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第16話 君の名前はデスタンバリンに決めた

 魔剣というのは極めて特別な存在だ。

 戦場であれば敵兵を蹴散らし、迷宮であればボスごと吹き飛ばし、ありとあらゆる危険な敵を排除する。無敵でチートな存在なのだ。


 その存在はもはや国宝そのものであり、優れた魔剣、そして魔剣士によってこの国は支えられている。ならば国民からの多大な尊敬の念を集めるのは当然だろう。


 だが、隠された真相があることを、恐らくは俺以外にだれも知るまい。

 その真相とは、魔剣が神々しいまでに美しい姿をしていることであり、魔剣適正値2000を超える俺にしか分からないことだ。


 女神もかくやという美しさ。

 触れることさえもためらわれる存在ではあるのだが、しかし彼女を見ることができるせいで、ときに困ったことが起こる。


 それはとある昼下がりのことだった。


「おーおー、どこから迷いこんできたんだー」


 そう言って手を伸ばすと、まだ小さな生き物は「みーう」と鳴く。

 毛むくじゃらで俺の指先をぺしぺし叩いてきて、それからおなかを見せてじゃれついてきた。


 あどけなく、可愛いことこの上ない。

 しかし俺はハッと息を呑む。すぐ近くからのぞきこむ者がいたからだ。


 その女性は黒髪を長く伸ばしており、己の両ひざに手を乗せて仔猫と同じくらい瞳を輝かせている。すぐ隣にしゃがみこむという、たったそれだけで俺の脳髄は溶かされそうだ。


 なにしろ、衣装からこぼれ落ちそうな乳房がすぐ隣にあり、そこから甘い香りがたくさん届く。頭がクラクラしていたところで彼女は確かに「にゃーん」と鳴いた。あの魔剣フラウデリカがだぞ。ちょっとあの、殺す気ですか?


 待ってください、脈が止まりそうです。

 ぴっちり合わされた太ももは本当にやわらかそうで、猫を追って前のめりになると清純な顔つきと正反対の迫力ある重みが……!


 ぎしっと身体がこわばるし、見えることを伏せておきたい俺としてはたまったものではない。すぐ耳元で「猫ちゃん」と小さな声で言われてはなおさらだ。


 にゃんにゃんと手を振って、仔猫は思わずという風にフラウデリカの指をはたく。すると息が当たるくらいそばで彼女は「ンフー」とたまらなそうな息を吐く。


 ――どうしよう、くっそ可愛い。


 凛々しい顔つきに憧れて彼女とお近づきになりたかったのだが、ここにきて知らない顔をどんどん見せてくる。

 つい先日、彼女が赤っ恥をかいたことで、他の者たちと同じように俺も魔剣の姿を見ることができないと勘違いしたせいだ。


 つまりは完全に油断しきっている状態であり、普段とまったく異なるギャップによって俺はもうメロメロだ。走れメロメロスだ。


 と、仔猫は指先をかぷんと噛む。甘噛みのくすぐったさを何度か受けたフラウデリカもメロメロスだ。やーんと言いながらのけぞり、悲鳴にならない悲鳴を上げて、それから抑えきれぬ衝動によってか俺の腕をカシカシと何度も引っ掻いてくる。


 もうね、この時点で俺みたいな一般市民はもう無理、もう限界。いますぐ結婚したい。

 仔猫ちゃんと魔剣ちゃんの可愛いオーラを直に浴びて、理性が粉々に吹き飛びそうなのだよ。ほらね、魔剣士になりたくもなるでしょう?


 芝生に寝そべって仔猫と遊ぶフラウデリカは、たぶん世界で最も罪作りな女性だ。でなければ、だれよりも美しく、たわわな乳房をむぎゅりと歪ませる光景を生み出さない。


 わーっと言いたい。わーっと叫んで駆けだしたい。

 信じられねえ。あのファックス男、こんな美人をいつも連れ歩いているのかよ。許せねえ。


 こうなったらもう死んでも魔剣の姿が見られることを隠し通さないといけない。でないとこの油断しまくったフラウデリカたんを二度と見ることができないからな……! 絶対にだ!


「おーい、どうしたんだタロ。遊んでるなら……っと、猫か」


「親父さん。どうしましょう、迷い込んできちゃったみたいで」


 いいかげん理性の限界だった俺は、話しかけられてホッとする。振り返ると陽射しよけの帽子をかぶったニコライが立っていた。


「こういうのは構わないほうがいいんだがな。ナザル様は動物が大嫌いなんだ」


 しゃがみこみ、まっ白なおなかを撫でながらニコライはそう言う。苦しそうな息を吐き出したのは、もしかしたら過去にちょっとしたことが起きたのかもしれない。たとえば猫を処分されるといった……。


 しかし生後から間もない仔猫だ。親がいない以上、このまま放っておいたら明日には命を失いかねない。

 いつの間にかフラウデリカは身を起こしており、そんな俺たちの会話を真剣な表情で見つめていた。


「しょうがない、大きくなるまで俺が面倒を見ます」


「見るってお前、もしも見つかったら……」


 ゴクリと喉を鳴らしてからそう言われたが、他でもないフラウデリカたんが真剣な瞳を向けているんだ。ならもうこれしかないでしょうよ。


「給金をもらっていない俺はまだ部外者ですし、外で飼うぶんには気にされないでしょう。ただ、猫に与える食事は少しだけいただけると助かります」


 先ほどの会話から、ナザルはやや危険人物だと分かった。火種になりかねない事態ではあるが、ぱあっと瞳を輝かせるフラウデリカたんを見れたのなら文句はない。


 親父さんは何かを言おうと何度か口を開いたが、結局は「好きにしろ」と言い、立ち去ってゆく。背を向けたまま彼は建物のひとつを指さして「料理長には話をつけておく」とだけ言うと姿を消した。




 はて、さて、どういうことだろう。

 俺はまだ魔剣というものを知らない。見たことしかないし、いまは見えることを隠して生きているのだから知りようがないのだ。


 しかしだな、川沿いにテクテク歩いているあいだ、当の魔剣フラウデリカたんがあとをついてくるのはなぜなのか。


 ひらりひらりと舞う布によって、彼女の胸元についつい俺の目は吸い寄せられそうになる。

 武人として鍛えているのか太ももはたくましく、大きなお尻を生み出したあとに腰の辺りでぎゅっと収束される。しかしその上にある顔はというと少女のように小さくて瞳が大きい。

 整えられた眉といい、バランスのとれたしなやかな歩きかたといい、百点満点中で一億点は硬いと言わざるを得ない。好きだ。


 だが、魔剣というのはどのような存在なのだろう。

 本体である剣のそばからは離れられないのではと考えていたが、それは彼女の気分次第なのだろうか。ただ、今回ばかりは腕のなかで「にーう」と鳴いてくる仔猫が一番の要因だろう。


 しかし、いくら美しくても、俺の好みのドストライクであろうとも、決してまじまじと見てはいけないのだから史上最大級の拷問といえる。


「さて、どんな名前にしようかな。気に入ったら鳴くんだぞ」


 なので気をまぎらわそうと話しかけてみたところ、真っ白い毛並みで青みがかった瞳の仔猫が見上げてくる。


「男の子だもんな。かっこいいのがいいか。デスタンバリンってのはどうだ?」


 があんっとフラウデリカはショックそうな顔をする。それからダッシュでドドドと駆けよってくると、鳴きかけていた仔猫の口をぎゅっとふさぐ。


「鳴いてはいけません! これは卑劣な罠です!」


「あれー、だめか。いい名前だと思ったんだけどな」


「どこがですか! ひどすぎます! あなたは最低で最悪なセンスの持ち主です!」


 ぜえぜえと息を切らしながら必死に言うものだから、思わず吹き出しそうになっちゃったよ。

 うん、やっぱり可愛いな、フラウデリカって。

 表情をどんどん変えるし、こちらが聞こえいなくても文句を言っているように、いつも本気で一生懸命だ。


「なら、そうだな、えーと……やっぱりデスタンバリンでいっか」


「だめですったら!!!」


 わっと泣き出しそうな声でそう言いつつも猫の口を押えているものだから、むぎゅるんという変わった鳴き声が響く。こらえていたのに、ぶははっと吹き出してしまった。


「じゃあ、ジロだ。俺がタロ、お前がジロ。響きもいいし、ずっと仲良くできそうな感じがするだろう?」


 なら構いませんと納得したかのように、フラウデリカはそっと指を離す。すると仔猫は「にーう」と可愛い声で鳴いてくれた。良かった、デスタンバリンのほうがいいって言われなくて。


 たぶん陽射しがまぶしかったせいだろう。仔猫であるジロは、まるで笑顔のように目を線にしていた。

 いまの俺もまったく同じ表情だ。もしかしたらフラウデリカたんも。


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― 新着の感想 ―
[一言] こりゃ、卑怯なほどにくっそ可愛い/w 実際、本体離れてそんなにふらふら歩いていいのかとは思うけれど。猫には触れるのか。見えないだけで、一応人にも触れるのかな。かりかりしているし。
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