七月十四日(金) 午後五時五分 境内
(いったいどういうことだ。この女の人はもう解けるって……。)
『悲劇』のほうは、文の頭に置かれていることもありヒントが少なすぎる。どう頑張っても、ぼくたちがだす答えは想像の域を出ない……。と、なると『空に波が届き』の方なんだけど。これも曜日を表していた部分と同じで謎解きなのか?
でも、わからない。手をあごに置き周りを見渡す。かなり大きな神社だ。境内はよく掃除がされていて、本堂まで続く参道は石畳で舗装されている。ところどころ苔が生えていて風情があり、街にある神社とはまた違った厳かさを感じる。風に揺らめく枝葉のかすれる音は落ち着くけど……まったくなぞ解きの考え方がわからなくてそれどころではなかった。
「……だいぶ悩んでいるようだね。まあ、ワタシとしては、嬉しいかぎりだけど」
うーん、とうなっているぼくたちを交互に見てにやにやと笑っている。なんでこの人が嬉しがっているんだろう。少しむっとしたが、まずは目の前の問題に集中する。
「そうだね、もう少しだけヒントをだすとするなら――」
「いや、ヒントはいらない。オレたちで絶対に解いてみせる。もう少し時間をくれ」
「ほぅ……」
駿英が彼女の言葉を遮る。彼女は少し驚いた表情をしていた。いつもなら問題がとけずにいるとすぐに答えをねだるのに。
「あのなぁ…、おまえが言ったんだぜ。これはオレたちが解く、って。もう答えが出せるんだったら、これ以上はなにもいらねぇ。それに、あきらめないことはこの一週間の勉強ですこし学べたぜ」
「駿英……」
意外だ。彼がここまで言うことなんてめったにない。ぼくの中ではいつまでもこらえ性で我慢できないイメージだったのに。いつの間にか変わっていた。というか一週間でここまで変わることが出来たのか。これは本当に次のテストは危ないかもしれない。彼女は駿英の言葉で表情を変えたがいまはもう、あごに手を当てて変わるず笑みを浮かべている。
「……どうやらワタシは、恋心だけじゃなく友情までも育てていたみたいだねぇ」
神社の敷地内、ふたりであーでもないこーでもないと考え、ついに答えを出した。
「――――太鼓の音が鳴り響くときに『悲劇』は起こる。うん、時間はかかったけどよく導きだした。合格だ」
波は、物理の授業で振動が次々に伝わる現象のことを指す。この波の一種に音があり、空まで届く大きな音をだす太鼓が答えに絡んでいるんじゃないかと考えた。さっき、この人は祭りについて話しているときに太鼓について言っていた。それが彼女からのヒントだったんだろう。……わかりづらすぎる。
「太鼓の音が答えだったのか……。なかなかに難しかったな」
「そうかい? 一応すべて中学一年生で習う範囲にしたんだけどなー」
「まだ習ってなかったりするんですよ……それであなたはいったい山本先輩と一緒に夜の図書館で何をしていたんですか?」
疲れ果てた駿英を見て、けらけらと笑っていた彼女だったが、整った眉をピクリと動かし不敵な笑みへと表情を変えた。
「何を言い出すんだい。さっきから言っているだろう? ワタシは、この神社の亡霊だと、それ以外のことは何も知らないともね。それともなにかい? そこにワタシがいたという証拠でもあるのかな?」
挑戦的な言い方だ。よほど自信があるんだろうけど……。
「そうだぞ、つばき。この人が幽霊じゃないのは当たり前だけどよ、図書館にいただなんて、あまりにもぶっとんだ考えじゃないか?」
「それがそうでもないんだよ駿英。……この神社、月牟呂神社は、ぼくたちが利用した図書館を管理しているんだ。市街地で見たことがなかったけどこんな山の中にあったなんて思いもしなかったよ。もしこの人がこの神社の関係者なら、図書館の構造は熟知しているはずだし鍵だって持っているはずだ。それに……あまりにも謎について知りすぎている。ヒントをあげると言って人気のいない神社まで案内して、まるで答えが知っているかのように問題のアドバイスをしてきた。さっきの太鼓の音だって作った本人か山本先輩くらいしか明確に答えを知らないはずだ」
彼女の目がどんどん細くなる。それはまるで獲物を見つけて狙いを定める肉食獣のようだ。
「た、たしかに……」
「そして……もしこれが本当なら、この人は図書館地下の異臭の原因について知っているかもしれない…もしかしたら犯人かもしれないんだ!」
言ってしまった。さあ、もう後戻りはできないぞ。ぼくがこの人を怪しいと思っている理由はある。
ぼくたちがテラスで先輩を見つけたとき、先輩は電話越しで誰かとやり取りをしていた。その相手はきっとこの人だ。そして、駿英や花梨、山本先輩の話を聞くと、山本先輩はこの人にだいぶ振り回されていたみたいだ。山本先輩はあのとき、一人でテラスにいた。図書館内のことはわからない。だから、音を出して歩く人がいたとしても、それがこの人じゃない理由にはならない。あたかも、ほかに人がいた風に話を作り山本先輩をだますことだってできる。
得体のしれないこの人は怪文を解くヒントを与えてくれたけど、いまだ正体がつかめない怪しい人物なんだ。そんな人がいま、表情を一切崩さず、ぼくたちと距離を詰める。学生服の少女から逃げた時と同じように動かないといけない。でも、なんでか体が動かない。このままだと――っ。
「やれやれ、そこまで推理していたとはまったく――君は賢すぎるね」
一歩、また一歩と距離を詰め、彼女の瞳に映る自分が確認できるほどまで近づかれた。彼女は手をボクの方へと伸ばす。そして――ぼくの頭にぽんっと手を置きやさしく撫でた。
「君の言っていることはおおむねあっているよ。ワタシが山本クンを脅はく…仲間にしたこと、行動を共にさせたことや、夜の図書館にいたこと、この神社の関係者ということも」
「……え?」
「ただひとつ間違っていることがあるとすれば、図書館の異臭に関して私は知らなかったということだ。なにせワタシは、幼いころの事故で嗅覚が著しく低下したからね」
その言葉を聞いてぼくたちは愕然とした。
「嗅覚が……」
駿英の驚いた表情にも笑顔を崩さない。この女の人はとてもつよいんだな……。
「あの、疑ったりしてごめんなさい。つい、そうなんじゃないかって」
「いや、かまわないさ。君たちの視点からしたらあの夜に起こったことはあまりにも非日常的だったからね。それに嗅覚がなくなって悪いことだけじゃない。ほら、そのおかげでワタシはこうやってキミたちに出会えたんだから」
いったいどういうことだ。匂いをかぐことが出来なくなったことがどう関係するんだろう。そんな考えを見透かしたように、彼女が口を開く。
「……嗅覚がなくなったかわりに人の未来を占えるようになったのさ」
「未来を……占う?」
占いって朝のニュースとかでやってる星座占いとか血液型占いのこと……?
言葉の処理が追い付かず頭のなかに疑問符が浮かぶ。どういう意味なんだ!?
「まあ簡単にいえば特定の人間に起こりえる未来を予測できるということだよ。完璧なものではないけどね。ワタシはその力を使って、ある少女の願いを手助けするために今回の怪文書を作ったんだよ」
「それって一体……?」
「そうだね。話が長くなりそうだから、こっちについてきたまえ」
そう促されて僕と駿英は彼女の後ろをついていき境内の奥へと歩く。本堂までの参道を右側にずれるとそこには、『占い研究会』と書かれた看板が玄関につるされている建物があった。




