第21話 迷宮の異変
俺も知らなかったが、どうやら荷物持ちの仕事はいくつか種類があるらしい。
まず彼らの食料を運び、休憩時には用意をすること。
次に敵を倒したときに価値のあるものを拾うこと。
あとは個人の適正によるだろうが、どこをどう進んでいるのか調べたり、応急手当をしたり、肩を揉んであげたりと……要は雑用だ。
ひょいと拾った石は、中央のあたりがぼんやりと青白く光っている。
ふむと唸ってから鞄に入れると、隣から女戦士のリサが笑いかけてきた。
「偉いわ。私のやっていることをちゃんと見ていたようね。それは割と価値があって、街に持ち帰ったらいい値段で売れるから覚えておきなさい」
隣にしゃがみこんできて、できのいい生徒を見るように彼女は笑う。肌が日焼けしているぶん歯の白さがめだつし、また筋肉質だからスポーツマンを眺めている気分だ。
迷宮にこもってしばらく経つので、すぐ隣だと汗の匂いがたくさん漂ってくる。
「そうやって、これからも私を見ておくといいわ。ここだと覚えることがたくさんあるのよ」
「ありがとうございます」
そう素直に礼を言うと、また彼女は笑う。どこかぎこちなく感じる笑いだと思うのは、普段から笑い慣れていないのかもしれない。どうも個性のある女性だなと俺は思う。
「では遠慮せずに見させていただきますね、先輩」
うんうんとうなずきかけて、彼女はなぜか言葉を詰まらせる。頬がだんだん赤くなっていくし、指先でほつれた髪をいじくりだしている。はて、いったいどうしたのだろうか。
「や、やっぱり見ないでいいわ!」
視線が合うと、ぼっと顔を赤くしてそう言う。
強気そうな瞳の女性だが、両手でぐいっと俺の顔を押しやってきた。
えっ、なにこの人、めっちゃ可愛いんだけど!
胸が勝手にきゅんきゅんするし、俺のほうこそまともに見れないって!
……変なことを言うけどさ、俺って童貞なんだよね。いじられるからあんまり人に言わないけど、こういうときに免疫のなさがモロに出るんだなぁって思う。
立ち上がった彼女は、目の前で大きなお尻をパンパンと手ではたく。くびれに食い込んだ紐パンがどうにも気になって、俺はそっと視線を外す。その、汗で張りついているからお尻の線まで見えてたし。
「タロ、さっさと行くわよ。この辺のはあんまり価値がないし、あまり拾い過ぎないでいいわ」
まだ赤い顔をしたままそう言い終わるや、たたっと足早で駆けてゆく。待っていた仲間はというと……なんとも言えない微妙な空気になっていた。
そりゃそうだ。虐めようと思っていた奴なのに、あっという間に女戦士と仲良くしているんだし。もしも俺が逆の立場なら「死ねよ」って思うさ。
ちなみにガラの悪い男からは、これまでに陰で数回ほど腹を殴られており「調子に乗るなよ」という意味の脅しをかけられている。これには腹が立つというよりも、すごく気持ちが分かるので俺はぎこちなくうなずいたものだ。
立ち上がり、こきんと首の骨を鳴らす。
迷宮に入り、地下7階まで来た。
ここまで大した敵は現れず、いずれもナザルの手下たちがあっという間にバラバラにしている。
まだ初心者から脱した程度の者たちが出入りする階層なので驚きはしない。
だが、でかい態度をするだけあってガラの悪い男の腕は確かであり、また魔術師はまだ魔法を一度も使っていない。フードで隠されているので顔も見れず、声を一度たりとも聞いていないのは変な感じだ。
彼らは少数精鋭なのだろう。
しかしあまり頼もしいと思えない。
なぜならば、足元のずっと先、黄金色にたゆたう景色から近寄る者がいるからだ。
かなりの距離があるというのに存在感と危機感を嗅ぎ取れる。
本来であればすぐさま「絶界」を俺は行使したい。そうしなければマズいとこれだけの距離があっても強く思う。
危機感を覚えたことに理由はない。
だがこれはもう第六感によるはっきりとした警鐘だ。
あそこに何かがいて、まっすぐ俺たちに近づいている。反応しているのは魔剣、ないしは俺自身だろう。
最後方を歩きながらじっくりと俺は考える。
やつに強襲されたら勝てるだろうか。逃げる見込みはあるだろうか。
少なくとも俺一人であれば問題なく逃げられる。その自信はあるのだが、周囲の者たちのことを考えると俺の頭は対抗策を練り始めている。
「タロ、足が遅いわ。距離をつめなさい」
はいと返事をして足早に近寄る。
魔剣フラウデリカと彼女を除いてだが、ここに生き残って欲しいと思える相手はいない。
しかし、守りたいと思える仲間だったとしたらどうだろう。
さっさと俺は逃げ出して、ひどい夜だったよと酒場でボヤくのだろうか。うまく言えないが、それはもはや怪物としか思えない所業だ。
まだたいして重くない鞄をグイと担いで、俺も彼らの後を追う。ふええ、暗くて何も見えないよぉ、という演技をしながら。
自己評価だが、このときの演技はめっちゃうまかった。
§
魔物とは何だろう。
どこで生まれて、どこに消えていくのかな。
世界にはたくさんの危険地帯があるのに、ほとんどの人はその真相まで考えない。
強い敵を倒すと強くなることでさえ異常極まりないのに、この国では誰もそんなことを気にしない。
そのなかで迷宮というのは、最も手軽に異常な世界を感じられるところだろう。ふらりと足を踏み入れるただそれだけで、うじゃうじゃと無数の敵が現れるのだから。
俺はここに放り込まれた。
ずる、どしゃ、という衝撃を受けて、目を開くと辺りは迷宮だったんだ。
武器もない、あてもない、どうしたらいいのか分からない。生き残ることはそう簡単じゃなかった。
どうしてここに放り込まれたのかぜんぜん分からなかったけど、いまなら少しだけ分かる。
たぶん俺は、引き取り手のない孤児として邪魔だったんだ。
飯代だけかかり、金持ち連中から金貨を受け取れない。となれば、ここに放り込むのが手っ取り早いと思ったのだろう。
魔物は勝手に増える。繁殖して、数を増して、何の目的もなく淡々と生き続ける。だけど侵入者を食い殺すという殺意だけは本物だ。
子供心に俺は恐ろしいと感じて、壁に手をつけながら歩き出す。
魔物とは何だろう。どこから来て、何のために生きているのだろう。その疑問は、迷宮に放り込まれたあの日からずっと続いた。
誰も教えてくれなかった。
どういうものなのか調べている人さえいない。
だけどそんな俺に答えを教えてくれたのは、世界の仕組みを教えてくれたのは、迷宮の最下層にいるあの……。
「ぼうっとしてる?」
三白眼の女性に問いかけられて、ハッと意識を取り戻す。
辺りはひどい匂いで立ち込めており、頭上には黒い液体を流す骨髄が見える。巨大な竜を駆逐して、いつの間にか道は臓物だらけになっていた。
「すみません、皆さんの戦いに当てられたようです。それにしても強いのですね」
「まあね。私たち漆黒の流星はここで最大規模の戦力よ。だけどあなたも筋がいいわね。巻き添えにならない場所に隠れるのがうまいし、そういうのは大事だから」
臆病者だとののしられるかと思いきや、意外にもリサから誉められた。
言わんとすることは分かる。死んだらおしまいだし、生き残ることに長けていないと迷宮ではやっていけない。大成した者ほど「俺は運が良かった」と口にするしさ。
と、視界の端でクンと匂いを嗅ぐ人が見える。魔剣フラウデリカだ。
それを見て、俺はとても感心した。
俺の感じている脅威は、距離にしてあと数キロほどある。だというのに不穏な気配を嗅ぎ取る能力、あれは人が身につけられるものではあるまい。
「そういう意味では、昔から僕は幸運だったと思います。身寄りがなくても生きていけましたし」
「そんな感じがするわ。だけどあなた、最初はピイピイ泣いていたくせに、いざ戦闘になったら別人みたいに落ち着いているし……ふうん、そっちが本当の顔って感じかしら?」
最後のひとことは俺にしか聞こえない声で、こそりと耳元に囁いてきた。
あのね、そのね、顔がすごく近いですし、すぐ下には日焼け跡の残る谷間があるからドギマギします。
ンフー、と満足そうな笑みを浮かべたのは、図星をついたと思ったのだろう。
だけどやられっぱなしは性に合わない。彼女の耳たぶに口を近づけて「分かります?」とボソリと答える。
息を当てられて動転したのだろう。彼女はぞくんぞくんと肩を震わせてわずかに色気のある声で呻く。それから弾かれるように俺から距離を取った。
手で耳を隠しながらリサは赤い顔を向けてくる。
「……変なやつ!」
目を三角にして、そのまま女戦士は離れてゆく。そのあいだもチラチラと振り返ってくるし、最初の印象がどんどん変わっていくのは不思議だった。
一方で魔剣士ナザルはというと寡黙さを増してゆく。
魔剣の柄頭に手を置き、先ほどは竜を屠ったというのに喜びの表情をまったく見せない。
魔剣は迷宮の脅威に気づきかけている。
では、お前はどうだ?
暗闇のなかで、ひっそりと俺は笑った。
いや、もちろん俺も大ピンチなんだけどさ。




