七月十三日(木) 午前十一時 教室
それまで静かだった教室は、テスト用紙を回収した先生の退室によって騒がしくなる。ぼくたちは休み時間になると、教室の窓際に集まって今回のテストがどうだったか話し合っていた。
「保健のテストは簡単だったねー。選択問題が多かったし、問題数もそこまで多くなかったしで。次のテストも簡単だったらうれしいなー」
「そうだね。何問か悩んだ箇所はあったけど九十点は超えてると思う。でも次のテストからはしんどいね。この時間中に復習とかしなくていいの?」
「うん、やめとく。今新しい知識を入れると、覚えていたものがぽんって頭からでていっちゃう気がして」
「それはあるかも。あーあ、どうしてテスト前ってあんなに覚えた知識があやふやになるんだろう」
花梨と二人で話していると、駿英が窓の外を眺めながらさわやかに、
「ふう、いい空だ。こんな日は外でスポーツをするにかぎるよな。よし部活にでも行くか」
といった。ぼくたちに追いつくために頑張って勉強していた彼だが、実技科目までは手が回らなかったらしい。おとといやった家庭科のテスト後もこんな感じで現実から逃げていた。
「……ざんねんだけど、まだあと二科目残ってるよ」
「それもお前のが嫌いな数学と理科だ」
「もう勘弁してくれ……」
そんな駿英に追い打ちをかけるように、テスト最終日のラスト二科目は理系分野だ。数日前まで線対称や点対称がわからなかった彼はどこまで成長したのだろうか。ぼくたちはあのあと、山本先輩と図書館の前で分かれてそれぞれ家に帰った。お母さんからは帰りが遅いって少し怒られちゃったけど、それよりも自分たちでも怪文の謎が解けたことが嬉しかった。
ふと教室を見渡すと皆それぞれ違った休み時間の過ごし方をしている。数学の教科書を読んでいたり、問題集を解いていたり、ぼくたちみたいにおしゃべりをしていたり様々だ。運動部の奴らもこの一週間だけは教科書やノートを丸めていない。でも、ノートを見ながら腕は素振りをしている。
……どれだけ体を動かしたいんだ。
そのなかで、一際目立っている人物がいた。クラスのどの輪にも属さない彼女は夏木 雪瓜。中性的で整った顔立ちから放たれる無愛想で冷たい言葉は彼女の魅力でもあり同時に欠点でもある。彼女と友達になりたいと思っている男子は数知れず、しかし彼女の周りには常に人が寄り付かない不思議な空間ができていた。そんな彼女はというと勉強をするでもなく、左手で頬杖をついてぼーっとしているように見えた。
「雪瓜ちゃんって、ミステリアスだよね。家でどんなことしてるんだろう?」
ぼくの視線につられて花梨も夏木さんの方を見る。
「…勉強以外だったら、悔しいな」
彼女が学年一位でこっちが二位。返却された中間テストの結果で、彼女は、ぼくの前に立ちはだかった高い壁だ。このときから夏木さんのことを一方的にライバル視している。今度こそは勝つという気持ちでやってきた。いまのところ、そんな大きなミスもないしひょっとしたらいけるかも?
「つばきが勉強で負けるなんてびっくりしたもんなー。まあでも今回はいけるさ」
ぽんっと駿英に肩を叩かれた。言葉の意図をくみ取ってか、励ましてくれたのだろう。でもそのまえに自分の心配をしたほうがいいんじゃないかな……まあ、うれしいけどさ。
「よし、二人とも。後の二教科も頑張るぞ!」
「「おぉー!」」
残り二科目。これで期末テストもおしまい。自分たちを奮い立たせた。
「――――あばばばば」
テストも、帰りの挨拶も終わった放課後、これで一学期の勉強はだいたい終わった。みんなこの三日間の疲れを感じさせる顔つきだったけど、どことなく表情は明るい。それもそうだ、なにせぼくたちの前に待っているのは中学生になってから初めての夏休みだからだ!
と、胸を弾ませていたら、駿英が壊れていた。心配なのでどうしたのか聞いてみたらなんと、理科のテストで解答用紙を一つずらして書いてしまったのだとか。苦手な数学を何とか乗り越えたこと後だったこともあり、集中力が欠けてしまったようだ。
「ちくしょー! 五科目だけでもかりんとつばきに勝つつもりだったのに!」
「まぁまぁ。そんな甘くないさ」
「わたしたちに勝つのは秋までお預けだね」
「う…うぅ。次は絶対にミスらねぇからな」
駿英は机に手をつきうなだれた。一週間まえからとはいえ猛勉強をしていたから五科目だけならひょっとして高得点を取ることも夢じゃなかったかもしれないだけに、今回のミスは相当こたえているようだ。
「ねぇ、テストも終わったことだしどこか遊びに行かない? わたし、隣駅のショッピングモールでお買い物したいの!」
「それいいな! 俺もこの悔しさをフードコートで発散させてやる!」
テストが終わり、夏休みがより一層近くなった感じがしてか、二人ともいつになくテンションが高い。でも……、
「……本当に言いづらいんだけど、このあと委員会の活動あります」
「「えぇ……」」
テストが終わった日、つまり今日、月に一回の委員会活動がある。他の委員会は休みなのだが、図書委員会だけはテスト明けの疲れと、勉強の気晴らしも兼ねて皆で集まりましょうということらしい。……そんな気遣いはいいから帰らせてほしいです。
「うーーん。じゃあお買い物はまたこんど一緒にいこっ。食いしん坊のお世話は一人じゃしんどいもん」
「そんな言い方しなくてもいいだろっ……それに、勢いで行くって言ったけど、午後からは部活あるから無理だったわ」
「フードコートでの大食いは注目の的になりそうだから抑えてくれ……。わかった。それじゃあ夏休みに入ってから行こうな。それで、金曜日の夕方は二人とも空いてる?」
金曜日の夕方、学校の裏山にあの文章を解読するためのヒントがある。一人で行くのもいいけど、どうせならみんなで行きたい。
「ごめん わたしその日は友達とお買い物に行かないといけないの」
「オレは別にいいぜ。裏山なんだからすぐに終わるだろ。それになにがあるか気になるからな」
「じゃあ、駿英は金曜日の放課後空けといて」
「おっけい、任せとけ!」
三人で行きたかったけど仕方ない。テストも終わっていよいよ怪文の謎解きも大詰め。ここ最近はずっとワクワクしっぱなしだ。
そして今日のところお開きとなった。……さてと、委員会活動に参加するため一週間ぶりに図書室へと向かうか。