お菓子の記憶と怒りの勇者
……ニコラスは茹でたソーセージが好きだって言ってたけど、あたしはお菓子とかの甘い物が好きかなぁ。 滅多に食べられなかったし。
で、故郷のトルア村ではお祭りの時とかには、神様のお供え物にお菓子とか甘くしたパンなんかが供えられるのね。 子供の頃のあたしは大人の目を盗んで、村の悪ガキ連中と一緒にこっそり盗み食いなんかしてたワケ。
楽しかったなあ……お菓子も甘くて最高だったし。
でもまぁ、スグにバレて司祭様やら叔父さんとかにすっごく怒られたりしたワケだけど、アレで盗み食いの
罰は済んでるもんだと思ってたわ。 まさか、ここまで酷い目が続くなんて随分と高く付いたお菓子代だったなぁ。
(……! お……さい!)
え? なに? 聞こえない。 ……何の話だっけ? ああ、お菓子と神様の話だ。
でもさぁ、いくら神様だからってちょっと嫌がらせが過ぎるんじゃない? 温厚なあたしでも、いい加減に堪忍袋の緒が切れるってモノよ。
(ちょっと! ……て……ですの!?)
ああ、うん。 わかってるわかってる。 勿論今から天国に昇って、神様と決着つけて来るから。
んで、デブ野郎を叩きのめした後は、ヤツの飼ってる猫にも容赦はしないから。 嫌がる猫ちゃんを無理やり抱きしめて、それからフカフカのお腹に顔を埋めてウリウリしてやるんだ!
(いい加減……起き……)
うるさい! 今いい所なんだからジャマしないで! それで後は心行くまで肉球をプニプニして……うへへへ、泣いてもムダだぜ猫ちゃん、これから時間をかけてタップリと
「起きなさい! この腐れゾンビ!!」
あたしは頭に強い衝撃を受けて、天国から一気に現実へ引き戻された。
「あ……れ?」
ゆっくりと目蓋を開くと、怒り顔のユーちゃんと心配そうにしているメイちゃんの顔が見えた。
ああ、夢を見てたんだ。 いっそ、迷宮に来てからの一切が夢だったら良かったのに……あたしはゆっくりと上体を起こした。
ここはダグウェルやニコラスと戦った広間か。 でも、あちこちに崩落した瓦礫や落下したテラスの残骸が散らばっている。 奥の方には蘇生機械がどうにか無傷で残っているみたいで、あたしは一先ず安堵の溜息を吐いた。 神も流石にこれまで奪うのは気が引けたと見える。
「もう御身体に障りはありませんか? お嬢様」
「ウゥゥオオオォォォオオン……」
傍らにはセバスチャンとアーちゃんが並んで控えていて、あたしを気遣ってくれる。 うん、大丈夫……って、アレ? 魔剣のセバスチャンはともかく、自分が着ていたハズのドレスアーマーが何故にあたしの傍らに?
あたしは自分の身体を見下ろして……
「わひゃああああああああああああ!?」
思わず悲鳴を上げてしまった。 何故なら今のあたしは何一つ身に着けていない、正真正銘の全裸だったからだ。
「え? ナンデ? ナンデ裸? ま、まさかメイちゃんとユーちゃんの二人がかりで無理矢理あたしを!? いや待って、あたしは確かに二人の事はスキだけど、これは何か違うって言うか……」
「えい」
「あふん」
あたしはユーちゃんのパンチで一先ず冷静になった。 ……なぜ残念そうにしてるのメイちゃん?
「落ち着きなさい! ワタクシはそこの魔剣に頼まれて、瓦礫に押し潰されてグチャグチャになったアナタを集めて再生しやすいように並べただけですわ。 その際に鎧がジャマだから脱がしたまでの事、変な誤解はしないで下さいな!」
「なるほど、ごめんね。 あと、再生を手伝ってくれてアリガト」
「か、借りを返したまでですわ!」
ユーちゃんは頬を赤らめて、プイと横を向いてしまった。
それはそれとして、あれからどのくらい時間が経ったんだろう? あたしはセバスチャンに現状を聞いた。
「先程の戦闘からは、約三時間が経過しております。 ニコラス側の状況は不明ですが、少なくとも今の所、事態に変化は御座いません」
「そう……」
あたしはゆっくりと起き上がって、蘇生装置の方へ歩いて行った。 まだ身体が完全に再生しきっていないみたいで、動きがかなりぎこちない。
蘇生装置は、今や完全に動きを止めていてウンともスンとも言わない。 ニコラスがいじってた操作パネルを見ても、スイッチの意味さえ何の事か判らない。 これはもう、壊れてしまっているんだろうか? あたしはセバスチャンに聞いて見た。
「お嬢様が昏睡されている間に機械を調べてみましたが、概ね無事の様で御座います。 ただ、正常に作動させる為に必要な魔力が機械に供給されておりません」
「そうなの? 魔力は供給出来る?」
「現状では何とも……ですが、先程から上階よりかなり強い魔力の反応を感じます。 恐らくはニコラス達が何らかの魔法機械を使用する為の魔力が、そこに集中している為と思われます。 ですからこの機械に魔力を供給する為には、上階で使用している機械を破壊なり停止なりする必要があるかと思われます」
むぅ。 どこまでもあの変態があたしの行く手を妨害してくる。 多分、今上階では例の計画の第二段階ってヤツを進めているんだろう。
その計画がハッキリしないから、具体的にどんな事をしているのかは解らないけど、さっきニコラスは自分の動機はハッキリと宣言してくれた。
あの腐れ外道のド変態が魔王になって、自分の欲望を隠す事無く堂々と曝け出せる理想の世界を創る……
絶対に止めなきゃ。 あたしは自分の蘇生とは別に強い使命感が胸に宿ったのを感じた。
もしも蘇生が上手くいっても、帰るべき地上が変態の支配する魔界になってたら何の意味も無い。 ヤツがさっきユーちゃんにした触手の悪戯や、上階の拷問部屋の凄惨な光景を思い出して身震いをしてしまう。
下手をすれば、あんな事が地上の至る所で堂々と行われてしまうのだ。 そんな事を許していいワケが無い!
思わず拳を堅く握り締めて打倒ニコラスへの決意を新たにしていると、後ろからユーちゃんが声を掛けてきた。
「何を一人で燃えているのか知りませんけど、いい加減に何か着て下さいな!」
え? ああ、そうか。 まだ裸のままだっけ、寒さとかにも鈍くなってるから忘れてたよ。
「まぁ、でもいいじゃん。 ここには女の子しかいないんだし、セバスチャンは魔剣だから問題無いって」
「そう言う問題じゃありませんわ端足ない! そんなに胸を曝して見せ付けてるつもりですの!?」
胸? ……そう言えば初めて会った時にも、なんか胸のコトで怒ってたっけ。 あたしはユーちゃんの怒りを解くために持論を披露してみせた。
「いやいや、胸だけが女の子の価値ってワケじゃ無し。 大体、こんなモノ大きすぎてもムダだって。 重いし、揺れると肩凝るし、足元見えにくいし、特に剣とか振るう時にはジャマにしかならないんだから、いっそ無い方が」
「……そうですの? だったら」
ユーちゃんは、目にも止まらない速さであたしの懐に飛び込むと、怒りの形相も凄まじく両手であたしの胸を引っつかんで物凄い力で引っ張り始めた。
「痛い痛い痛い! って、実際は痛みはないんだけど、でもやめて!! そんな引っ張ったらもげちゃう!!」
「そんなにジャマなら、いっそ引き千切って差し上げますわ!!」
目がマジだ! どうやら説得は失敗したみたい……ってか、逆効果になってしまったみたいだった。




