死闘の決着と高らかな宣言
右目に……左目っと。 よし、見える様になった。 まだ眼の奥の方がゴロゴロするけど、すぐに戻るでしょ。
本当は眼をつぶるだけでも良かったんだけど、何かの拍子で眼が開いて干し首見るのヤだったし。
「ブオオオオオオオオオオ!!」
ヘソから腹を刺されたラードゥがのたうち回って暴れている。 今のも致命傷にならないなんて、伊達に脂を溜め込んで無いってワケだ。
「貴様ああああああああああ!!」
ラードゥが怒りの形相で立ち上がるのと同時に、全身から目に見えるほどの魔力を放出させた。 腹の出血も止まって傷が目に見えて回復して行く。
「全身の脂肪を燃焼させて、身体能力を飛躍的に向上させている様ですな。 同時に回復能力も向上している様です」
うへ。 魔貴族を名乗るだけあって、かなりのしぶとさだ。 ゾンビのあたしでも、さっきからの連戦で疲労が蓄積してきてる。
一方のラードゥは、もうダメージも感じさせない元気その物と言った感じだ。 でも、さっきまでの余裕は無く、剥きだしの殺意を漲らせている。
「愉快である!! 久しぶりに潰し甲斐のある強敵に出会えたと言う物だ!! ダグウェルの奴め、地上の討伐隊の駆除などと言うコッパ仕事を我が輩に押し付けた無礼はこれで許してやるとしよう!!」
そう言うなり、ラードゥの姿が視界から消えた。
「お嬢様! 後ろです!!」
え!? 振り向くよりも早く、あたしの顔面にラードゥの拳が叩き込まれて、地面に叩きつけられる。
急いで上体を起こすよりも早く、ラードゥの巨体はもうあたしの頭上にあった。
速すぎ!? あの腹で一気に押し潰すつもりだ!!
だけど、メイちゃんが横からラードゥにぶつかって軌道をそらせてくれる。 ラードゥはギリギリ離れた場所に地響きを立てて落下して、あたしは急いで立ち上がりセバスチャンを構える。
「我が腹で即死を賜るは慈悲ぞ!! 軽々しく回避するでない!!」
ラードゥは素早く起き上がり……次の瞬間にはあたしの目の前まで接近してきた。
次々に繰り出される拳の連打を、必死でセバスチャンで受け止める。 魔力と脂汗で包まれた拳は魔剣を受け止めてキズ一つ負わない。
横からメイちゃんが加勢に入って、ラードゥの脇腹に思いっきり蹴り脚を突き立てたけど、ラードゥはそちらを見もせずに、素早い回し蹴りの一閃でメイちゃんを軽々と吹き飛ばした。
「食えもしない鉄屑めが!! 控えておれぃ!!」
こいつ、強すぎる。
どうやって倒せば良いかは解っている。 でも、こいつの素早さとスキの無さがそれを困難にしている。
どうにかして一瞬のスキを作ることさえ出来たら……
「デブァアアアアアアアア!!!」
ラードゥは気合を込めた雄叫びを上げると、腹の肉で横薙ぎに入って来たセバスチャンを咥え込んだ。 まずい!! 慌てて引き抜こうとしたけどガッチリと腹肉で挟み込まれてビクともしない。
メイちゃんはさっきの蹴りで出来た胸甲の大きな凹みのダメージが回復出来ないみたいで、起き上がる事も出来ないみたいだ。
なら、セバスチャンを一旦手放す? ありえない! それは確実なあたしの死を意味する。
……え? じゃあ、これって詰み!?
「勝負あった!! 死ねぃ!!」
ラードゥは勝利を確信してあたしの頭上に組んだ両拳を振り下ろす。 絶望に駆られたあたしの耳元で神が「ムホホホ」と笑った気がした。
「ぐぅあっ!?」
ラードゥの顔面に魔光弾が直撃して、軽い呻きを上げた。 同時に腹の締め付けが緩んで、セバスチャンが自由になる。
反動で後ろによろめいた瞬間、ラードゥの拳があたしの頭を僅かに掠めて宙を切った。
「メイちゃん!! アレを投げて!!」
あたしは左腕をメイちゃんに向けて、でもそっちを見ずに叫んだ。
次の瞬間、広げていた左手にメイちゃんが投げて来たモノが正確に収まった。 ナイスコントロール、メイちゃん!
「こっちだ脂ブタ!!」
あたしはラードゥを挑発しながら、セバスチャンを再びラードゥの腹に叩き込んだ。
ダメージは通らないけど、注意を引けたらそれで十分! あたしはメイちゃんから受け取ったモノをラードゥの顔面に突きつけた。
「調子に乗るな!! この腐肉め……」
ラードゥはそれ以上しゃべる事も出来ずに一瞬で石像に変わった。
上手くいった……あたしは手にしたメデューサの干し首を見ない様に魔力鞄に収めた。
ラードゥに気付かれない様に干し首を目の前に持って行くのが至難の業だったけど、頭に血が昇って冷静な判断が出来なくなっていたのが幸運だった。
勝因は、それともう一つ……
あたしは広場の隅に下がっていた魔術師達に向き直った。
「さっきの魔光弾がなかったら危なかった。 ようやく助けてくれたみたいね」
魔術師は苦々しげに返事をする。
「お前が死ねば、次は我々だったからな。 それに増援が来るまではお前に持ちこたえて貰わねばならなかった」
まぁ、そう言う事にしておこう。 増援がくるみたいだから、落ち着いた所で誤解を解いて……って、増援!?
「先ほどのエレベーターホールにあったゴミの量から推測して、おそらく人間の戦力は百人前後。 ここには十五人しかいませんでした。 恐らく彼らは別働隊で、本体がこちらに向かっているのでしょう。 先ほどの戦いの合間に念話の魔法で連絡を付けた物と思われます」
セバスチャンが冷静に分析する。 冗談じゃない! やっとキズが回復したあたりで、何十人もの冒険者や聖騎士と戦うのはかなりムリがある。 誤解も解けそうに無いし、ここはさっさと逃げたほうが良さそうだ。
メイちゃんもダメージが大分回復して動ける様になっている。 長居は無用だ。
「アンタ、石化の回復は出来る?」
あたしは女回復術師に聞いた。 彼女は戸惑った表情をみせたけど、ゆっくりと首を縦に振った。
「じゃあ、聖騎士達の回復はお願いね」
そう言ってあたし達は奥に続く入り口に逃げ込もうとした。 その背中に魔術師が声を掛ける。
「余裕だな。 情けをかける気か?」
あたしは振り向いて叫んだ。
「いつかは地上に帰るつもりなんだから、出来るだけ人間とコトを構えたくないだけ」
「どんな思惑があるかは知らんがムダな事だ! もうすぐこの迷宮に勇者様がお越しになる。 そうしたら、お前もダグウェルも終わりだ!!」
勇者!? 聞き捨てならない言葉が出て来たけど、問いただすヒマはなさそうだ。 ここは逃げないと……
「待って!」
今度は女回復術師? 一体ナニ!?
「あなたは結局何者なの? せめて名乗りなさい!」
あたしはトルア村の……言いかけて言葉を呑みこんだ。 まだ誤解が解けない内に名乗るのは危険な気がする。 ヘタしたら、トルア村の叔父さん達に迷惑が掛かるかも……
よし。 あたしは魔術師達に向き直ると、精一杯の虚勢を張って言ってやる。
「お前達の名乗る名など無い! だが、これだけは憶えておけ! あたしを二度と“ゾンビ女”とか“バケモノ”とか呼ぶんじゃない!!」
大きく胸を張って高らかに宣言する。
「あたしの事は、お嬢様と呼べ!!」




