第20話「2人が選び取ったもの」
リタが、ものすごい大きさの魔力を溜め込んだ。
魔法を研究し続けてきた私でも、その魔法の正体はわからなかった。人間がかかわれない、天で生まれた者によるエネルギー源なのだろう。
リタがそれを放った瞬間、神玉の間に凄まじい衝撃波が起こった。
「きゃあっ」
どういう威力なのよ!! 今までの雷魔法とかと段違いなんだけど!!
被害までは受けていないけれど、他の天使たちも圧力でふっ飛ばされてるよ!
「これで終わりにする」
リタは片手で、地上にいる際に何度も使った雷の槍を生み出した。
それを握り、衝撃波の中心に、自ら突っ込んだ。
「リタ!!」
大丈夫なの!? 自爆とかしないでよ!?
「よし、俺らも続くぜ!」
起き上がった天使たちが、遠くから遠距離の魔法を連発している。
――こんな総攻撃を喰らって、女神はどうなったのか……
「……決着がついたぞ、ミラル」
やがて砂埃の中から、リタが姿を現す。
床に倒れ伏していたのは――ぐったりとした女神レナスだった。
「なぜじゃ……なぜ突然、お主らは人が変わったようにわらわを……」
レナスは腕を立てて必死に体を起こしながら、周囲の全員を睨む。
「卑怯じゃぞ、一対多数で。これは一方的な虐げじゃ! 全員許さぬぞ、わらわに何か不満でもあるのか!!」
「不満しかねぇぞ!」
天使たちが口々に言いだす。
「いつも気が変わったらすぐに命令を変えやがって!」
「私たち天使がどれくらい苦労してきたと思ってるの!」
「人が変わってなんかいねぇ……俺たちは普段から苛立ってたんだ!」
「地上にいる人たちの切実な祈り、ちゃんとまともに聞いてるの?」
周囲のあちこちから文句が飛び交ってる。レナスってば、神の威厳が吹き飛んで泣きそうになってるじゃん。
「わ……わらわは嫌われてたのか……? それでも、こんな酷いことはないのじゃ……」
……なんだか少し可哀そうになってくる。
あぁもう、子どもみたいな見た目しているのが悪いのよ!!
するとリタが突然、レナスの肩をポンと叩いた。
「同情を誘うような真似はよせ」
「……なんじゃと?」
「俺を天界から堕とした時だって、お前は俺に裏切られるのが怖いって、偽りの怯えを見せていただろ」
……そういえば、女神は故意にリタを天界から堕としたのか。
それでやっぱり回収するなんて、何度思い返しても理不尽すぎるし!
天使たちが顔を見合わせている。
レナスは、青ざめた様子でリタを見上げた。
「なっ、余計なことを――」
「……許される行為をしていると思うな」
「私も……あなたのせいで、人々の思いも無視され続けてるんだし」
「……くぅぅ!!」
レナスは大声を上げて飛び起きた。
リタ含め、他の天使たちはレナスから距離を取る。
「もう嫌じゃ! こんなところでやってられるか! わらわはもう……神なんかやってられえええん!!」
突然叫び出したんだけど、この女神……。
そう思った瞬間、レナスは神玉の間を思いっきり出ていき、廊下を走り出した。
そして宮殿から飛び出すと、どこかへ飛んで行ってしまった。
「レナス……どっかいった……」
「もうあいつ、神やる気なさそうだよな……」
しばらく、神玉の間に沈黙が走った。
……これ、どう反応したらいいやつだろうか。
いや、私たちは神を倒すって決めてたのだ!
リタを屁理屈と共に追い出して、その後も大勢を困らしていた元凶。反省の色すらも見られなかった。
そんな奴がいなくなった! ひとまず喜ぶべきでしょ!
「みんな、暴君の神をぶっ飛ばしたし!!」
私が叫んだ瞬間――天使たちが歓声を上げ始めた。
「うわああああああ!! レナスがいなくなった!!」
「俺たちやっと自由だああ」
「新しい上位天使が神になって、活気のある天界を築くべきだわ!!」
彼らは感激の色を見せている。今までレナスの時代が何年続いていたのかはわからないが、厳しい支配を受けてきていたように見える。
横を見ると、リタが静かに胸を撫でおろしていた。
「よかったよ、リタ! あいつざまぁみやがれって感じじゃん!」
「……そうだな」
「私さ、こんな場所に来ちゃったの感動なんだけど! リタはいつもここで暮らしていたんでしょ? いいなぁ~」
私は宮殿の外に出て、広々とした空を見上げた。
……自分の足が、雲の上に乗っていることが驚きだ。青く澄んだ空の向こうには、星々が光る宇宙が広がっているのだろう。
「ほんと、何だったんだろあの神……。なんであんなのが神になってたの?」
すると、傍にいた女性の天使が丁寧に答えてくれた。
「……数十年前に、前代の神様が彼女をひいきして、女神様になったのです。レナス様は神の座に座られた瞬間から、調子に乗り始め――」
「……あっ、最悪なパターンじゃんそれ」
「はい。私たちも彼女を恐れて手出しはできませんでしたが……みんなでかかるとこう、わりと呆気ないものなのですね」
女性が微笑んでいる。
すると廊下の方から、メゾンが歩いてきた。
「うっひゃあああ! マジかよ、さっきレナス様が出ていってたけど……本気でやっちまったのか!?」
しかし、メゾンはどこか嬉しそうな様子だった。
「いや、俺はいいけどよ。人間を連れてきて罰されるの、嫌だっらからな」
「……えっ。メゾンさん、あなたがこの人間を連れてきたのですか?」
「ちょ、ちょっと! いいじゃんか、この子が俺らを救ってくれたんだしさぁ! あ、そうだ!」
メゾンはリタを指さして言う。
「お前さ、天使に戻らねぇのか?」
「……?」
「ほら、レナス様がいなくなったからさ。奥を見ろよ」
言われた通りに、私たちは神玉の間へと戻った。
レナスが座っていたソファーの後ろに、地上が映っている水晶だとか、大きな宝石だとかが大量に置かれている。
「うわああ……! なにこれ最高! 研究に使っていいかな!」
「持って帰っちゃダメ」
ちえっ。天界には干渉禁止か。
「これ、全部神具なんだけど。どれだったっけか……」
「これじゃなかったっけ?」
「いや、それは違う。多分こっちのやつよ」
天使たちが道具を漁り出す。そして、白い宝石のようなものを取り出した。
するとリタは、その石に見覚えがあるようだ。
「それは……俺が落とされたときにレナスが掲げていたものだ」
「あったあった! これ使うとさ、お前はきっと天使に戻れるぜ。お前のパワーすげぇからな。俺たち上位天使と混ざって仕事しようよな」
「……それはいいな」
よかった。リタが嬉しそうな顔をしている。
私はずっと、彼がこういう表情を浮かべることを願っていた。
「リタのやつ、前まではずっと無口だったから、こんな積極的な奴とは思ってなかったぜ……。えっと、人間のお嬢ちゃん!」
「……えっ、あ、私か」
「あんたは、えっと……」
するとメゾンは、笑顔で私にこう続けて言った。
「……人間だから、地上に戻さねぇとだな。よし、俺が送ってってやるよ!」
「……あっ」
その言葉で私は、現実を思い出した。
……そういえばそうだった。
リタは天の国に帰れたし、私たちはここで終わりなんだ。
仮でも一時でもない、本当のお別れ。私とリタは無関係になってしまう。リタは真っ白な天使になって、きっとこの人たちと一緒に、新たな天界を育てていくのだろう。
「……」
リタは黙っている。
……そうね。最初は私、リタを天界に返すつもりでいたんだもの。当たり前だよね。
でも……
(……なんで直前になって、寂しくなってくるんだろう……?)
潔くさよならをするつもりだったのに。
これも好きって感情から生まれている矛盾なのだろうか。
だとしたら……この胸の思いは、すっごく迷惑だ。迷惑だけど……どこかむずがゆくて、暖かい。
「ねぇ、最後のわがまま言わせてよ」
「……え? なんだ?」
全員が私を見つめる中で――私は、最大限の声を張り上げる。
「私っ――リタと離れたくない!!」
その場に静寂が訪れる。
腕がわなわなと震えてる。私、言っちゃったよ。胸の中に秘めていた、本当はずっと秘めていた思い――
メゾンたちは顔を見合わせて、困ったような表情を浮かべていた。
「……いくら何でも、人間をこのまま天界に置いておくのはなぁ……。お嬢ちゃんの家族だって、心配しちゃうぜ?」
「いや、その必要はない」
その会話に割り込んできたのは、今まで黙っていたリタだった。
「俺もひとつ、気が変わったことを言いたいのだが」
「……なんだ?」
「俺は――天界に戻らない。天使になんて、もはや戻る必要はなくなった」
「……は?」
……えっ?
私は声に出さず、思わず目を丸くしてリタを見つめてしまった。
他の天使たちも驚いているけれど――この場で一番びっくりしているのは、おそらく私だろう。
天使に戻らないって……どういうこと? 堕天使のままでいるの?
リタは私に歩み寄って、そっと私の肩に手を置いてきた。
髪についた紫色の花が、ひらひらと風に吹かれて揺れている。
「おい……どういうことだよリタ」
「……案外、地上での景色が気に入っちまったからな。それに俺――ミラルが主人だから。勝手に離れられないんだ」
リタが頭をかきながら、首をすくめている。
「あぁでも、手配書が残っている地上はまずいか?」
「……あれはレナス様の魔力を借りて作ったものだから、全部消えているはず……」
「そうか。だったらさほど問題はないな。俺を狙ってくる山賊みたいのはいるかもしれないが、その時その時で俺がフッ飛ばせばいい」
……まさか。
リタ、私と一緒に地上に残るって言ってるの?
「俺はミラルが研究しているのを護衛するんだ。ロストみたいに邪魔してくる奴が出たりしないように。俺にとって一番は、お前の幸せだ」
「……」
「構わないか、ミラル」
一片の曇りもない金色の瞳で、私のことを見つめてくる。
――こんなの、答えはひとつしかない。
「もちろんよ」
私は力強い声で、そう頷いた。
「よし……」
「お、おい。何を勝手に話をつけてるんだお前ら?」
背後から、メゾンが困惑した様子で私たちを見つめてきている。
リタは彼らに背を向けて、胸の中にそっと私の体を抱き寄せてきた。
「わっ……」
「よし。逃げるか」
「え?」
するとリタは突然――私の手を引き、自分の背中に乗せた。
「えっ!? え!?」
何するの何するの!!
理解が追いつかないでいると、リタが紫紺の翼を広々と開いた。
「天界から飛んで地上に降りる」
「えっ!! でも、上位天使じゃないと出入りはできないんじゃ……」
「……待って、やべぇ」
口を開いたのは、顔を真っ青にしたメゾンだった。
「……俺、使ったゲートを開いたままだ」
「……よし。他の天使よりも先にゲートへ着けばいいな。行くぞっ!」
「待ってよ、リタっ――って、きゃあああああああ!!」
次の瞬間、私が叫び終わるよりも早く、リタは神玉の間から飛び立っていた。
今までの最高スピードで飛行し、あっという間に宮殿を飛び出していく。
「あいつら……逃げる気だぞ!! 追えええええ!!」
メゾンが叫び、他の天使たちが追いかけてくる。
それでもリタは一切気にすることなく、雲の上の青空を風のように飛んでいく。
「わああっ! メゾンよりも速いって!!」
「しっかり掴まってろよな」
「ちょっ……ねぇっ……!!」
本当にしっかり掴まってないと、向かい風で簡単に飛ばされてしまいそうだ。
私は必死に、リタの背中にしがみつく。
(それでも――)
私は彼に乗りながら思った。
――こんな日常が、まだまだきっと続いていくんだなって。
好きって気持ちを互いに打ち明けられたからこその結果なのだと、私は今、すごくよかったっと思っている。
でも、それはそれとして……
「速すぎるのよおおおお!! もともと高所恐怖症だったんだから!! やめてよおおおおお!!」
「待てごらあああ」
天使たちが追いかけて、雲の上が賑わう。
私を乗せたリタは、白く輝く流れ星のように、遥か空を飛んでいくのだった。




