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ある町  作者: にぼし
3/8

夜明け前

 この町にはドッペルゲンガーが出るらしい。ドッペルゲンガーと言えば、本人同士が会うと消えてしまうとか、死の前兆だとか言われているが、実際にドッペルゲンガーが現れたと言われた人が死んだという話は聞いたことがない。自分にもドッペルゲンガーはいるのだろうか。もし、自分のドッペルゲンガーが歩いていたとしても、この町で自分のドッペルゲンガーに気付いてくれる人はいないだろう。


 鹿江が大学を卒業し、この町に引っ越して半年になるが、友人は一人もできない。アルバイト先の喫茶店も、基本は店主のおじいさんと鹿江の二人だけで営業している。ずっと働いていた佐伯さんという女性が就職を機に辞めたタイミングで鹿江が引っ越してきたらしい。

 ドッペルゲンガーの話は佐伯さんから聞いた。仕事終わりにたまに来る佐伯さんはいつも笑顔で、お店の常連さんとも楽しそうに話していた。今日も佐伯さんと常連さんと店主の会話を、カップを拭きながら聞いていた。ただ、聞いていた。


 夜の散歩は鹿江の日課だ。日課と決めたわけではないが、散歩をしなければ落ち着かないのだ。歩く場所は特に決まっておらず、その日の気分で歩く時間も場所も変わってくる。それでも必ず毎日通る公園がある。その公園はベンチが二つと、パンダとワニの絵が描かれたバネの遊具、そしてジャングルジムだ。鹿江はいつもそのジャングルジムに上り、空を見ていた。星の名前も月の名前も何も知らないし、調べようとも思わない。ただ見ているだけで良かった。

 日付の変わった公園はいつも鹿江一人だった。しかし、今日は違った。

 ジャングルジムのうえに先客がいるのだ。学生服を着ている男の子が一人、空を見ている。鹿江は顔をしかめて公園を出ようとしたが、月の光にあたるその顔に見覚えがあった。

 鹿江は小走りでジャングルジムの下へむかい、男の子の顔を見た。男の子は空を見続けている。

 「左柄のドッペルゲンガーだ」

 鹿江は笑顔で呟き、いそいでジャングルジムを上り、隣に腰かけた。左柄は空を見ている。

 左柄とは、高校生の時に通っていた画塾の同級生だ。今は海外で映画の勉強をしている。ここにいるはずがない。しかも高校生の姿のままで。

 「さっき、ドッペルゲンガーについて調べてたんだ。ドッペルゲンガーが出現する場所は本人の行動する範囲や行ったことのある場所なんだって。でも、左柄はここに来たことないでしょ」

 鹿江ははっきりと見える左柄の横顔に話し続けた。

 「生霊だっていう話もあったよ。生霊になって会いに来てくれたの」

 少しずつ、声が小さくなる。

 「違うな。僕の幻覚だよ。だって、僕の記憶のままの姿なんだから」

 視線がだんだん下がり、足先を見る。いつもは空ばかりみていて気付かなかったが、思っていた以上に地面は遠く、胸がひゅっとした。

 「ドッペルゲンガーで、僕の幻覚で良かったよ。今の僕を君に見られたくないからね」

 もし、左柄がここにいたら、何て言うだろう。絵を描く時間が減った僕を叱るだろうか。それとも、夢に対する気持ちを失いかけている僕を呆れて見放すだろうか。アルバイト先での疎外感を、笑ってくれるだろうか。

 僕はいつまで、僕のままなのだろうか。

 左柄は変わらず空を見ている。

 「少しくらい、返事してくれてもいいじゃないか」

 消えそうな言葉は夜の風に吹かれて飛んでいく。

 「本人に届いてくれないかな」

 いつもより、空が広く、星が落ちてきそうだった。


 目が覚めると、机の上だった。目の前に置かれたパソコンの画面は暗くなっている。携帯で時間を確認すると午前三時を過ぎていた。キーボードを適当に押すとパソコンが起動し、画面の明かりで目を痛めた。画面にはドッペルゲンガーの歴史についての記事が並んでいる。「死の前兆」という言葉が多い。

 「夢で良かった」

 鹿江はパソコンの電源を切り、スケッチブックと鉛筆を持って靴を履いた。

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