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第20話 旅は道連れ

 まだ陽が上り始めて間もない時刻に、俺と親父さんは朝食をいただいていた。

 焦げつきかけたスープをすくい、わずかにカビた匂いを発するパンにかけて食う。おほー、震えるほど貧相な食事だ。


 しかしこんなのでもこの大陸における底辺のなかでは最上級の食事だったりする。ひどい地域だとお湯で煮込んだ野菜の切れ端しかない。カビに覆われ尽くされた何かとかな。


「親父さん、ここで長いんですよね。少しは生活が良くなったんですか?」


「いや、変わらない。ひどい話だが私はそれに満足している。なぜなら周りの国はどんどん生活がひどくなっているからだ」


 おうおう、ブラックジョークとは粋だねぇ。だけど笑えない部類のジョークだし、親父さんも俺もクスリともしない。


 アーヴ国は豊かだ。衣食住で困ることはさほどなく、魔剣士の下働きならもっと良い生活を望んでいい。なのに気にしないとなると親父さんは貧しい周辺国から来たんだろう。どこの国かは聞かなかったし聞けなかった。


 味気ないパンをもそもそ食べていたときに、廊下から荒々しい足音が響いてくる。真っ直ぐ近づいてくる様子で、ドンと扉が乱暴に開けられるときには俺と親父さんは椅子から立ち上がっていた。


「汚ねえところだな。お前らも貧相な顔をしやがって」


 ずいぶんなご挨拶をしてきたのは、人相の悪い男だった。肩に斧を担いでいて、じろりと土間を眺めたあとに近くの果実を手に取った。

 バイキングの襲撃かと思ったよ。ボリボリとリンゴを齧り、ベッと吐き出す様子を眺めながらそう思う。


 確かこいつはナザルの客人だ。人相の悪い連中を抱えていて、どうも魔剣士の部下らしくないなと思った記憶がある。


「タロってのはお前か」


「は、はい……!」


 萎縮した態度で返事をすると、なにがおかしいのか男は嗜虐的な笑みを浮かべる。

 ウロウロと歩いて俺を観察してから、勢いよくパンと肩を叩いてきた。背も腕も大きいものだから目を白黒と俺はする。


「お前、なにをしたんだ?」


 そう問われても……まいったな、思いつくことが多すぎて困る。

 屋敷に忍び込んで内緒話を耳にしたし、宝物殿を散歩した。だけど、この俺がそう簡単に気づかれるとは思えない。

 いや、やっぱりおかしい。もしも昨夜のことを気づかれたのだとしたら、もっと大人数でやってきておかしくない。


 となるとこいつの狙いはまったく別のものだろう。

 しらじらしく答えようと振り返ったとき、ぬうっと視界に斧が入ってくる。鈍く輝いており、使い込んでいるらしく傷だらけだった。


「ひっ!」


「なんでか知らねえけどさ、旦那がお呼びだ」


「だ、旦那ってナザル様ですか? どうして?」


「知らねえよ。さっさと来い」


 スープが入っていた皿をご丁寧に斧でひっくり返して、のそりと男は歩き始める。

 世のなかは空気よりもひどい食事はない。最下層以下の朝食を俺は味わったわけだ。




 邸宅は母屋がもっとも豪華で、それ以外とは通路で繋がっている。

 しとしとと小雨が降るなかで、ここを歩くのは初めてだなと思いつつ辺りを眺める。


 整理された庭を一望できて、柱が天井を支えている。今日は空が暗いけど、足元をきちんと舗装しているので天候次第で散歩を楽しめそうだ。


「お前、なんか変な感じがするな」


 前を歩いていたバイキングみたいに髭だらけの男が、振り返りもせずにそう言う。

 肩に乗せている斧をそのままに、男は鋭い目つきで俺を睨む。


「変……でしょうか?」


 おどおどした態度でそう言うと、名も知らぬ男はしばし黙る。それから興味を失ったようにまた前を向いた。


「俺は匂いでだいたい相手のことが分かる。使えるのか使えないのか、度胸があるのかないのか」


 ぼそぼそとした声で聞こえづらい。なまりも強くて、普段はあまり人と話さない男なのではと思う。

 言葉を聞こうと近寄ったとき、男はこう言う。


「俺の鼻が言うにはさ、この場で首を叩っ斬ったほうがいいそうだ」


 振り向きざまの一閃は、ぴたりと俺の首に吸いつくようにして止まる。

 しばし遅れて「ひええ」と悲鳴を上げてへたり込む。しかしどうにも相手を騙しきれている気がしなかった。


 ははん、こいつがボッゾか。

 攻略者として名を連ねており、斧だけで淡々と魔物を屠るやつがいるらしい。恐れを知らず、進んだぶんだけ死骸が転がっているという記述があった。


「……まあいい、どうせ俺は雑用係だ」


 そう言い、今度こそ男は踵を返す。

 ふん、人喰いボッゾか。厄介な部下を抱えているものだなと思いつつ、俺はしばらく経ってから腰を上げる。


 そういえば、俺ってアーイカのスパイなんだっけといまさらにして思った。


 


 奥の部屋まで案内をすると、男はなにも言わずに去ってゆく。礼を言おうか悩んだが、これからどんな目に遭うのかも分かっていないので黙っておいた。


 しばし悩み、扉をノックする。


「入れ」


 声に従い、扉を開けるとナザルが朝食を摂っているところだった。

 お高いテーブルに座り、使用人を従えて咀嚼をしている。傍の椅子には魔剣が無造作に置かれていた。


 あー、フラウデリカたんだー!

 長い黒髪と、しゃんと背筋を伸ばした立ち姿。武人としての気配を放ちつつ、それでいて整った顔は少女のように小さい。


 ああん、朝から眼福モノだよー!

 清純さに包まれているというのに、可愛らしい顔のすぐ下には……うああ、エッチだ。エッチすぎる。長い黒髪を左右に追いやる、だぷんっとした胸の存在感ときたら……!

 むちっとした太ももを覆うタイツも素晴らしく、その姿に魅了されるのは魔剣の真の姿を見ることのできる俺しかいない。


 自覚なき色気に打ちのめされて、グッと脚に力を込める。

 見ようによっては魔剣士に圧倒されて、脚が震えているように見えたかもしれない。ただの変態と言われたらそれまでだ。


「ナザル様、彼に務まるのですか?」


 第三者の声に気づいてハッとする。まいったぜ。俺としたことが完全にフラウデリカたんしか目に入っていなかったようだ。

 振り返るとそこには柄の悪い女戦士という感じのやつがおり、長い卓の向こうに腰かけている。腰のくびれに引っかかっている紐の先には、もしかしてパンツがあるのだろうか。けしからんな。


 他にいるのは窓辺に立っている全身ローブ姿の男、それと俺の後方で直立不動をしたまま動かない全身鎧、最後に盗賊崩れのようなナリをした男がツカツカと靴を鳴らして俺に近づいてくる。

 すぐ目の前で止まり、ヒヒッとそいつは笑う。


「お前がタロか。見た目によらず働き者なんだってなあ」


 えっと、なかなか対応が難しいぞ。

 褒められつつも嫌な予感を覚えている弱気な青年という役どころだ。ガラの悪い男におどおどしつつ、だけど悪いことはしていないのでうつむいたりしないような感じで……用意、アクション!


「え? は、はあ、ありがとうございます」


「なら、もっと働き者にしてやろう。ぎゃはは!」

 

 なにかを言おうと口を開けかけたとき、そいつが睨んできたので……俺はうつむいて萎縮する。

 それを頃合いと見たのか、ナザルは決めゼリフっぽいことを口にした。


「勤労はいい。働き続けると徳が積まれて、来世で幸せに過ごせるそうだ。お前、ここでまだタダ働きをしているそうだな。そんなお前にチャンスをやろう」


 何がおかしいのか、俺の肩に手を置いていた男がヒヒと笑う。穏やかではない気配を覚えつつ、そっとナザルの顔色を伺う。

 やはり潜入のことはバレていないようだ。相変わらず表情の乏しい男ではあるが、怒りのオーラは嗅ぎ取れない。それどころか愉快そうな感じがなんとなくした。


 ごっくんと唾を飲みこんでおそるおそる問いかける。


「チャンスって……何でしょうか?」


「お前、私の知らないあいだに他の者から良く思われているようだな。評判が良かったぞ」


 さて、なぜ働き者というだけで俺を呼んだ。

 流れとしては正式雇用を期待できるところだが、この顔ぶれではまったく違うことを言われそうだ。どこか見世物のようにされているからな。


「チャンスをやろう。迷宮で下働きをこなせたら、正式に雇ってやってもいい」


「ッ! そんな! 僕がなぜ迷宮に!?」


 はいそうですかとは言えないので、とりあえずショックそうにしてみた。悲壮そのものという表情を見せると、こらえきれずに隣にいたガラの悪い男と女戦士が揃って吹き出す。


「ぷっ、ははは! なさけない顔ね! へえ、ふうん。ナザル様、こいつは私が鍛え直してやってもいいですか? こういう男を見ると、ギトギトにしてやりたくなるんですよ」


 ギタギタな、ギタギタ。俺をサラダ油まみにれにしてどうすんだよ。さてはお前、かなりアホだな。

 猛烈に突っ込みを入れたいがグッと我慢する立派な俺。

 落ち着け。ここからの演技が肝心なんだ。怯えつつもこびへつらって状況を打開する感じで……用意、アクション!


「じょ、冗談ですよね! 僕は剣もまともに振れないんですよ!?」


「うん? なぜ謙遜するのだ。お前は迷宮攻略室に名を連ねているだろう。三人の王(スリーキングス)、異論はないか」


「良し」「良し」「悪し」


 と、窓辺に立っていたローブ姿の者が、3人同時に話すようなおかしな発言をした。しわがれた老人の声で、素直に気持ち悪いと思う。気配をさぐろうかと思ったが……やめた。魔術師にはあまり近づきたくない。


 多数決ということなのか三人の王(スリーキングス)と呼ばれた者の答えを聞いて、他の連中は口出しをしない。きっとナザルを除いてこのなかで実力者なのだろう。


「今回の攻略で、お前が使えるのか使えないのかを見てやる。二度は言わん。さっさと支度をしろ」


 ぞおっと顔を青ざめてみると、ナザルは満足そうに口の端に笑みを浮かべる。そして「逃げるなよ」という傍らの男からの声を最後に、俺は部屋から追い出された。


 立ち尽くしてたっぷり数秒ほど待つ。

 それから肩を落としてトボトボ歩きながら、迷宮に同行させられることについて考え始めた。


 迷宮攻略者のリストは金を握らせればだれでも見れる。しかし俺はというと自慢するわけではないが、間違いなくうだつの上がらない剣士と烙印を押されているはずだ。


 魔剣士の邸宅に出入りしている以上、身柄を調べられるのは想定内なのだが、大して知りもしないやつを同行させるだろうか。つまりスパイとして怪しまれている可能性が非常に高い。首に縄をつけて、監視をして、正体を暴いてやろうという腹だ。


 そうでなくとも迷宮で下働きをする者は死にやすい。彼らのように高レベルの集団であれば、生存する可能性のほうがずっと低い。

 できれば後ろからこっそりと追跡をしたかったが……まあいい。魔剣士様の実力を間近で見ることのできるチャンスと思おう。


 先ほどの部屋に戻ると、親父さんはまだ食事を終えていなかった。


「お前……」


 急に身支度をし始める俺を見て、親父さんは不思議そうな顔を浮かべて話しかけてくる。だがうまく状況を呑み込めないらしく言葉が続かない。


「親父さん、お願いがあります。俺が不在のあいだ、仔猫のジロを預かってください。それと、俺の心配はしなくて大丈夫です」


 どちらにしろ迷宮で俺が死ぬことはまずない。

 これ以上、不確定要素が混ざらなければだが。



     §



 入り口を潜ると、一歩進むごとに明るさが消えてゆく。

 辺りはカビ臭くて、湿度が高いせいで早くも汗が浮き出てくる。


 松明の火は風でゆらゆらと揺れて、先を歩く者たちの背中を染めていた。

 と、振り返ってきた女が手を伸ばすと、俺が手にしていた松明を地面に叩きつけてくる。火の粉が舞い、俺は大げさに飛び上がった。


「あちっ!」


「呆れたわね。どれだけ低階層をウロついていたのかしら。さっそく教育をしてあげるわ、ボク。ここで松明は役立たない。壁に生えたコケが発するかすかな光に慣れなさい」


 良く磨いた剣のような色をした髪の持ち主が鋭い目つきを向けてくる。

 要所は金属鎧で覆っているものの、おへそから脇の下まで素肌を見せている装備には驚く。大丈夫かよという意味で。


「え、皆さん、これで見えているんですか!?」


 呆然とした声でそう言うと幾人かが愉快そうに笑う。それから俺の後頭部をぺチッとはたいてきた。


「死にたくないなら覚えることね。あなた、割と可愛い顔しているし。このまま死んだらもったいないわ」


「こ、こらこらリサ、それ本気で言ってるんじゃないだろうな」


「ばっ、バカ! 本気なわけないじゃない! こんな奴、私がどうこう思うわけない!」


 あ、ごめん。ちょっとだけ可愛いなーって思っちゃった。

 肌を見せているのって攻略者としてとしてどうなのと考えていたのに、こうなると「ちょっとエッチなお姉さん」にしか見えない。


 頼む、許してくれ。

 俺って女の子と接する機会がこれまでに皆無だったから、ちょっと好意を寄せられただけでころっといきかねないんだ。みんなと違って俺は非モテ要員だし。


「リサさん、ですか」


「あ、ああ、先輩として頼っていいわ」


「はい、よろしくお願いします、先輩」


 ぱあっと瞳を輝かせる様子は……くっそ、普通に可愛くて困る。

 仕方ない、彼女はブラックリストから外しておくか。チョロい属性の俺は、早くも方針を大幅に捻じ曲げた。


 そしてゆっくりと視線を戻す。

 先頭を歩む男、ナザルは腰に剣を吊り下げている。


 魔剣フラウデリカ。

 あれには立派な城以上の価値があり、持つ者は人類のほぼ頂点に立てるという代物だ。


 ナザルの背後を守るように歩むのは、魔剣としての意思なのだろう。

 邸宅で見かけたときと異なり、ピリとした殺気混じりの気配を放つ。恐らくはこちらが本当の顔だ。


 俺にとっては最愛の女性であることに間違いはない。

 だけどごめん、今日は君を裏切ってしまう。

 なぜなら君の主人、ナザルをギトギトにしてやりたいのさ!


 あ、違った。ギタギタな、ギタギタ。

 油まみれにしてどうすんだ。

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[一言] 不思議な巻き込まれ方を… 魔剣士の意図がどこにあるんだろうなあ。 さて、どういう風に一泡吹かせてやるのかな。
[一言] 足場の悪いとこでギトギトにしてしまえ ついでに火も付けよう
[一言] ギットギトのテッカテカにしてしまおう
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