22・あなたはまだ周家のもの
「笑うところじゃないですよね」
「全部話したのは理由があるのよ」
「理由?」
「喰呪鬼さん、あなたの能力には『条件』があるってわかったでしょう。中には宮廷側が見過ごせない『条件』もあるわ」
「宮廷側が見過ごせない条件ってなんです?」
夜鈴の目をじっと見つめ、芳静が笑顔を引っ込めた。
「喰呪鬼さん。いえ、夜鈴様。実はあなたはまだ、周家のものなの。あなたの古い先祖が周家と交わした契約があるの」
「わたしが、周家のもの?」
「あなたの古い先祖が、末代まで周家の血族に仕えると誓った記録が残っているの。他家の者が操れる妖など後宮に置いておくことはできないわ。宮廷にとって、主上にとって、とても危険ですもの。夜鈴様、あなたは周家にお帰りいただきます。あなたの気持ちを考慮することはできません」
「周家に帰る? 待って、待ってください。そんなの――」
「あなたは皇帝陛下にとって道具に過ぎないの。わたくしたち宮廷方士が、あなたを道具として呼んだことを主上も承知しておいでですもの。でもよく調べたらあなたには危険があるってわかったの。残念だけれど周家にお返しするわ。ここでのお役目は心配しなくて大丈夫よ。この世に喰呪鬼はあなた一人ではないのだから」
「危険って? 危険ってなんですか!」
「あなたは周家の血統に逆らうことができない。もしも周家が皇帝の政敵に寝返ったら? そんな危険な妖を内城に置いておけるわけないでしょう?」
芳静は流れるように語り終えると、勝ち誇ったようにもう一度、クスッと笑った。
「お父様は、喰呪鬼の存在自体が迷信だと思っています」
「周家の現当主は自分に都合のいいことだけを信じる愚物よ。あなたの父親は家庭不和の元凶である喰呪鬼の引き取りを渋ったけれど、周家には正当な娘がいるでしょう。麗霞様は事の重大さにお気づきよ。周家を代表して、麗霞様があなたを引き取りにおいでになるわ。周家の血筋でいらっしゃる、麗霞様がね」
「……そうですか。妹が」
「あなたは――」
芳静はそこで言葉を切って夜鈴のほうへ手を伸ばした。夜鈴の顎を指で支え、くいっと上を向かせる。初日も同じことをされた気がするが、あのとき夜鈴はなにも思わなかった。
今ははっきりと思う。
勝手に触るな。人形扱いするなと。
「あなたは、麗霞様に逆らうことはできない」
芳静がうっすら笑っている。これはうれしい笑いだなと夜鈴は思った。
口先では宮廷にとって危険だからと言っているが、きっと芳静自身が、夜鈴を邪魔に思っている。それに気付かないほど、夜鈴は鈍感ではなかった。
(やっぱり邪魔にされちゃった……)
邪魔にされたくなかった。憎まれたくなかった。もう誰にも憎まれたくなかったから、星宇の寵愛もいらないと思った。皇帝陛下の寵など受けず、小さな殿舎で香月と下女たちと、ひっそり静かに暮らしていけたらどれだけしあわせだろうと思った。
けれど星宇があたたかいから、なにも無理強いせず傷だらけの夜鈴に寄り添ってくれたから、いつのまにか欲が出てしまった。
後宮での穏やかな日々に、星宇もいてくれたらと。
(なんであの人皇帝なんだろうなあ)
皇帝ってなんだろう。周家と菫花殿しか知らない夜鈴は世界が狭すぎて、国を統べるなんて想像もつかない。夜鈴にとって皇帝なんて、幼いころ祖母が語り聞かせてくれたおとぎ話の世界の人だ。
おとぎ話の世界ではなく、小さな村に生まれてやさしい家族に囲まれて暮らしたかった。年頃になったら、同じ村で育った青年と祝言をあげる。国のことなんて考えず、夫と生まれてくる子供のことだけ考えて、まじめに働いて静かにしあわせに――。
「芳静様」
「なにかしら」
「ひとつききたいことが」
「なあに」
「妖の村ってあるんですか?」
唐突な夜鈴の質問に、芳静は面食らったようだった。きょとんとしている。
「あるわ」
「そうですか。ありがとうございます」
どこにあるかは芳静ではない別の誰かに訊こう。夜鈴がそう考えていると、芳静が怪訝な顔で「妖の村が何だって言うの。あなたは周家に帰るのよ」と言ってきた。
夜鈴はなにも答えなかった。
香月とずっと一緒にいたかった。
星宇の照れた顔を思い浮かべた。もしかしたら、少しは夜鈴を好きになってくれたのかもしれない。
愛珍は悲しみに沈んでいた夜鈴をたすけてくれた。
桜綾は変人で強引だけれど根は親切そうだった。
(わたし、後宮を好きになりかけてたな……)
「麗霞様がもうすぐ星照殿にお着きになるわ。輿を寄越すから、すぐに準備なさいな」
急かすように芳静が言う。夜鈴が絶望に暮れる様子を見せないせいか、芳静は少し、不安そうだった。




