第18話:目覚める世界と、目覚めぬ者たち
世界が“再び魔法を受け入れた”日から、三日が経った。
大陸の各地では、止まっていた魔導具が光を灯し始め、
古代都市の遺跡からは未知の文様が浮かび上がった。
「……これは……魔力の反応……?」
西方の森で魔道具を拾い上げた少女が、震える手で古文書をなぞる。
北の雪山では、長らく眠っていた“魔法竜”の幼体が目を覚まし、空を舞った。
“世界”が呼吸を始めたのだ。
◆ ◆ ◆
一方、神殿《レガシアの環》の最奥。
ルシアは、水晶のような繭の前で静かに立ち尽くしていた。
「……彼らはまだ、目覚めないのね」
繭の中に眠るのは、千年前の“契約者たち”。
ルシアと共に魔法を守り、世界を繋ぎ止めようとした、かつての同志たち。
その一人、元第六柱《暴食》の継承者・ナージェル。
理知的で温和な男だったが、最後の魔法戦争で己の魔力を暴走させ、暴食の泥に沈んだ。
「ルシア……魔法は、本当に戻ったの?」
背後からリオンが現れる。
「ええ。けれど、“彼ら”は目覚めない。
まだ“新たな契約”が完全に世界に馴染んでいないのよ。過去と未来がつながりきっていない」
リオンは水晶に手をかざす。
かすかに伝わってくる魔力は、凍ったように眠ったままだ。
「……もし、このまま“旧契約者”たちが目覚めなかったら?」
「それでも、私は進むわ」
ルシアの声は迷いなく強かった。
「世界は、これから“新しい魔法”とどう向き合うかを試される。
過去に縛られるのではなく、“未来を生きる人々”のために使われるべきよ」
そのとき、水晶のひとつがかすかにきらめいた。
――“彼”が動いたのだ。
それはかつて、ルシアと肩を並べた“第七柱《色欲》の契約者”、ソレイル。
その青年の目蓋が、わずかに震える。
「……ルシア……?」
その名を呼ぶ声は弱々しく、だが確かに、希望の兆しを示していた。
リオンが目を見開く。
「目覚め始めた……!」
ルシアはゆっくりと頷いた。
「ええ――ようやく、“彼ら”の時間も動き始めたのよ。過去が、未来に追いつこうとしてる」
そのとき、神殿の外で大地が鳴動する。
空が震え、雲が割れ、七色の光が空から降り注ぐ。
「これは……!?」
ルシアの瞳が見開かれた。
――それは、“神”からの再臨の兆し。
だが、それはかつての破壊者ではなかった。
“契約者たち”がすべて目覚め、リオンと共に新たな世界の理に立つことを求める、試練の続きだった。