乱戦と肥満豚
やばい! あたし達は来た道を引き返して広間に戻った。 ああもう、なにやってんだか……
「増援か!?」
「卑怯者!! 時間稼ぎをしていたのだな!?」
「ゾンビだけに腐ったヤツめ!」
ダッシュで広間に戻ったあたしと、後に続く闇鬼畜族を見た聖騎士や魔術師達が、一斉に罵倒を投げつけてきた。
え!? これって、あたしが闇鬼畜族を連れてきたと勘違いされてる!?
「ちょ!? まって、これは誤解……」
「問答無用!!」
角付きの聖騎士が、怒声を上げながら剣を地面に突き立てた。
「お嬢様! メイちゃん様! 右に跳んで下さいませ!!」
セバスチャンが大声で警告したので、あたしとメイちゃんは右方向に思いっきり跳んだ。
「アーちゃん様! 瘴気で御二方の防御を!!」
その叫びと同時に、闇鬼畜族の集団を中心に大爆発が起こった。
あたし達はアーちゃんが出してくれた闇の瘴気に包まれたものの、それも一瞬で白い爆風に吹き飛ばされて二人とも地面に叩きつけられた。
「う……」
あたしは何とかすぐに起き上がり、セバスチャンを構えた。
セバスチャンの結界と闇の瘴気のお陰で最悪のダメージは免れたけど、聖騎士の聖光爆発はかなりの威力で二人とも無傷では済まなかった。
メイちゃんは爆風の直撃の寸前であたしを庇ってくれたらしく、身体の半分が焼け爛れている。
あたしはと言えばそのお陰で身体には異常はなかったけど、衝撃で右目が飛び出てしまっていた。 慌てて片手で目玉を押し戻す。
視界が完全に戻らないけど、あたしは聖騎士達の攻撃に備えた。
……でも、彼らはこっちに掛かってこない。
ようやく視界が戻ってきた。 ……そして、あたしは聖騎士達を見て、何故聖光爆発と共にこっちに向かって来なかったかを理解した。
先陣を切った角付き兜と数人の聖騎士が、突撃を敢行しようとした姿そのままで石像になってしまったからだ。
さらに魔術師も三人ほど同じように石像に代わってしまっている。 一体何が起きたの!?
「ブフゥ~、危ない処だったわい。 手下を先に行かせて正解だったようだのぅ」
入り口から野太い声が聞こえて、そこから大きなトゲ突きの鉄球がついた棍棒を持った、大柄の肥満した闇鬼畜族がのっそりと入って来た。
背は入り口を屈んで入らなければならない程高く、横幅や突き出た太鼓腹も同じくらいあった。 この巨体に合う防具が無いのか上半身は裸で、首から何かをぶら下げている。
「んん~? 残りはザコだけか。 なんだか痩せっぽちばかりで楽しめそうにないのぅ」
そいつは左手に持った鳥の腿肉を、クッチャクッチャとイヤらしく噛みながら退屈そうに呟いた。
「お嬢様、あいつは首からメデューサの干し首を下げているようです。 絶対に正面からの戦闘は避けて下さいませ」
セバスチャンが小声であたし達に警告する。 メデューサと言えば、その目を見たら石にされてしまうと言う神話やおとぎ話では定番のモンスターだ。 まさか干し首でも効果があるとは知らなかった。
どうやら残った聖騎士も相手の首に下がってるモノの正体を悟ったらしく、距離を取って楯を構えた。
「ブフォフォフォフォフォ! この魔貴族ラードゥ様と戦おうと言うのか? かわゆいのぅ。 かまわん、先に掛かってまいれ」
ラードゥと名乗った闇鬼畜族は余裕の笑みを浮かべて、早くも食べ終えた鳥の骨をしゃぶったまま、モールを構えようともしない。
挑発に乗った残り四人の聖騎士達が剣を構えて慎重に距離を詰めるが、正面を向いたら石になってしまうのでまともにラードゥを見れないようだ。
石化を免れた魔術師と、神官服の女回復術師も攻撃魔法を唱えようと杖を構える。
次の瞬間、聖騎士達が一度に突撃して一斉にラードゥに斬りつけた。
が、その刃は次々と腹の表面を滑ってダメージを与えられない。 次いで魔術師の魔光弾が直撃するが、これも身体の表面で弾けて効果が出ないみたいだった。
驚く聖騎士達を見下ろしながら、ラードゥは愉快そうに笑って鳥の骨を噛み砕いて飲み込んだ。
「んん~? 今、何かしたのかの? ブフォフォフォフォフォフォ」
「そんな……」
戸惑う女回復術師の声を聞きつけて、ラードゥは彼女の方を見て好色な笑みを浮かべた。
「よしよし、お前は後でたっぷりと可愛がってやるから生かしといてやろう。 しかし、オス共は別に要らんなぁ~」
そう言ってラードゥはメイスを振り上げた。 そしてそれを聖騎士達に振り下ろす瞬間、あたしは素早くラードゥの背後にダッシュして膝の裏を思いっきり蹴り付けた。
「ブゴッ!?」
ラードゥはバランスを失って背後に倒れる。 あたしは巻き込まれない様に後ろに跳び退って距離を取った。
次の瞬間、大きな音を立ててラードゥが転倒した。
「仲間割れか!? かまわん! 諸共にやれ!!」
状況を掴めない聖騎士が一斉に襲い掛かってくる。 予想はしてたケドね!
あたしは最初の聖騎士の剣を、さっき魔法鞄から取り出した竜騎士の盾で防いだ。
その横からメイちゃんが槍の石突きで、その聖騎士の頭を突いて昏倒させる。 手加減してるし、兜があるから死にはしないだろう……多分。
「メイちゃん! 一人お願い!!」
あたしはもう一人の聖騎士に楯ごと体当たりして動きを封じ、短剣大のセバスチャンで右腕の間接を突いた。 苦痛の叫びを上げて剣を落とした所で、楯を思いっきり頭に叩きつけてこれも昏倒させる。
メイちゃんは残った聖騎士の捨て身の斬撃を槍でさばいて、自分の身長ほどもある槍を頭上で片手で振り回して、柄の部分を兜に叩き付けた。
聖騎士は寸前で楯でそれを防いだが、衝撃までは殺せずに苦痛の呻きを上げて膝を突く。 その顔面にメイちゃんの蹴りが飛んで勝負が付いた。
「クッ!」
残った聖騎士が剣を構える。 あたしはそいつに大声で警告した。
「アンタは邪魔だから、あそこの魔術師達を護ってて! あいつが起き上がる!!」
戸惑う聖騎士を無視して、あたしとメイちゃんはようやく上体を起こしたラードゥに向き直った。 ラードゥの顔は怒りで赤黒く染まっていて、まるで血で煮染めたみたいになっていた。
「グブブブ…… 腐肉の分際でやってくれたな」
次の瞬間、ラードゥがまるで体重を感じさせない動作で素早く起き上がり、同時にモールを投げつけてきた。
予想しない攻撃に驚いたモノの、すぐに身体を翻してモールをかわす……のと同時に突っ込んで来たラードゥの体当たりを受けて、あたしは広間の壁に叩きつけられた。
「グボッ!?」
血反吐を吐いて壁に背を預けてもたれ掛かる。 高速で突っ込んで来た巨大な肥満体の体当たりは、アーちゃんを持ってしてもダメージを防ぎきれなかった。
まだ動けないあたしの前に、メイちゃんが立ちはだかって護ってくれる。
ラードゥはと言えば、一転して余裕の笑みブタみたいな顔一面に浮かべている。 そして大げさに両腕を広げて、テラテラと光る肥満体を明かりの下に自慢げに曝した。
「ブフォフォフォフォ。 今の一撃を受けて死なないとは、流石にゾンビなだけはあるな。 だが、闇鬼畜族の秘伝の技“アブラー脂闘術”の全てを受けてまだ動いていられるかな?」
そしてあたしに余裕で挑発してくる。
「ほれ、どうした? 我が輩はスキだらけで突っ立っておるのだぞ? 早くかかって来るが良い。 ……腐肉は好まぬが、食後のチーズ代わりに食らってやろう」
今日で書き始めて一ヶ月。 早いものです……




