八十七.飾るのは飾りモノだけにすること
きっかけは劉備であった。
そう、大戦へのきっかけとなったのは劉備が袁紹に戦うことを勧めたからである。
袁紹と曹操の戦い。
二国の領土(勢力)を日本の領土で例えるならば
関東:袁紹
関西:曹操
といったところであろうか。
人数、軍事力でいえば河北の袁紹が圧倒的に有利である。
しかし、当然、言うまでもなくであるが、それだけが絶対ではない。
どれだけ有利であろうが敗ける時は敗ける。勝つ時は勝つ。
有利という言葉だけで勝利につながるのならば苦労しない。
報を聞いて曹操は思う。
(想定内。しかし、随分と早い)
国境より入る報に矢継ぎ早く対応していく。
理解していたことである。近いうちに袁紹と戦うことを。
ただ腑に落ちない。
(優柔不断な袁紹のことだ。戦いを始めるのはもう少し後と思っていた)
理由は分からないが、袁紹が素早く動いたのは事実である。
事実に合わせ、洛中は兵糧軍馬で混雑を要していた。
その中で、立派な髭を蓄えた美髯公である関羽が相府へとやって来て、
「ワイ、手柄を立てんと曹丞相の前へ参上仕りました」
と、先手の志願をした。
聞いて曹操は喜んだが、直ぐに( ゜д゜)ハッ! と思い当ったように、
「いやいや、此度は君に出てもらうまでもない。またの折に働いてもらおう」
と、やんわりと出陣を断った。
余りにもハッキリとした断りであったので、関羽は有無を言わず、そのまま屋敷へと帰って行った。
「殿、とりあえずはそれで良うございます」
「うむ・・・」
荀彧の言葉に曹操は相槌を打つ。
しかし、その言葉に納得の色がみられない。
(彼を飾ってよいモノか・・・)
『関羽に手柄を立てさせない』と提案した荀彧の案を可とした曹操であったが、本番が来てその心が揺らぐ。
「・・・出陣だ」
しかし、今はそれを考えている場合ではない。と曹操は白野に向けて兵を繰り出すのであった。




