#3 夏休みとオカルト研究会
『好きなものを語りあい、知的好奇心を共有する仲間が欲しい! 謎とロマンに満ちた青春を!!』
という事で、俺は高校に入り『オカルト研究会』を発足した。
だが蓋を開ければ、メンバーは3人(俺含む)。しかも、うち1人は幼稚園からの腐れ縁だ。
――ま、まぁ……地道に会員を増やすのも一興ってヤツ?
なので、会員と部活昇格の機会を掴み取るため、10月の学校祭でオカ研の活動をアピールするのだ。その為に、夏休みも地道に活動して、地域の伝承を集めている。
おまけとして美化活動も始めた。『面接の話題も増えて、1粒で3度おいしい』って言うのが、副会長の案。まぁ、掃除くらいいいかと会長の俺は許可した。
◆
「悟っ! もうっ! 遅いッッッ!! 30分遅刻!! なんで自転車より本人の到着が遅いのよぅ!! 会長でしょ!? このっ……万年遅刻魔ァ!!」
――正確には25分の遅刻だ。だが、ここで訂正するのは愚策!
子犬のようにキャンキャン吼えるのは幼馴染・森宮 彩葉。
俺と同い年で、オカルト研・副会長を務める。ちなみに口癖は『平均身長になりたい』だ。
今日の彩葉はオーバーサイズのTシャツとブルーデニムにスニーカー。夏らしさと動きやすさを兼ね揃えた恰好だ。
普段は向日葵のような笑顔を咲かせる彼女も、俺の遅刻癖には唇を尖らせ「もうっ! もうっ!」と文句を言う。
そのたびに、彼女の肩で切り揃えられたブラウンの髪が、麦わら帽子の下で軽やかに揺れた。
俺は彩葉の説教に「ハイ」「スイマセン」と繰り返し頷きながらチラリと周囲を見渡す。彼女の傍らには、俺の愛車が置いてあった。良かった。
「……って言う事だから、次から気を付けてよね!」
――おっ! 彩葉の説教が終った。暑いからな。
「わかった。気を付ける! ……でも、俺の遅刻を見越して集合時間を早くしてるんだろ? 蒼太?」
俺は彩葉の隣にいる、もう1人の人物に話しかけた。
少し伸びた色素の薄い髪に、端正な顔立ちと涼しげな目。『人生7回目』と言われても納得してしまう程、大人びた落ち着きを纏っている。身長も俺より高い。
彼は、高橋 蒼太。
オカ研3人目のメンバーであり、高校で出来た親友だ。運動部の誘いを全て断り、オカ研に入会した謎多き男である。
今日は細身の黒いパンツに白Tシャツ、その上に紺のシャツを羽織っている。うん、大人だ。
「そう、気付かれたか。じゃあ、次回からはもっと早くしないとね? 森宮さん、僕達長く待たされたことだし……帰りは悟にジュースでもご馳走して貰おうか?」
蒼太は微笑みながら彩葉に提案すると、彼女は頬を染めて一生懸命に首を縦に振った。
――分かり易っ! 荒ぶる小動物も、恋の魔法でこんなにも大人しくなるんだな? しかもジュース・ゴチが確定だし!
俺は悲報に肩をがっくり落すと、蒼太の足元に置かれモスグリーンの物体が目に入った。農作業や工事現場で使われる荷物を運ぶための、手押し一輪車だ。
「蒼太。これ、どうしたんだ?」
「ああ、祖父が『掃除するなら』って貸してくれたんだ。あと差し入れも」
一輪車の中には、麦茶の入ったペットボトルが汗をかいていた。その下にはゴミを入れるビニール袋やトング、軍手も入っている。
蒼太の爺ちゃん、神か!? これは見合った働きをしないと罰が当たってしまう。
今日、俺達の活動場所となる祠の管理者は、蒼太の爺さんだった。
オカ研の活動を快諾してもらい助かっている。さらに後日、祠の由緒に付いても詳しく教えて頂く。この夏、オカ研に死角は無い。安泰だ!
「じゃ、暑くならないうちに始めようか。遅れた罰にネコを押してってよ。会長?」
蒼太は「こちらをどうぞ」というジェスチャーで、俺に一輪車を勧めた。麦茶を飲んで落ち着いた彩葉も「うんうん!」と首を小さく縦に振る。
ここは、大人しく従った方が、安く済みそうだ。
「へいへい、喜んで運びますって」
俺は慣れた手つきで一輪車の持ち手を握ると、軽快に押し始めた。祠に至る浜辺を、蒼太を先頭にして歩きはじめる。
群青色の海は今日も穏やかで、遠くから海鳥の声が聞こえてくる。
白い浜辺には、古い救助浮き輪や壊れたブイ、見慣れない文字のペットボトルなどが流れ着き、帰りはこれを拾いながら戻る。
いつのまにか、俺の隣を彩葉が歩いていた。今日も彩葉は、その体に見合わない大きなトートバックを肩から提げている。
「相変わらず荷物が多いな。今日は何持ってきたんだよ?」
「何って、タオルだよ? 悟は海に落ちると思って」
彩葉は、悪意のない澄んだ目でサラッと言ってのけた。
――彩葉さん? 俺の事、小学生だと勘違いしてません?? 来年、成人なんだが!?
「……お、落ちねーし」
「え? 去年は川で、コントみたいにキレイに転んで、ずぶ濡れになったじゃない。今回は海だから必要でしょ?」
――おい……俺がずぶ濡れになるフラグを立てるな。それに、去年は絶対足首を何かに掴まれたんだって! 俺の不注意では無い!! いかん。今興奮すると頭がクラクラする。話を逸らそう。
「はぁ……今年は大丈夫だって。その荷物、ここに乗せろよ。せっかくの夏休みなんだから、蒼太ともっと話して来いよ」
幼馴染の進展が見えない恋を手伝うのも、幼馴染の務めだ。俺に荷物を預けて、蒼太と並んで話せばいいのに……彩葉の行動は真逆だった。
彩葉は目を丸くすると、ふるふると首を横に振った。そして、小さな手でバシバシと俺の肩を叩きながら俺に小声で抗議する。
「なッ! ななな……なに言ってるのよ! 私を一人にしないで!! 上手く話せなくて、変な人って思われちゃうぅ」
彩葉は蒼太と1対1で話す時、とーってもぎこちない。その光景は穏やかな大型犬にビビるウサギのようだ。
「蒼太は優しいし、とって食いやしないから大丈夫だって」
「とって……食う……ぁぁぁぁぁぁっ!」
彩葉は小さく叫ぶと、両手で顔を覆い再び首を横に振った。耳まで真っ赤だ。コイツ、何を想像してやがる。こんな調子じゃ蒼太に気持ちを伝えられるのは、当分先になりそうだ。
砂浜を5分程進むと、ゴツゴツとした岩の上に、浜を一望できる小高い丘が見えてくる。俺は一輪車を浜辺に置いて、積んでいた飲物や道具一式を持った。石段を三人で昇って行く。
この先に木製の小さな祠が鎮座しているのだが……石段を昇り切り、先頭を歩く蒼太がピタリと止まった。そして、彼は落ち着いた声で告げたのだ。
「あちゃー。これはマズいね」
「「??」」
俺と彩葉は顔を見合わせた後、蒼太の陰からひょっこりと頭をだし、祠の方を見る。
「はぁぁぁぁ!?」
「ふえぇぇぇ!?」
俺と彩葉が素っ頓狂な声で叫ぶのも無理ない。だって、祠が粉々になっていたのだから。




