偽りの儀式と茶番劇
吹き飛ばされた扉は、ダグウェル達の手前に轟音を立てて落ちた。
猛烈に吹き上げる煙の中を、一人の人物が蘇生装置に向かって歩いて行く。 あたしは、その人物が誰であれ、ダグウェルが作り上げた陰謀のパズルの最後のピースで無い事を祈った。
「そこまでですわ! 魔貴族ダグウェル! お前達の魔王復活の陰謀はこれでお終いですわ!!」
祈りもむなしく(神め!)、広間の中に最後のピース……女勇者ユーファリア・シャルテ・サンドルマが颯爽と広間に乗り込んで来た。
ああもう! 助けを待つか引き上げるかすれば良かったのに!! でも、彼女の気性を思えば当然の成り行きかもしれなかった。
ダグウェルの取り巻きは四人ほどいたけど、その内の二人が剣を抜いてユーファリア……ユーちゃんに斬りかかる。 それと同時に、残りの二人がユーちゃんに闇の塊を火球の様に投げつけた。
恐らくは、闇属性の攻撃魔法なのだろう。 でも、ユーちゃんは全く臆する事も無く聖剣イーヴルバスターで事も無げに闇の魔力球を斬り裂いて消し飛ばした。
次の瞬間、ユーちゃんは手前の二人の剣士と切り結び、瞬く間に一人を切り倒した。 もう一人は一瞬驚いた様子を見せたが、すぐにユーちゃんとの先頭に入った。
あたし達はと言えば、この戦闘を止めさせてユーちゃんを逃がすために、このバルコニーから降りる手段を探していた。 ここから逃げる様に呼びかける手もあったけど、実際あたしの推理には何の証拠も無いからユーちゃんが大人しく引き下がってくれるとは思わないし、すでにもう事態は手遅れなのかもしれなかった。
でも、ここで観客として事態を傍観しているわけには行かない。 あたしはセバスチャンとメイちゃんに自分の推理を手短に話した。
「成る程、確証は有りませんが辻褄は合いますな。 よくぞお考えになられました」
セバスチャンの賛辞に思わず照れてしまう。 まだ答え合わせが済んでいないとは言え、我ながら上手い解釈が出来たとは思う。 自分の腐りかけの頭がこんなにも冴えていたなんて驚きだ。
まぁ、チーズもカビが生えたりした方が美味しかったりするし(臭いけど)、お頭もそんなモノなのかも知れない。
って、今はこの状況にどうやって割り込むかを考えないと。 あたしはまた腐りかけのお頭を回転させて考えた。
自分の周囲には、階段もハシゴも無い。 壁には不気味なレリーフが刻まれていて、これを手がかりに下まで降りられなくは無さそうだったが時間が掛かりそうだったし、もしも途中で敵に見つかったら狙い撃ちされてしまう。
あとは、アングラールから持ち出した落下速度を和らげてくれるアイテム“天使の羽”があったが、セバスチャンによれば、かなりゆっくりと降下するアイテムで、落下中は身動きが取れないらしいのでやはり見つかった場合に狙い撃ちされる危険は変わらないとの事だった。
じゃあ、まるで打つ手が無いって事じゃない! そうしている間にも、ユーちゃんは二人目の敵を易々と倒して(両方とも闇妖精族の騎士だった様だ)、早くもダグウェルの手前に辿り付いた。
「一度に掛かってくれば、ワタクシを倒せる可能性が少しはあったかも知れませんわね。 でも、これで王手ですわ! お前達の数々の非道は、その命で償って貰いますわ!」
聖剣を突きつけて大見得を切るユーちゃんに、ダグウェルは余裕と言った感じで拍手をした。 手前の二人のローブの人物も釣られる様に拍手をする。
「よォくぞ、ココまで辿り付きました勇者様ァ。 それも古の勇者シャリアの子孫なんて、とっくに断絶してたと思ってましたケド、お会い出来て光栄ですわァ」
ダグウェルの傍らに浮かぶ魔杖ザビーネも、嘲り交じりの賛辞を送った。
「黙るが良いザビーネ」
「これは申し訳御座いません、我が君ォ」
ダグウェルの短い叱責にザビーネは恐縮しながら彼の手に戻った。 ユーちゃんは余裕をみせる彼らに苛立ちを覚えて聖剣を構えた。
「随分と余裕ですわね! でも、その機械を破壊してしまえば、お前達の舞おう復活の陰謀はお終いですわよ!」
「まだ、その程度の認識で安心しましたよ。 計画はコレで全て上手く行ったと言う事ですね」
傍らのローブの人物が嘲る様に勇者に話しかけた。 あれ? この声って……
「出しゃばるな」
「申し訳御座いません」
ローブの人物もダグウェルの一言で背後に引っ込んだ。 そしてダグウェルが一歩前に出て、ユーちゃんと向かい合った。 その表情には相変わらず余裕しかない。
「ようこそ、ユーファリア・シャルテ・サンドルマ。 単身でここまで乗り込んだ勇気と強さを讃えよう。 だが、その無謀がお前の命取りだ」
「フン、月並みなセリフですわね! もう少し恐ろしげなセリフや演出を用意しては如何?」
「それでは、こんな演出は如何かな?」
ダグウェルが目でローブの男に合図すると、そいつは蘇生装置のパネルを操作した。 すると、棺の部分が独りでに開いてその中身を明らかにした。
「なっ!?」
あたしとユーちゃんは同時に絶句してしまった。 なぜなら、蘇生装置の中に肝心の魔王の死骸が入っていなかったからだ。
「どう言う……コトですの? 魔王復活の報はデタラメだったと?」
「そう言う事ではない、勇者殿。 我々は確かに魔王復活の意図を持ってここに来たのだ……もっとも、魔王の復活はとっくに済ませてしまったのだがね」
「なんですって?」
「今、言った通りだ勇者殿。 我々は既に魔王の復活は済ませた。 ここで復活の儀式の“フリ”をしていたのは、もう一つの計画を完遂するためでしか無い」
まずい! ここは見つかってでも天使の羽で飛び降りるしかない! でも、飛び降りようとして床を見たとき、思わず身がすくんでしまった。
なぜなら、広間の床が黒く変色したかと思うとまるで生き物の様に激しくのたうったからだ。
「なっ!?」
ユーちゃんは波打つ床の上で何とかバランスを取ろうとしたが、上手く行かずに尻餅をついてしまった。
そこに床から無数の黒い触手が生えて来て、瞬時に彼女を縛り上げてしまった。
「な、何よコレ!?」
必死に触手を振り解こうとあがくユーちゃんに、ローブの男が声を掛けた。
「大人しくしてください。 僕が召喚したこの触手は、まだ制御の内にありますが、あんまり暴れると制御が解けてそのまま淫界に引き込まれてしまいますよ」
そう言って男はローブのフードを取った。 そこに現われた顔は、間違いなくあの変態野郎だった。
「すぐには殺しませんので、どうか大人しくして下さい」
ニコラスのセリフで、あたしの疑惑が完全に固まった。 この儀式……いや、茶番劇の目的は勇者をおびき寄せる為の大掛かりに仕組まれたワナだったんだ!
予定がかわりまして、休みは明日になります。
ご迷惑をお掛けして申し訳ございません。




