七月十三日(木) 午前十一時半 図書室
「奈波くん、この内容はこっちにうつしたほうが見やすいかもです」
「そっか……。言われてみればそっちのほうがいいね。じゃあもともとあった『怖い本特集』はどこに移そう?」
「そうですね……かわいそうだけど少し内容を削ります。下の空いてる部分に入れて大丈夫です」
今回の委員会の仕事内容は、《夏に読みたい本》をお題として、各クラスごとB3サイズの画用紙を使って紹介するというものだ。テストで疲れている生徒が大半で、多くのクラスではあまり手が進んでいないようだったけど、ぼくたちはお互いが本好きということもあり、候補が多くて、内容を考えるのに時間がかかったものの、決まってからは順調に進んでいる。新田さんがぼくの書いた文章は推敲して、レイアウトまで一生懸命考えてくれていてとてもありがたい。このままいけば一時間もかからず終わるだろう。
「――ところでなんですが、奈波くんに貸している本あるじゃないですか? あの……その…読んでくれていますか?」
字をきれいに書くのが得意じゃないため、文章を書くのは彼女に任せて画用紙に色鉛筆やマッキーペンで色を付けていると突然こう言われた。
「もちろん! 先がどうなるんだろうって読んでてワクワクする。最近は、テスト勉強とか怪文書の解読とかで少し忙しくて……。来週までには読んで返すよ。それともすぐに返した方がいい?」
「ぜっ、全然大丈夫です! 面白くない本って思われてなくてよかったです……」
わたわたと小さな体をつかって身振り手振り表現する姿はさながら小動物だ。
「でも、奈波くん。怪文書の解読っていったい?」
「それは、先週の――」
とくに秘密にしているわけではないけど、怪文書の詳しい内容は教えなかった。土曜日までのぼくたちの行動だけを説明した。
「そんなことが……」
「うん。だから、ちょっと今は読めていないんだよね。ごめんね」
「ううん、いいんです。むしろそういう事情なら読まない方が……だから、宮鳥さんが本を読んでいたんですね」
「そういうことになるね。みやど……花梨、ずいぶん楽しんでくれてるみたい」
「ほう名前呼びですか……。ずいぶん仲がいいんですね」
「いや、これにはワケがあって――」
花梨と初めて話をしたのは中学校にはいってから。駿英との会話で昔から存在は知っていたけど同じクラスになることもなく小学校を卒業した。中学に入ってはじめてクラスが一緒になったとき、駿英と二人でとりとめのない会話をしていると彼女がそこにはいってきて、駿英から紹介されてお互い事項紹介をすまして彼女のことを名字で呼ぶと、
「わたしも名前で呼ぶからさ、椿くんには名前で呼んでほしいな!」
と言われたのだ。男子ならまだしも女子を名前で呼んだことなんてなかったから、すごく緊張したし抵抗を感じた。なんで名前で呼ばないといけないの、って彼女に聞き返したら「名前で呼ぶの……いや?」と寂しそうな顔をされたから、なんとか頑張って自分のなかで名前呼びを定着させた。花梨って名前もきれいでいいけど、名字も悪くないと思うんだけどな……。
「なるほど……。じゃあ椿君。私のことも名前で呼んでほしいです」
「……え?」
おもわず、握っていたマッキーペンを落としてしまった。ぼくは名前で呼ぶのも苦手だし、名前で呼ばれるのもすこし苦手なんだ。
「私も、なっ、なな……椿君に本を貸していますし、同じクラスメイトです……ダメですか?」
身を乗り出して聞いてくる。いつもおとなしい彼女にしては、行動がグイグイしている。なんだろう、やっぱりみんな名前で呼ばれたいのかな?
「いや、ダメってことはないけど…いいの?」
「はい。椿君にならかまいません」
女子のなかで男子のことを名前で呼ぶのは普通なの?
ぼくなんていつまでたってもドキドキするんだけど。
「じゃあ……真弓さん?」
「さん、もいりません。真弓って呼んでください」
手を机につき顔をぐいとこちらに寄せてくる。ここまで強引な彼女はめずらしい。ここは大人しくしたがったほうがいいのだろう。
「ま、真弓……でいいのかな?」
「はい。これからはそう呼んでください」
少しだけ、目の前のおさげの少女は頬を赤らめたような気がした。
「わかったけど、どうして急に」
「乙女にそんなこと言わせるんですか」
「え?」
「……もしかして、ここまでして私や宮鳥さんがやっていることの意味が分からないんですか?」
意味? えーっと、名前呼びをすることに意味があったのか……。ぼくがしばらく悩んでいると、彼女は深くため息をついた。
「椿君はよく本を読むんですよね? いったいどんな内容のモノを読むんですか?」
「大体、綾辻行人や赤川次郎とかのミステリーものかな?」
「……本来は敵同士ですが、宮鳥さんには同情します」
「え……え、なにが敵なの……どうして?」
先程まで和気あいあいと作業を進めていたのにこの会話から雰囲気は怪しくなっていって、終わるまで気まずい空気が流れた。ぼく、なにか悪いことしたの?




