占い師の男
久々の投稿です。以前書いた作品ですが、お読みいただければ嬉しいです。
感想などもいただけるとありがたいです。
よろしくお願いします。
占いなんて屑だと思っていた。占い師は偽善者でペテン師で、適当にそれらしいことを言っては金を取る、そんな腐った奴らだ。そんなものに救いを求める奴らなどは愚の骨頂。
金を払ってまで全くの他人にすがるなんて、プライドの欠片も無い最低な人間だと。私には一生縁のないものだと。そう思っていた。
しかし、今私の目の前には一人の占い師が座っている。
薄暗い部屋の中で、その男は黒っぽい衣服を身に付け、私の顔をまじまじと覗き込んでいた。
私の顔はぐちゃぐちゃだった。視線を逸らすように周りを見渡す。
この男は占い師と名乗ってはいたが、それらしい看板はどこにも見当たらない。もちろん料金表なども置いてはいなかった。時計すらもない。
肩書もお金も時間も、私にとってはもう何の関係のないものの様に思われたが、なぜか気になって仕方がなかった。
奥の机には沢山の本が雑多に積まれている。本のタイトルを見ようと必死で目を凝らしてみたが、何分明かりはぶら下がったランタン一つだけで全く知ることは出来なかった。本の装丁を見ると、最近のものに混じってかなり古びた本もあった。
出口は私が入ってきた扉が一つだけのようだ。可能な限り視界を巡らせてみるが、他には何の情報も得られそうになかった。
いったいどれだけの時間が過ぎたろうか。もう随分長い間こうしている。その男に「どうぞ。」と着席を促されてから一言も口を開いていなかった。
私は今更ながらに後悔した。
自分でもどうしてこの男に付いて来てしまったのか分からなかった。
一つ原因があるとすれば、その占い師が男だったということだ。
その男は、私にそっと声を掛けてきた。占い師とは思えぬほど長身で、穏やかというよりはどこか気弱そうな顔立ちをしている。
しかし、その気弱さの奥にはオーラというのだろうか、力強く温かい不思議な魅力も感じられた。
ただ今は、怪しげなこの部屋を早く立ち去りたいという気持ちで一杯だった。
遂に耐え切れなくなり席を立とうとした時、男はようやく口を開いた。
「死んではなりませんよ。」
私を引き留めるには十分な一言だった。軽く咳払いをして、椅子に座りなおす。
「いったい、何の話でしょう?」
出来るだけの平静でそう言った。だが、声は上ずっていた。
「強がらなくても良いのですよ。あなたは助けて欲しくてここに来たのでしょう?」
「何言ってるんです。あなたがここに連れて来たんでしょう。私はそんなに弱い人間じゃあない。他人に助けを求めるなど・・・。」
「では、なぜ付いて来たのです?断ることもできたはず。」
「それは、・・・」
「人は皆そうなんだと思います。普段は占いなんて、ちょっとした娯楽としか思っていません。」
「でも、本当に辛い時は占いでも何でも救いが欲しくなるものです。自分ではどうして良いか分からなくなった時、自分ではどうしても決断できない時、誰かに道を決めて欲しいと思うことがあるでしょう?」
「そんな時は私が決めて差し上げましょう。うまくいけばそれで良し、失敗すれば私のせいにしてしまえば良い。」
私はおもむろに立ち上がった。
「そんな必要はない。」
少し腹立たしい気持ちで言い放つ。
「いくらだ?」
占い師は首を振った。そして、続けた言葉に私は驚いた。
「それなら良いのです。屋上から飛び降りることも、電車に飛び込むこともできなかったあなただ。きっとまだ大丈夫なのでしょう。」
「でも、もし本当に死んでしまいたいと思ったなら、もう一度ここを訪ねて来てください。その時は、私が・・・。」
私は最後まで聞かずにそそくさと部屋を出た。
相変わらず日差しは強く、容赦なく照りつけた。
顔が熱い。
私はその火照りを冷ますように、急ぎ足で歩き出した。