先に行った勇者と突然のお招き
あたしはメイちゃんに手伝ってもらいながら、慌ててアーちゃんの一部である下着とドレス部分を身に着けたけど、まだ身体の回復が完全でなく、鎧部分まで身に着けるのはキツそうだった。
普段は鎧の胸当て部分に隠れて見えないけど、アーちゃんのドレス部分はかなり大胆に胸元が開いていてゆったりしたデザインになっている。 お陰で胸当てが無い状態だと、胸が窮屈でなくてかなり快適なんだけど、さっきからユーちゃんが殺意の籠った視線で胸の谷間を睨みつけてきて正直怖かった。
「まだ、バラバラになった御身体がどうにか繋がっている状態で、完全に回復するには今しばらくお時間が掛かる物と思われます。 鎧の装着は今しばらくお待ち戴いた方がよろしいかと……」
気まずい空気の中で、傍らのセバスチャンがそう説明する。
むぅ、あたしはゾンビだからポーションとか回復魔法は効かないどころか、毒みたいなモノだったりするんだよねぇ。 メイちゃんもさっきの破邪閃光のダメージが回復しきって無いみたいだし。
ここはもう少し休憩するしか無いか……そう言おうとした時、ユーちゃんが自分の剣を手に取ると、そのまま足早く広間を出ようとしたので、あたしは慌てて彼女の背中に声を掛けた。
「ちょちょちょちょっと!? どこ行くのユーちゃん!?」
「どこって、今アナタが言ったじゃありませんの。 ニコラスが復活した魔王と魔法機械を使って何かを企んでいるって。 当然、今からそれを阻止しに上階へ戻るのですわ」
「いやいやいやいや、一人じゃ危険だって。 あたし達が回復してから一緒に行った方が」
「あれから三時間以上経っていますし、グズグズしていたら手遅れになるかもしれませんわ!」
「それはそうかもしれないけど……そうだ、ユーちゃん勇者だから魔法も使えるじゃない? なんだっけ……そうそう念話で助けとか呼べないの?」
ユーちゃんは、あきれたと言いたげな仕草で溜息を付いた。
「思ったよりも魔法について無知ですのね。 念話は通話の距離が限られる上に、地下から地上へは更に繋がりにくくなってますの。 そうじゃ無ければ、討伐隊も一々撤退して地上に助けを呼びに行くなんて致しませんわ」
「そ、そうなんだ。 でもそれなら尚更一緒に居たほうが……」
「ご心配なく。 さっきは触手の奇襲で思わぬ不覚を取りましたが、あれでニコラスの手の内も判りましたし今度は間違いなく仕留めて御覧に入れますわ」
「でも、魔王とかも居るかもだし、ニコラスもザビーネを手に入れてパワーアップしてるし、ここは……」
ユーちゃんは苛立たしげにブーツの踵を床に叩き付けて、あたしのセリフを遮った。
「ですから、ご心配なく! こう見えてもワタクシは勇者シャルテの末裔! そう何度も何度も不覚を取ったりしませんわ!」
そう言った彼女の表情は頑固な決意に満ちていて、あたしでは説得はムリそうだった。
自分で扉を吹き飛ばして入って来た出入り口から広間を出ようとした彼女は、そこで立ち止まるとこっちを振り向いて、可愛い笑みを少し浮かべながらあたしたちに言った。
「もし、それでもワタクシが魔王達の手に掛かったら、後はアナタ達にお願いしますわ。 それじゃお先に……シネルさん」
そういい残して彼女は広間を出て行った。
……カッコ付けめ! 危険があるのが解ってて一人で行かせるものか! あたしは鎧も着ないでユーちゃんを追いかけようとしたけど、そこでいきなり足から力が抜けてすっ転んでしまった。
「お嬢様、まだお体が完全に回復しておりません。 御心配なのは解りますが、ここは今しばらくお休み下さいませ!」
ぐぬぬ……今追いかけても足手まといになるだけか。 それにあたしが自分で言った通り、グズグズしてると、ニコラスと魔王の計画の第二段階とやらが完了して色々と手遅れになってしまうかもしれない。
だから、ユーちゃんも勇者の末裔としてそれを見逃すわけには行かないのだろうし、他にもサンドルマ家の期待の末裔として色々なモノを背負っているんだろう。 だから、待ってと言われても軽々しく待つなんて出来ないんだろう……
「勇者ってのも大変なんだなぁ……」
あたしは思わず溜息を吐いた。
……
それからしばらくして、漸くあたし達はどうにか動ける様になった。 あたしはアーちゃんの鎧部分も身に付けて、セバスチャンを手に取った。
メイちゃんも、さっきのニコラス達との戦いで槍を失ってしまったモノの、身体のダメージは完全に回復していた。
これで準備は万端! 急いでユーちゃんの後を追う為に広間を出ようとした時、背後から何かが崩れる様な大きな音が響き渡った。 反射的に後ろを振り向くと、あたし達のいる出入り口から蘇生装置を挟んだ反対側の壁に大きな亀裂と人が入れそうな割れ目が出来ているのが見えた。
「お嬢様、あれは……」
セバスチャンの言葉にあたしは肯いた。 この地下宮殿に入ってから、あたし達は度々地階の壁にできた横道を通って、ダグウェル達の陰謀の舞台裏に誘導されて来た。
その横道を作った何者かが、今また横道を穿ってあたし達を誘っているんだ。
「今度こそワナかもしれませんぞ」
そうかもしれない。 それに先に行ってしまったユーちゃんの事も気に掛かる。
でも、件の何者かはあたし達が完全に回復するのを待ってから、この横道を作った様に見える。 直接あたし達の前に姿を見せて来ない何者かは、ここに来て明確にあたし達を呼んでいる……そんな気がしてならなかった。
「……行って見よう。 例の誰かさんは、多分あたしに用事があるんだと思う。」
「畏まりました」
あたし達は瓦礫の散らばる広間を横切って、壁に穿たれた割れ目から中に入った。
案の定、アングラールに続いていた細道の様な岩肌がむき出しの細い道が続いている。 今回はあたしが先頭に立って先に進んだ。
不意に通路が途切れて、また広い空間に出た。 そこはさっきの広間よりも広い四角い部屋で、壁や天井に無数の魔力の伝達管が走っていた。 それらは、広間の真ん中に向かって延ばされていたが、その真ん中あたりで不意に途切れて千切れた様な断面を見せていた。
それはまるで、この広間の真ん中に巨大な機械が据えつけてあって、それに向かって複数の伝達管が接続されていたのが、不意にその機械だけが忽然と消えてしまったかの様だった。
「ここは?」
あたしがポツリと呟くと、セバスチャンでは無い別の男の声がどこからか聞こえて来た。
「ここはかつての迷宮の中枢部分だったが、今はもう使われていない。 管理からも切り離されている故に、ここなら安全に諸君と話が出来ると思ったのだ」
「だれ!? どこにいるの!?」
「ああ、姿が無いと安心して話せないか。 それではこれで如何かな?」
そう言うと、広間の中心……おそらく何かの機械が据えつけてあったと思われる巨大な台座の上に、忽然と一人の男が現われた。
全身を白いローブで身を包んで、顔はフードに覆われていて判らない。 明かりが一切無いこの広間で、男の全身から仄かな白い燐光が出ていて、自らの周囲をぼんやりと照らし出していた。
「悪霊……では無いようですな」
「アンタは誰? まず名乗ってくれないと話も何もあったものじゃ無いと思わない?」
しばしの沈黙。
「……失礼した。 本来は諸君に接触する権限が無い為に人間の礼儀の知識が完全では無いので、そこはどうか許されたい」
ローブ男は丁寧に頭を下げてから名乗り始めた。
「私は迷宮管理補助オートマトン……諸君が自動迷宮造成機と呼ぶ魔法機械が持つ人工意思集合体の一部だ」




