14話 ルディの思い
「なん……で?」
オレにも理解できる。
さっきの万象貫く灰絶の嵐は間違い無くルディ最強の一撃だった。
「なんでよ……」
ルディが放てる全力全開の一撃を那谷羅へブチ当てた。そして、那谷羅はそんな必殺剣を前にオレを助けようとしたせいでロクな防御手段がとれず、避けられもしなかった。
ルディにとって仕損じるなあり得ない状況。那谷羅を絶対に殺せる好機だった。どう考えても万象貫く灰絶の嵐は那谷羅を裂き千切るはずだった。
「かすり傷すら……一つもないなんて」
だというのに、ルディは那谷羅に何のダメージも与えられていない。
那谷羅は片腕だけで万象貫く灰絶の嵐を防ぎきってしまった。
「あ、あり得ない……こんなの……」
こんな結果(惨状)を見せつけられては無力感に包まれるのも無理はない。
ルディの顔は絶望しきっており、全身が酷く震えている。認められない現実を前に、辛うじて立っているようだった。今ならオレが指で突いただけで床に押し倒せそうだ。
「この服は私が初めて買ったモノなんだ。キリとミチヒトが褒めてくれた服で……デートというモノをしてみたいと思わせてくれた……服なんだ」
ボロボロになった自身の衣服を見て、那谷羅は呟いた。
「自分が初めて選んだ服を似合うと言ってもらえて……私はもの凄く嬉しかった」
どうして、さっき那谷羅はルディに対してあんな事を言ったのか。言ってしまったのか。
あの言葉はルディにとっては侮辱にしか聞こなかっただろうが、オレには全く別の意味に聞こえていた。
オレは察していた。
だって、那谷羅は変な女で普通じゃないのは間違いないが――年頃の女の子でもあるのだから。
「ミチヒトとキリが褒めてくれた服を私は傷つけたくなかった。また休日にこの服を着て……街を歩きたいと思った」
そう、コイツは思い出を壊したくなかった。かけがえのない思い出となったこの服を大事にしたかった。これからも思い出を作ってくれる自身の服を傷つけたくなかったのだ。
「これではもう……着れないな」
白い生地の至る所が傷つき裂かれ、特にスカート部分や胸部分は下着が丸見えだ。腕部分は攻撃を防いだせいで生地が消失しており、これではとてもワンピースとは呼べない。ただのボロ布に成り下がっていた。
「オレさ。あの日、霧と那谷羅に付き合えなかったの後悔してんだよ」
「……え?」
オレは軽いノリかつワザとらしく那谷羅に言い放つ。
「こんど霧と一緒に北淀鹿島行こうぜ。ちょっと前にバイト代出たし、那谷羅には転校記念で何か驕りたいと思ってたんだ。ああ、服とかちょうどいいかもな」
「ミチヒト……」
那谷羅はチラリとボロ布になったワンピースを見て、オレへ向き直った。
「ありがとう。その日を楽しみにしている」
相変わらずの無表情だが、那谷羅の顔から悲痛さが消えた気がする。ちょっとは元気になってくれたみたいだな。うまいフォローを考えつかなかったから、なんかクサい感じになってしまったが結果オーライだ。さて、オレのバイト代どんだけ残ってたかな……
「く、くそッ! こんな結果認めるかッ!」
ルディは恐怖を払うように震える足を何度も叩き、改めて那谷羅を睨みつける。
「な、何をしたディバーン!? ただの腕一本で万象貫く灰絶の嵐を防げるワケがない!」
だが、那谷羅を睨む目はさっきまでと違って覇気が落ちている。さすがにショックを隠しきるのは難しいようだった。
「ルディ。お前はたしかに強くなった。選ばれた者しか使えない七英武具の一つ、星剣ナフォルシュティを扱えている以上、それは間違いない」
「ならッ! なら何故ッ!?」
「扱える資格を得ただけ、だからだ」
那谷羅が床に落ちている星剣を拾う。
瞬間、星剣に銀の光りが迸った。
「星剣を扱うとは、星の力を借り受けるということだ」
星剣を包む溢れんばかりの銀光が周囲を照らし、直感的にこれが星剣なのだと理解できる。
銀光という星の力を得た星剣がどれだけ凄まじいか。そして、その力を借り受けられないとはどういう事なのか。この銀光が答えだった。
この光がルディと那谷羅の間にある、どうしようもない壁だった。
「星の力である銀光がないなら、それは星剣ではない。星剣をただの剣として扱えば、その攻撃は並に成り下がってしまうんだ。そんな攻撃では私を傷つけられない。例えそれが必殺剣である万象貫く灰絶の嵐であろうとも、だ」
那谷羅は自身とルディの間にある力量を明確に見せつけた。「お前では私の着ている服を傷つけるのがせいぜいだ」と、これ以上ない具体性を持って残酷に宣告している。
那谷羅は本来ならルディの剣を避ける必要すらなかった。効かないのだから、その場から動く必要すらなかった。
なのに、回避していたのはワンピースを傷つけたくなかったから。
そして、ルディが途方もなく弱く、那谷羅の足元にも及ばない現実を見せつけたくなかったからだった。
「あ、ああ……」
ルディは膝から崩れ落ち、土下座するように両手を床につけた。
「私は勇者ディバーンの仲間……それは私唯一の誇りだった」
ルディは懺悔するように言葉を紡いでいく。
「初めてディバーンを見た時、私は憧れというモノを知った。勇者ディバーンのように強くなりたいという目標ができて、同時に力になりたい存在にもなった。ディバーンの為なら何でもできる。この人のために生きたいという気持ちを……私は知った」
声は震えていた。伏せた顔からいくつもの水滴が床に落ち、それはだんだんと広がっていく。
「だから、ディバーンが王国から非難されるようになっても、私の気持ちは全く変わらなかった。王国を救ったディバーンを次は私が救うんだって、救ってあげなきゃって。それが私の使命だと思った」
ルディの言葉に嗚咽が混じっていく。
「でも……でもアンタはディライドの裂け目に落ちて……悪い事なんか何もしてないのに自身が罪人だって認めて……認めてしまう行為をして! ソレは私の気持ちをズタズタにした! 私は間違った存在に全てを捧げた道化だって言われた気がした! 私の憧れはアンタの遊び道具だったって言われた気がした! 侮辱された気がした! でも……」
そんな事あるわけないのに、と。
これは那谷羅の目の前で伏せている剣士の明確な弱さと後悔と絶望と怒り。心の闇だった。
「一緒に落ちてほしいって言ってよ……私についてきてほしいって言ってよ」
ルディは立ち上がり、泣き顔のまま那谷羅を見た。
「私はアンタが苦しんでいるならわかってあげたい。苦しんでいるなら一緒に背負ってあげたい」
ルディは流れる涙に蓋をするように、手の平を目元に押しつける。
「私はディバーンが……どうしようもなく大好きなんだから」
一度口にしてしまえば、その思いは止めどなく流れ続ける。やがてそれは子供のような泣き声に変わって行き、わんわんと泣く剣士の姿は、とても年相応の人間には見えなかった。
「ディバーン! 私を捨てて行かないでよ! 私を置いて行かないでよディバーン!」
「……少しだけ私のことを話そう」
泣きじゃくるルディを、那谷羅はそっと抱き寄せる。
「うう、ディバーン……」
ルディは僅かに驚きながらも、表情に落ち着きが戻っていく。
「世界を守る勇者は万物から生まれる。人々ではどうしようもない悪が現れたと世界が認識した時、勇者が産み落とされるんだ。勇者は世界が認識した悪を倒す義務を持って生まれるため、強大な力を持っている」
だから私に親はいない、と那谷羅は言った。
「勇者が現れたら、人々は勇者に協力する必要がある。勇者は強くとも決して無敵ではないし全能でもないからな。たった一人の勇者にはできる限りの支援が必要なんだ、だから王国は魔王の居城を探したし、勇者と共に戦える者達を集めた」
オレの位置からではルディを抱き留めている那谷羅の顔は見えない。
なのにオレは――那谷羅が寂しい顔をしているとはっきりわかった。
「だが、私は全能でなくとも、たった一人で魔王が倒せる力をもった異常な勇者だった。そのせいで王国の支援や仲間を義務だと見下し……その義務が達成された時に動くのが勇者だと思ってしまった。酷い傲慢だ」
那谷羅は「そんなのが勇者なワケがないのにな」と、懺悔するように呟いた。
「私は王国のために魔王を倒し、王国は魔王を倒してもらうために私を支援する。この“正常な関係”は魔王を倒せば一変する。私は生まれた理由を失うし、王国は私を支援する理由を失う。そうなれば残るのは私に対する王国民の疑心と不安だ。私は簡単に魔王を倒す力を持った者だからな……」
個としてならルディのような者がいてもおかしくない。
だが、群としてはそうならない。そうなれない。
何故なら、人々が魔王に恐怖していたのは、魔王が強大な力を持っていたからであり、勇者はその魔王をあっさりと倒してしまったからだ。
魔王以上に強大な力を持っていると証明してしまった勇者は、群れから危険物と見做される。平和になった王国で恐怖の対象となって非難されるのは――当然だった。
「やがて私は自身の存在が王国の負担になっていると思った。ルディのような者がいるのがその証拠だと」
「バカ……なんでそんなくだらない事気にしてるのよ……」
那谷羅に抱きつくルディの腕に力に入る。
「私がいては本当の平和は訪れない。なら、ディライドの裂け目に落ちるべきだと思った。マルリリクの罪人が跋扈しているなら望む所だし、力を振るうしかでいない私にとって、魔王以上の存在がいるなら尚良しだった」
那谷羅は頭を振って「私は何もわかっていなかったな」と皮肉交じりに軽く笑った。
「ディライドの裂け目に落ち、王国を捨てるというのは、ルディを傷つけるだけだというのに、ありがとう(さようなら)なんて言って……私は最低だ」
那谷羅はゆっくりと距離を取るようにしてルディの肩を掴む。
「この通り私は未熟だ。またおかしな考えを持たないとは言い切れない。だから」
那谷羅は濡れているルディの目元を、そっと指先で拭う。
「私と仲直りしてくれると……嬉しい」
それを聞いて再びルディの目から涙が溢れる。
「それを言うのは私のほうだよ……心梨」
そして、ルディは決壊したダムのように「ごめんなさーい! うわーん!」とわんわんと泣き始め、そのまま那谷羅の胸に顔を埋める。そんなルディを見て那谷羅は「ど、どうしてまた泣く!?」と動揺するが、それでルディが泣き止むワケがない。
オレはそんな二人を見ながらホッと胸をなで下ろした。
だって、絶交状態だった友達と仲直りできたんだ。よかったと思うに決まっている。
「しかし……どうすべきかなコレ」
オレは荒れ果ててしまった廃工場内を見て、頭を悩ませる。
ニュースになるのは覚悟しなきゃだよなぁコレ。