは彼らを見た。
勇者たち。
かつて一緒に召喚された者たち。
そして――
彼を嘲笑った者たち。
盾の勇者。
役に立たないと言われた男。
タイは笑う。
「盾だから?」
「殺せないと思ったか?」
冷たい目。
「全員」
「殺す」
勇者の一人が叫ぶ。
「待て!!」
「俺たちは同じ世界の人間だ!」
「一緒にこの世界を支配するはずだろ!」
タイは笑った。
「お前」
「俺の名前は覚えてない」
「だが最初の出会いは覚えてる」
兵士が叫ぶ。
「盾の勇者だぞ!!」
「攻撃できるわけが――」
タイは言う。
「お前が最初だ」
次の瞬間。
タイのオーラが解放された。
嵐。
大地が揺れる。
森が倒れる。
地面が裂ける。
空が暗くなる。
兵士たちは呼吸できない。
何十万が窒息した。
何十万が焼かれた。
ただ――
オーラだけで。
戦場は墓場になった。
兵士たちは勇者を見る。
「勇者様!!」
「倒してください!!」
その瞬間。
タイが動いた。
一瞬。
勇者たちの身体が切断された。
頭だけが残る。
タイはそれを拾う。
恐怖。
兵士たちは震える。
泣き叫ぶ。
「許してくれ!!」
「お願いだ!!」
タイは言う。
「謝罪で」
「家族は戻らない」
そして。
戦争が始まった。
タイは飛び込む。
黒い糸が腕から伸びる。
細い。
だが鋼より強い。
剣が抜かれる。
戦場が爆発する。
腕が飛ぶ。
脚が落ちる。
首が転がる。
血が雨のように降る。
タイは笑う。
狂気の笑い。
「どうした!!」
「勇気はどこだ!!」
彼は踊るように殺す。
死の舞踏。
兵士たちは逃げる。
叫ぶ。
「魂の収穫者だ!!」
だが逃げられない。
タイは飽きた。
糸を強化する。
数百万の兵。
二日かかった。
二日。
ただ殺し続けた。
そして。
戦場に残ったのは――
死体だけ。
⸻
その時。
タイの部下たちが到着した。
ドラクリナ。
ディアブロ。
二人は言葉を失った。
死体の山。
血の海。
そしてその中心。
タイ。
死体で作られた椅子に座っていた。
剣を地面に刺して。
静かに。
ディアブロは震えながら笑った。
「……はは」
「俺……」
「前に死ななくてよかったな」
ドラクリナは囁く。
「これが……タイ?」
ディアブロは答える。
「違う」
冷たい声。
「これは」
「俺たちが知ってるタイじゃない」
「顔に感情がない」
「心に躊躇もない」
「静かに歩いて」
「確実に殺す」
「彼の武器は銃じゃない」
「必然だ」
タイは言った。
「これは」
「俺の怒りの」
「ほんの一部だ」
そして。
彼は歩き出す。
人類を滅ぼすために。
首を集めながら。
二ヶ月後。
彼はエルフの森に辿り着く。
弓が向けられる。
「止まれ」
「危険人物だ」
矢が飛ぶ。
タイの頭に当たる。
だが。
彼は死なない。
矢を掴む。
そして言う。
「女王を呼べ」
「ローザを」
エルフたちは震える。
「なぜ名前を……」
タイはオーラを少しだけ出す。
森が悲鳴を上げる。
木。
精霊。
魂。
すべてが叫ぶ。
そして――
女王が現れた。
「入れ」
タイは森へ入る。
ローザは彼を見る。
血まみれの身体。
「何があった」
タイは答える。
「これだ」
棺を出す。
ミコ。
ローザの娘。
そして。
人間の首の山。
ローザは震える。
「……何をした」
タイは言う。
「約束した」
「娘を殺した者の首を」
「持ってくると」
ローザは棺を見る。
涙が落ちる。
「……ミコ?」
タイの声が崩れる。
「そうだ」
沈黙。
ローザは泣いた。
「私の悲しみは」
「お前の半分にも届かない」
そして彼女は言う。
「森に入れ」
六年ぶりだった。
少し後。
ローザが聞く。
「いつ死んだ?」
タイの声は詰まる。
「……言うな」
「もう耐えられない」
煙草を取り出す。
火をつける。
ローザは消す。
タイはまたつける。
また消される。
タイは睨む。
「もう一度消したら」
「殺す」
オーラが漏れる。
森が悲鳴を上げる。
ローザの頭が割れそうになる。
それでも言う。
「森が燃える」
タイは冷たく言う。
「なら試せ」
沈黙。
タイは森を出た。
ローザが聞く。
「どこへ行く」
タイは空を見る。
色のない空。
そして呟く。
「……分からない」
静かな声。
「たぶん」
「自殺する」
雨が降り始める。
彼は壊れた家に戻る。
膝をつく。
そして泣いた。
子供のように。
笑いながら。
泣きながら。
ミコが死んでから――
彼は一度も眠っていない。
眠ると夢に出るから。
タイは空を見る。
「こんな痛み」
「生きて感じるとは思わなかった」
静かな雨の中。
世界で一番強い男は。
ただの――
壊れた子供だった。
(第十一章の終わり)




