第13話 「君と俺との境界線」
耳鳴りのように残る「ひひひひ……」が脳裏から消えず、笑い声に、俺は立ちすくんだ。
モニターの黒い画面に映るはずのアバターは、もういない。けれど、彼女のあの笑いはずっと頭の中を反芻している。途端に胃の中から何かが込み上げるのを感じた。
「気持ち悪い……!」
俺は慌てて口を押さえ、机から飛び退いた。
昼の光に照らされた部屋は、どこも普段通りで、怪しい影なんてひとつもない。
――なのに、全身を締めつけるような吐き気と寒気は消えない。
壁に立てかけた姿見鏡を、うっかり視界に入れてしまう。
……そこには、俺がいる。いや、雨宮莉の身体の俺。
肩を上下させて呼吸を荒くしている小柄な少女の姿。
「……なんで、笑ってんだよ」
鏡の中の“俺”の口元が、かすかに吊り上がっている気がした。
錯覚か? そうだ、そうに決まってる。
でも次の瞬間、背筋に氷を突き立てられるような感覚が走った。
――“俺”じゃない誰かが、俺を見て笑っている。
「……やめろっ!!」
反射的に鏡から目を逸らし、玄関へ駆け出す。
ドアノブを捻り、勢いよく外へ飛び出すと、まぶしい昼の光が一気に視界を焼く。
「ああああああああ!!」
怖い。怖い。怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
コンビニ袋を下げて歩いている学生、スマホを覗き込む主婦。
世界は普段どおり動いている。
でも俺の中では、もう何も普段通りじゃない。
呼吸を整えようとしても、喉が焼け付いたみたいにうまく息が吸えない。
頭の奥ではまだ「ひひひひ……」が繰り返され、耳鳴りのように離れない。
俺はその場にしゃがみ込み、額に手を当てた。
――ここからどうすればいい?
俺として生きるのか、雨宮莉として振る舞うのか。
もう、その境界線さえ曖昧になってきていた。




