15話 燕崎朝霞の朝ごはん
その後、あの廃工場は近々取り壊しが決まっていると判明した。中にあったモノも右に同じとの事で、頭を悩ませる必要はなくなった。まあ、悩んだ所でどうしようもないんだけども。
「ほら、寝癖がまだついてるわよ」
「む? さっき髪は整えたぞ?」
「心梨はもっと自分の美貌に自覚を持つべきね」
登校時間が近づき、テントから出てきた那谷羅を見たルディは、待ってましたとばかりに、その髪に櫛を滑らせた。それはまるで芸術家が絵筆を扱うかのようで――何故だろう。ただ櫛でといてるだけなのに、ルディから大物芸能人お抱えの美容師ばりのオーラが発生してるように見えるんだが。
「これでよし。もう、心梨は私がいないと髪型も整えられないんだから」
あの日から二日が経った。
ルディは「ディバーンがこの世界での名前を持ってるから私も用意した」と、これから自身の名前を燕崎朝霞とした。ディバーンが那谷羅心梨である限り、ルディは燕崎朝霞を名乗るらしい。
燕崎はオレや那谷羅と同じく、オレの実家であるイセカイに住んでいる。これを聞いたオレは驚くしかなかったが、元から燕崎はそのつもりで「落下先にいた人から紹介してもらった」らしい。母さんも「有所さんから朝霞ちゃんについて連絡があった」と、いつの間にか話がまとまっていた。
つまり那谷羅と同じで、燕崎も親父の手によって淀鹿島市に手引きされていたのだ。
――何なんだこの偶然は。いくらなんでもタイミング諸々が合致しすぎてる。そもそも、那谷羅と燕崎の二人と親父がたまたま遭遇するってあり得るのか?
まさか親父のヤツ、最初から那谷羅と燕崎の関係を知ってたのでは。そんで、結果的に二人の仲は戻ると確信してたんじゃないか?
いつか連絡取れたらこの辺聞いておく必要があるな。聞いたからなんだって話だが、オレの中の疑問がいくつか解消されるし。
「ありがとうアサカ。アサカに髪を整えてもらうのはとても気持ちいい」
「き、気持ちいいって! そ、そそそそんな恥ずかしい事言わないの!」
何故か燕崎は何処からかテッシュを取り出して鼻を押さえつつ、全身で荒く息をする。
「すまなかった……恥ずかしいと言うのは悪い事のようだな……もう言わないようにする……」
「だ、ダメダメダメ! これからも言っていいから! 私の前なら恥ずかしい事言ってオーケー! どんどん恥ずかしい事言って! 卑猥な言葉ならなおさらOK! お願い!」
見てわかるくらい肩をシュンとさせる那谷羅に、燕崎は慌ててフォローを入れた。でも、そのフォローってあなたの願望ですよね?
「わかった。これからどんどんアサカに言おう。ありがとうアサカ」
「ありがとうはこっちのセリフ……ゴホンゴホン!」
再び燕崎はテッシュで鼻を押さえ、那谷羅は乏しい表情ながらも暖かい視線を燕崎に向ける。
「どんなやり取りだよコレ……」
燕崎がオレと出会った時や廃工場で制服を着ていたのは「心梨がよく着てるから」と言っていたし、うん、コイツ真性だな! 知らなくても一目瞭然だけど!
「さあ、コレ食べて登校しましょう」
燕崎は見てとばかりに、焚き火後に用意された三人分の朝食に向けて手を広げた。
簡易な机と椅子が用意されており、その机の上に色とりどりの料理がアートのように美しく盛り付けられていた。
香り高いコーヒーに、軽く焼き上げられたバタートースト。ふわふわのスクランブルエッグが彩り鮮やかな野菜と一緒に皿に添えられ、その隣にはかけられたハチミツが眩しいヨーグルト。さらに新鮮なフルーツまで用意されており――とてもテント前で取る朝食とは思えない豪華さだ。
「今日から心梨と道人の朝食は私が用意するとおばさまには言ってあるわ。遠慮なく食べてね」
もちろん、この料理群はここに来た時から気づいてたし、燕崎の言った通り母さんからも言われてる。だが、それでもこの貴族に用意されたような料理群は驚く。慣れるにはまだ時間がかかりそうだ。
「これ、本当に食べていいの?」
この朝食には燕崎のセンスと情熱が宿っている。つまり、コレは那谷羅のために作られたモノだ。それをオレが食べても、同席していいのだろうか?
「もちろんよ。むしろ、このくらいさせてほしいわ」
早く座れとばかりに、燕崎はオレを席に促す。
「道人というきっかけがなければ……私は今も心梨を怨んでた。絶対にこんな朝を迎えるなんてできなかった」
燕崎の隣に可愛いあくびをしながら那谷羅が座った。今気づいたのか、那谷羅は用意された貴族な朝食をジロジロと眺めている。
「このくらいさせなさい。朝食程度で恩を返せると思ってないけど、道人には感謝してるんだから」
「ありがとう。じゃ、遠慮なく食べさせてもらうよ」
オレは「いただきます」といって、スクランブルエッグを口に放り込む。綿飴みたいに卵が口の中で溶けていき、素材と燕崎の料理レベルの高さが瞬時にわかった。野菜はシャキシャキな上、素材の旨さ抜群でドレッシングなんていらないし、トーストもコーヒーも上品な味で口に染み渡っていく。フルーツも味と水気が全身に渡っていくようで、文句の言いようがない。
「美味しすぎるよコレ」
「ふふん。そうでしょう。伊達に心梨の面倒を見てたワケじゃないのよ」
燕崎は自信満々に胸を張って、鼻も掲げるが、そうしていいだけの旨さと美味さが、この朝食にはある。
凄い。富豪お抱えの専属料理人というのは燕崎のようなヤツを言うのかもしれない。そのくらいこの朝食はレベルが高かった。
「うん、おいしいぞアサカ」
「ほ、ホントッ!?」
那谷羅の呟きに反応した燕崎は、オレの時より十倍増しに顔を輝かせた。
「ほ、欲しいなら私のもいいわよ! どんどん食べて!」
「それはダメだ。アサカの朝食がなくなってしまう」
「私にとっては心梨の笑顔がご飯なの! 見てるだけでご飯食べてるのと同じなのよ!」
燕崎が言うと嘘と思えないのが恐ろしい。
「では、パンだけいただこう」
那谷羅といえど、さすがに全部食べるのは遠慮したようだ。トーストを摘まんで、口の中に押し込むようにして咀嚼する。
「この世界で食べた料理で一番かもしれない。アサカの料理。大好きだ」
「かん……げき……」
感極まった燕崎が虹を描くように大量の鼻血を吹いてその場に倒れ込む。この後学校なんだが、輸血しなくて大丈夫かな?
「那谷羅さん一番の好物は燕崎さんの料理なんだね」
「もー! 何言ってんのよ道人ってばー! ホントのこと言っちゃダメよう!」
起き上がり小法師みたいに起き上がった燕崎に肩をバンバン叩かれる。コイツ、いつの間にオレの背後に!? 起き上がってから肩を叩かれるまで、姿が全く見えなかった! 剣士の素早さってヤツは充分知ったつもりだったが、まだ理解が及んでなかったようだ。
「僕、こんなふわふわなスクランブルエッグ初めて食べたよ」
「え、エヘヘヘ」
「トーストもカリカリだし、僕が焼いた時とは大違いだし」
「ぐ、げへへへへ」
「こんなの燕崎さんにしか作れないね。燕崎さんの料理を食べられる僕らは幸せ者だよ」
「ぐ、げげげ、でべへへへ」
あ、いかん。燕崎が化物に進化しそうな声だしてる。これ以上褒めるのはやめておこう。
「そうだな。ミチヒトの言う通りだ」
「くはっ! 心……理ッ!」
オレの意見に肯定する那谷羅の声を聞いて、またも燕崎がノックアウトされたように倒れそうになる。
「でも、一番はバッタとカエルだな」
「がはっ!?」
が、あまりにも辛辣すぎる返答に、燕崎は鼻ではなく口から血を吹いた。
そして、ダウン。致命の一撃をもらって動けなくなる剣士の図が出来上がってしまう。
「うん、野菜もうまい。バッタみたいにシャキシャキしている」
「那谷羅……お前なんちゅーことを……」
悪意なき真実とはなんと恐ろしい。思わず素が出てしまった。
燕崎……なんて不憫。こんな凄い料理を作れるのに、南淀鹿島ならどこでもいるバッタとカエルに負けてしまうとは。
「くっ! バッタめッ! カエルめッ!」
ビョイ~ンと、燕崎は再び起き上がり小法師のように起き上がる。
「私負けないわ! いつか心梨に私の料理をバッタより美味しいって言わせて見せるんだから! カエルなんかもう食べられないって宣言させてやるんだから!」
「……まずは那谷羅の味音痴をどうにかすべきだと思うぞ」
誓いをたてる燕崎を横に、オレはボソリと至極当然のツッコミをした。




