#7 人魚は立つし、なんなら可愛い
「「に、人魚が立ったぁ!?」」
俺と彩葉が、双子も頷くシンクロで声を上げた。入口では、戸惑う人魚だった女の子がそわそわしている。
蒼太がのそりと動いた。近くに在った雑誌を両手にそれぞれ持つと、一冊を俺の顔の前にずいっと近づける。雑誌の表紙に描かれたリアルな目が視界いっぱいに広がった。
「どうした? 蒼太??」
「悟。今の彼女の姿を僕達が視るのは、どうかと思う」
蒼太の行動と言葉、今までの情報から気づいてしまった。彼女、あのTシャツの下はノーブラ&ノーパンだ。……だめだ! 想像するな!!
煩悩に塗れた俺とは違い、冷静な蒼太は彩葉にあることを頼んだ。
「森宮さん、買ってきた服を彼女に着せてくれる?」
「わ、わかった!……だ、だいじょうぶ? さぁ、こっちに」
カサカサと買物袋が擦れる音がする。彩葉は、着替えが入った袋を持ってパタパタと俺達から遠ざかった。そして、リビングの扉が静かに閉まる。
その音と共に、蒼太は目隠しに使った雑誌を降ろした。彼はぼそりと呟く。
「なるほど、あの悟はこの事も知っていたんだね?」
「ま、まさか! 嘘だろ??」
確かに人間の脚ならばパンツが穿ける。それを見越していたのか!! 背筋にヒンヤリとしたものを感じると同時に、奇怪な現象に、俺の胸はときめいた。
◆
リビングで彩葉たちを待っていた俺は、一反木綿(仮)を観察していた。
俺が一反(略)をジーッと見ていると、視線に気づいた一反は、嬉しそうに寄ってくる。顔は無いので表情は読めないが、動きで楽しんでいることは伝わった。
俺と遊んで満足すると、一反は天井の隅に戻り、先ほどとは違う軌道でくるくると泳ぐ。その軌道はまるで『♡』だった。……人懐っこいな、コイツ。
「お待たせっ」
リビングの扉が開き、彩葉と人魚のあの子が現れた。あの子はシンプルな紺色のシャツワンピースを着ていた。清楚で落ち着いた空気を醸し出す彼女には、とても良く似合っている。さすが彩葉様、センスがいい。出資者は嬉しい。
人魚は彩葉に介助されながら、ゆっくりと席に着いた。彼女は深々と頭を下げたあと、ゆっくりと顔をあげる。そして俺達の顔をみると、口を開いた。
「みなさん……溺れていた所を助けてくださって、ありがとうございました」
人魚は柔らかく、可愛い声をしていた。
ずっと聞いていたい心地よい声だ。でも、その声で俺の疑問は確信に変わった。夢に出てきたのは彼女だ。そんな彼女は、おっとりとした口調で話しを続ける。
「初めまして……ですね? 私の名前は、白浜 珊瑚といいます」
夢の答え合わせが続く。名前まで同じだった。
こんなの偶然で済ませていいのだろうか? あの夢は一体?……なんて考えていた俺の肩を、蒼太が指でトントンと叩いた。ハッとした俺は珊瑚に紹介する。
「初めまして。俺は永島 悟。君の隣に座っているのが森宮 彩葉。で、正面のこいつは高橋 蒼太だ」
俺の紹介に合わせて、二人は「よろしく」と言って、ぺこりと会釈した。
「悟くん……彩葉さん……蒼太さん」
珊瑚に名前を呼ばれると、心がくすぐったい。
彼女は俺達の名前を小さくつぶやくと、「おぼえました!」と言わんばかりに、ぱっと顔を輝かせた。
――……可愛い。なんだ、この可愛い生き物!?
俺は平静を保とうと質問した。
「もう体の方は大丈夫か?」
「はい、おかげさまで大丈夫です」
――あー……可愛い。
にこっと笑う彼女が眩しかった。脈が速くなる。落ち着け、俺。
俺はみんなの疑問を代表して聞いた。
「珊瑚ちゃんってその……人魚だよな? なんで溺れていたんだ?」
部屋が静かになった。珊瑚は柔和な表情を変えず、おっとりと答える。
「人間になる薬を、海の底で飲んでしまいました。それで息が出来ずに溺れてしまって……。私は皆さんのご想像通り、あやかし。人魚です。体が乾燥した今は人間の姿になっています」
人魚が存在した! 俺の胸は、さっきとは違う鼓動を刻む。珊瑚の隣に座っていた彩葉も目を輝かせていた。
「わぁ……まるでお伽噺みたい。人間になる薬もあるんだ! 人魚姫のお話と一緒ね!?」
確か、アンデルセンの人魚姫だっけ? あの話は、人間の王子に恋した人魚姫が、彼に近づく為に、海の魔女から貰った薬を飲んで人間の姿になる……あれ?
「珊瑚ちゃんは溺れていた時、人魚の姿だったよな?」
そうだ、溺れて海から引き上げた時は、綺麗な鱗と鰭を持っていた。人間になる薬を飲んだ割には不完全過ぎやしないか??
珊瑚は悲しそうな顔をして、ゆっくりと答えた。
「ええ、薬が不完全だったようです。本来ならば、飲んだ時点で人間の脚になるのに。私は、水から出て脚が乾かないと、人間になれないみたいです。逆に、脚が水に濡れると、人魚の姿に戻ります」
そう言って彼女は、グラスに付いた水滴を指で掬うと、自身の脚にポタリと落とした。すると、白い脚からピンクの鱗が生えてくる。2本の脚は1つの魚の尾へと変わった。
30秒もしないうちに、彼女は人魚の姿に戻ってしまった。鰭の先に白いレースが付いた小さな布が見えたが、隣にいた彩葉が光の速さでそれを隠した。ま、まさかパンt……。
パンツの存在に気付かなかった蒼太は、冷静に分析した。
「なるほど。今の白浜さんは、水に濡れると人魚の姿に戻るけど、水中で呼吸が出来ない。じゃあ、海に帰りたくても帰れないね?」
蒼太の問いに、珊瑚は悲しそうに頷いた。
珊瑚は脚に付いた水滴を、彩葉が差し出したタオルで拭う。すると珊瑚の脚は再び人間のそれになった。――パンツの事は考えるな。
「僕の予想だけど……白浜さんは人間になる薬を、自分の意志で飲んでいないよね? もし飲むなら、溺れない所で飲むはずだ。海底でなんてリスキーすぎる」
――おお! 一理ある。
その問いに対して珊瑚は黙って目を伏せた。
その沈黙は肯定なのか? 否定? だが、肯定となると、このお伽噺も風向きが変わってくる。風向きに気付いた彩葉が、恐る恐る珊瑚に尋ねた。
「えっ!! 珊瑚ちゃん。どういう経緯で薬を飲んだの?」
「友人に貰った食べ物に入っていたようです。私の婚約者の事で相談があると言われ……」
「「婚約者ぁぁぁ!?」」
俺も彩葉も、珊瑚に婚約者がいる事に驚いてしまった。俺達の叫びを聞いた珊瑚も目を丸くして驚いていた。驚いた顔も可愛い。
けど、婚約者が居るのかぁ……何だろう? 胸が痛い。




