第7話 勘違いするなよ
五つの国は街道で結ばれている。悪魔を倒すために協力した国々は、封印が成功した後も外交関係は続いていた。
しかし、千年以上という長い年月を経ることによって、徐々に関係性も薄れていき、今では馬車で物資を運んでくる商人が使用するだけで、各国の要人が訪れ親交を深めるといったことはなくなっている。
「まあでも、私のおかげってことになるか」横並びで道を歩いている、ダリアが言った。
「えっ、何が?」突然のことで、僕は困惑した。
「私が暴れたおかげで国が仲良くなって、この道ができたんだろ。道ができれば、人が歩く。そして、街道沿いには宿場町ができる。今私たちが向かっている村も、私のおかげでできたってことになるんじゃないか」
したり顔で言うダリアを見て、よくもまあそんな風に考えられるものだと感心した。
「うーん、合ってるような、違うような。というか、封印されたことは怒ってないの?」
仲良くなった結果が、自分の封印なのだ。さぞ憎んでいるだろうと思っていたら、
「ああ、八つ裂きにして、炎で焼き尽くしたい」とあっさり答えた。
「でもなあ、もう千年以上経ってるし、私を封印した人間たちはとっくに死んでいる。いや、人類への復讐というなら、あらゆる人間を血祭りにあげていくのも悪くないか……」
恐ろしいことを『今日のお昼はサラダだけでもいいか……』くらいのテンションで言わないでほしい。やはり、悪魔と人間では価値観が違うのかも。
「……聞いてくれダリア。僕は君と取引をした。君のために僕は働くし、約束を破るつもりはない。でも、目的を果たしたらシズクを解放してもらう。そこで僕たちの協力関係は終わりだ」
「わかっている。始めからそのつもりだ。力を取り戻した時、私は世界を滅ぼすがな」
「勝手にしろ。でも、最後の封印を解くまでは人殺しは許さない」
「……何だと」こちらをにらみながら、威圧的な態度でダリアは言った。
「シズクの体で人殺しはさせられない。条件を飲めなければ、僕は宝玉の破壊を手伝わない」
もちろん偽善であることは重々承知だ。それでも、シズクにまで罪を背負わせられない。罪を犯すのは僕とダリアだけで十分だ。
「人間風情が悪魔を脅す気か。……ふん、まあいい。最後の封印を解くまでだ。だが覚えておけ。力が完全に戻った時、私はお前を真っ先に殺す」
「望むところだ」
そこからはなんとなく気まずくなって、僕たちは無言で歩いた。
日が傾き、そろそろ今日の寝床を確保しなければという頃、ようやくダリアが口を開いた。
「……腹が減ったな」
「……そうだね。今日はここまでにして、晩ごはんにしようか。あそこの小屋まで行こう」
僕は前方に見える、古そうな小屋を指差して言った。
木の国から鉄の国まで歩いたら、数日はかかる。そのため、徒歩で向かう旅人用の小屋が一定の間隔で建てられている。
しかし、今では馬車を利用することが多くなり、一気に宿がある村や町まで行くことができる。そのため利用者は減り、管理もされていないようだった。小屋は崩れてはいないものの、中に入るとあちこちからすきま風が入ってくる。
「私たちも馬車で行けたら良かったのにな」
「しょうがないよ。馬車はお金がかるし、木の国が襲われて、復興のための人や資材を運ぶので手一杯みたいだし」
「でも、向こうの国に帰る馬車なら乗れたんじゃないか?」
「それが、国を出る人が多かったみたいでね。子どもや老人が優先で、しばらくは空きがなかった」
一度壊れたものを元に戻すのは、大変な労力がいる。それに、悲惨な出来事があった土地で暮らしていくのがつらい人もいるだろう。新しい生活を求めて国を出る選択も理解できた。
「ふうん、そうか。ところで、何か食い物はあるのか?」
あまり人々の心に興味はないのだろう。目の前の食事の方が彼女には大事らしい。
「一応、かばんに必要そうなものは入れておいたけど。……ええと、あった。はい」
僕は袋の中から、黒っぽいパサパサしたものを手渡した。
「なんだこのゴミみたいのは?」怪訝そうにダリアが言った。
「これは森の獣の肉を塩につけて、乾燥させた干し肉だよ。寄生虫がいたら大変だから、火で焼いてから食べよう」
かばんから小さな手鍋を取り出し、僕たちは小屋の外に出た。火が燃え広がらないよう、土の上で集めた小枝を組み、燃えやすい葉っぱも入れる。そこに重ねるように、少し太めの枝も入れて、準備完了。あとは火をつけるだけだ。
「マッチは、……あれ、ない」
しまった。持ってくるのを忘れてしまった。どうしよう。原始的な摩擦で火種を作る手もあるけど、あれ全然つかないんだよなあ。前は三時間くらいかかった。
慌てる僕の様子を見て、ダリアがニヤニヤしながら話しかけてきた。
「なんだ、火種がないのか。どうしてもというなら、私が火をつけてやってもいいが?」
くそう。こいつは炎を出せるんだった。頼むのは悔しいが、背に腹は代えられない。僕もおなかはぺこぺこだった。
「……お願いします」「それでいい」
ダリアは満足そうに、指先をろうそくのようにして火をともし、組んだ枝に指を近づけた。すると、木の葉に火が移り、小枝もパチパチと燃え始めた。
「便利な力だなあ。一家に一台欲しいくらいだ」
「くだらんことはいいから、肉を焼け」
催促されたので鍋に干し肉を入れ、火の方に近づけ炙る。水分がないので、焦げないように火が通ったらすぐに持ってきたフォークで刺して食べた。
「どれ、……パサパサするが塩味が効いててうまいな」
「うん、おいしいね」
「よし、どんどん焼け」
言われるまでもなく焼いていったが、あくまで保存食のため量が少ない。あっという間に袋の中は空になった。
全然足りなかったが、それはダリアも同じようで、最後の一切れを名残惜しそうに食べると、「明日からはもっと食い物を取るぞ」と気合いを込めた声で言った。
食事が済む頃には、もう日が沈んでいた。
「もう辺りも暗くなってきたし、小屋の中に入って眠ろう」
そう言って小屋の中に入り、僕はかばんにくくりつけていたブランケットをダリアに渡した。
「なんのつもりだ? 私にこんなものは必要ない!」
自分が気遣われていることにイラついたのか、彼女は声を荒げた。
「勘違いするなよ。シズクの体のために渡したんだ。じゃあ、おやすみ」
無理やりブランケットを押し付けて、僕はこれ以上話すつもりはないと硬い床の上で横になった。薄目を開けて彼女を見ると、まだ何か言いたげだったが、しばらくして素直にブランケットにくるまっていたので、僕はほっとしたところで眠りについた。
そこから三日間、僕たちは歩き続けた。
家から持ってきた保存用のパンは、あっという間になくなり、僕たちはおなかがぺこぺこだった。
だが、贅沢を言わなければ食べられるものは案外多い。道中、食べられる草や実がなっている木などを見つけては取れるだけ取り、キノコがたくさん生えている場所を見つけた時は二人で歓声を上げた。この時ほど森で得た知識に感謝したことはない。
唯一の救いは川だった。街道付近には川が流れている場所があり、飲み水の確保だけではなく、魚も生息していた。ダリアは驚異的な身体能力を発揮し、食料確保に精を出した。先人たちもきっと、街道を整備する際に川の重要性について理解していたのだろう。
そうして木の国から出発して四日目の夕方、ついに僕たちは目的の宿場町までたどり着いた。とはいえ、この場所はまだ中枢とは程遠い村のようで、人の数もまばらであまり活気もない。
どうしたものかと考えていると、どこかから声をかけられた。




